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青の光源  作者: 伊勢祐里
三章「光源」
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1話

 懸命にノートを取る碧の隣で、気持ちよさそうに梨咲が寝息を立てていた。ホワイトボードに板書をする教授の視線が、時折こちらへ向くので、碧は視線をノートに移し梨咲の分も真面目に取り組んでいると余分にアピールをしてみせる。


 一限目の授業に出席するのは偉いことだが、寝るのであれば遅れて来ても同じだと思う。たとえ、梨咲が遅刻をしたってレジュメやノートを碧が貸さないなんてことはないのに。


 すやすやと眠る梨咲の横顔を見ながら、碧は寿子に教えてもらった住所のことが頭に浮かんでいた。碧は以前に、梨咲から地元の話を聞いていた。大阪市内にある鶴見緑地という大きな公園の近く、その時はピンと来なかったのだが、賢人の家の住所を聞いて驚いた。


 ただ、同じ緑地公園の周辺だと言っても、かなりの大きさがある公園のようで、必ずしも同じ場所だというワケではない。ただの思い過ごしだ。そう思いつつ、碧は梨咲に家のことをもっと深く訊くべきか悩んでいた。


 終業のチャイムを目覚まし代わりに、梨咲が目を覚ます。彼女がぐっと手を天井へ伸ばせば、シャツが持ち上げられ、お腹が顕になった。しっかりとしまった筋肉が、女性らしさを殺さない程度に付いている。ふいに見えた肌に碧が目をそらせば、獲物を見つけたように目を細めて、梨咲がこちらを覗き込んで来た。


「私のお腹見たなー」


「勝手に見せたんでしょ! 私やからええけど、気をつけないと周りからも見られてるよ」


「別にええよ。減るもんとちゃうし」


 長い髪をかき上げ、梨咲はすっと碧のノートを自分の方へ寄せた。近づいた彼女の身体からほんのりと甘い匂いが鼻に香る。その匂いは、決して強すぎないように程よい具合に配慮されていた。バラバラになったプリントを一つにまとめながら、碧はその甘味を舌の上で転がす。


「細いしスタイルもええから梨咲はええよな。そうやって自信持てて」


「碧だって細いやん?」


「太ってはないだろうけど、小さくてちんちくりんちゃう? 胸だってないし」


「確かに碧が露出の多い格好したら、似合わなくて面白いかもな」


 ケラケラ、と笑いながら梨咲はノートを写していく。「もう、こっちは真剣な悩みなんやで」と膨らませた碧の頬は、梨咲の細い小指で押され、ぷしゅっとしぼんだ。


「碧にはそういう悩みあるかもしれんけど、逆を言えば、碧くらいの背の子が着たらかわいい服だってあるわけやん。そういうのは、私がどれだけ好みやっても着られへんわけやし」


「でも、梨咲はそういう露出の多い派手な服が好きなんやろ」


「私は自分に似合う服を趣味にしただけやから。碧みたいに悩んでる子は、どんな身長にもおるんやって」


 結局、無いものねだりだと梨咲は言いたいようだ。与えられたものを受け入れるというのは簡単なことではない。だけど、折り合いをつけていかなくては、どうしようも無いことだって世の中にはたくさんある。碧は、昔のことをよく忘れる。過去との折り合いのつけ方が、きっと人よりも上手なのだ。


「梨咲、お昼は食堂?」


「うーん。たまには外で食べたいなぁ。時間もあるんやし、なんか食べに行こうや」


「別にええけど、梨咲は何食べたいん?」


「ラーメンとか」


「ラーメンかぁ。それじゃ、夜は控えなきゃや。梨咲って一人でラーメン屋に入るの平気そうやんな」


「なにを躊躇することがあんの? 牛丼でも焼き肉でも平気」


「焼き肉はさすがに尊敬するわ」


 人の目が気になって一人では入りづらい店が多々あるが、牛丼屋までは頑張れと言われればなんとかなる。だけど、一人焼き肉は多くの人が躊躇するはずだ。


「結局、服の好みも性格やんかぁ。私は梨咲みたいにすっぱり割り切れへんよ」


 机に突っ伏した碧の頭に、ぱさりとノートが置かれた。


「アホなこと言ってへんと行こうや。お昼時なったら店混みだすから」


「アホなこととはなんや」


 碧にとっては重要なことなのだ。普段は固執しないはずの過去に囚われている。こういった経験は多くなく、この気持ちとどう向き合うべきなのか、自分の中で答えが出ていない。


 賢人の住所を知ってしまったから、沙耶香は近いうちに彼の家に行こうと言い出すだろう。それまでに自分の気持ちをしっかり整理しなくてはいけない。感情のように散らばった文房具を筆箱に仕舞い。碧は、筆箱の金具を閉じた。


 

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