「ヒーローが活躍した日」 3
チャコの服装はノースリーブのミニスカ黒ワンピ。黒のニーソックス、黒シューズ。略式だが伝統的な魔女のスタイルだ。
代わり映えのしない相変わらずの装いだが、この服装は、伝統的でありつつもヤングな魔女のスタイルだ。つまり、これでもピチピチの女の子のドレスなのだ。捨てたもんじゃない。
シンディの方は、両肩をだいたんにむきだした、真っ白なロングドレス。ウエディングドレスのような華やかさ、軽やかさと、宗教的清楚さを併せ持った一着だった。よくそれで、けつまずかず歩けるものだ、と感心するのだが、そんなことしか思わない自分も、もはや世間の感覚から相当ずれているのだろう。道行く人々がみんな、じろじろと、そわそわと、自分らを見つめて通り過ぎていくのはなんでかなー、と不思議に思っていたのだ。
旅人のものとしては <傍点> ちょっと </傍点> 特殊なファッションに、みんなが度肝を抜かれているのだ、と気づいたのはついさっきのことで、これは自分、常識がシンディによって相当蝕まれているぞ、と震え上がったしだいである。
──と。
そんな旅人たちの視線が、いっせいにあっちの方向に向いたのだった──
チャコとシンディもまた、顔を向ける。
「待てコラ――」
「ヒィッ、ゴメンしてぇ!」
「テマかけさせやがって!」
「見せモンじゃねえぞ! 散れ! おらッ!」
おそらく逃げて来たのだろう、メイド服姿の一人のお姉さんと、捕まえるため追いかけて来たのだろう、姿だけは執事服の、顔が恐い男の五、六人だった。
「ナメんじゃねえっ」
「だって、だってェ、こんなまねヤらせられると思ってなかったモン――」
「うるせえ!」
「フツーの喫茶店だと思ったのにぃ――」
これで、なんとなく事情がわかった。場合によっちゃあ仲裁に入ってもいいという貫禄の、年季が入った旅人 <たびにん> たちもちらほら出始めた。──が。
「こっちにゃちゃんとテメエのサイン入りの契約書があるんじゃ!」
これ見よがしに何か書類らしき物を見せびらかす。取り囲んでいた人々がいっせいにうめいた。これはちょっと分が悪い。見たところ、少しばかり能天気すぎのような気がする女の人。ほんとによく確かめもせずに、ノリか何かでサインしちまったんだろう。
そのお姉さんの、幼っぽい、妙に明るい声が響いた。
「エーン、エーン、誰かたすけてよ――! ズルい――!」
みんな、具合悪げ、及び腰になった――
となりで、盛大なため息の音がした。見ると、シンディ、せっかくの可愛い顔をしかめている。
「しわになっちゃうよ?」
「あはは……ねえ、チャコ。辺境に踏み行けば行くほど、だんだんと質が落ちていくような気がするのは気のせいかしら」
「質って、悪党の質のこと?」
「まあ、もろもろと」
「その土地ならではのいいとこも、きっとあるよ。探す努力をしなきゃ……さてと」
ベンチから立ち上がる。
「どうするつもり?」
左の掌底を右こぶしでパンと打って答えた。
「あの契約書を焼く!」
シンディ、美しくも情けない笑い顔、というすこぶる難しい表情を作った。
「なんて身も蓋もない……。ああ、今や知略と策謀の世界は遥か遠くに消え去り、わたくしは一人、この腕力だけが支配する単細胞世界に、なすすべもなく空しく立ち尽くすのみだわ」
「あれくらいだったらわたし一人で十分。一服してて」
なんだかんだ言ってもやっぱりトラブルが好きなのだろう。彼女もベンチから腰をあげた。結局、首を突っ込む気まんまんなのだ。
「あーあ、どっかに気宇壮大な、ステキな陰謀でも転がってないかしら」
「陰謀と言えば、秀麿お爺さんは今、どうしてるのかしらね?」
「チャコなんか知ってるの?」
……ちぇ。
ひっかからなかった。
顔をしかめて、にんまり顔の相棒に声をかける。
「行くよ、愚連隊に突撃。レッツゴッ!」
「イェー!」
――
――だが、すこし出遅れたようだ。すでにヒーローが登場していたのだった。