表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パンチラ★イン

作者: チブルスキ

もしもこんな法律があったら。

 午前の直行の応報を終え、簡単に立ち食いそばを食べ終えて駅のホームを歩くと、春の日差しが気持ちよかった。


「眠くなって来ちゃうよなぁ。」


 そうぼやきながら丁度扉が閉まってしまった山手線を見送る。

到着駅の降り口を考慮し階段近くの昇降口付近に立ち止まるとホームの電光時計を確認した。

 山手線を外回りに二駅先の本社。次はまぁ2分ほどもすれば来るだろう。


 日差しを時折弱める雲が流れて景色の明度が移り変わる。線路の向かい、見上げた網越しの歩道では携帯をいじる女性の髪が風を含んでいた。

 ふわりと大気の流れを感じ振り向くと内回り線路に薄緑のラインが引かれた電車が到着した。電車を降りた人の群れ。

平日の昼時とありバラバラと空いたホームを行く人々の中に、セーラー服の女子高生を見た。


「お、サボりか?」


 この辺りの私立高校のセンスのいい制服だった。ハイカットのスニーカーが構内の階段を跳ねる。横目で追うと不意に白いふくらはぎのの健康的な筋肉の流れに目が映る。その時、また構内を風が抜けた。

 柔らかい揺らぎで風に翻ったスカートからは、真っ白な太ももの付け根に水玉の布地が一瞬チラと目に入った。


 一瞬であるからこそ焼きついてしまう光景に、申し訳なくもなりつつラッキーと思った。

 淡いノスタルジーすら感じるなぁ、と次の電車の到着まで一息しようと自販機に向かったところで袖を掴まれる。


「今……見てた……」


 振り返るとそこには怪訝な顔をした件の女子高生が。


 面倒なことになった。そのまま始まるであろう女子高生の罵倒の嵐を想像し身をすくめると、突如現れた駅員の姿に心臓が飛び跳ねた。

 非常にまずい。これは面倒ごとじゃ済まされない。駅員は左手首の時計をずらして白手袋をキュッと整えると一言その場に添えた。


「じゃんけん」


 駅員の指を指す先にはスーツを脱いだ私の半袖Yシャツの左袖を掴む彼女の握りこぶしと、それをいなそうとする自分の開いた右の掌が。グーとパーだ。勝っているのだろうか。


「あー、テステス。先行?後攻?」


 構内に響くマイクテストの発声。手渡されたマイクを握り、どこからか続くコードを右手に一周させ口元にマイクヘッドを運んだ。


「...先攻で」


「はーい僕は目黒駅MCホーチキ。Beatは我が目黒駅の発着メロディWater Crown .dance remixで確認いいですかー?」


(チャラララランランチャラララララ……)


 聞き覚えのある目黒駅の発着音が時折混ざる低音に乗って二週でエイトビートを刻んでいる。


「ハイ!じゃぁ先ッ行ショックリーマン×後攻ミズタマンサで8小節2本!DJニュー蒲田!かませェ!いやらしい目で何かを見たのかな?見てないのかな?ブリングザビーツ!」


「先行もらって安心できない 

 先公威張って慢心できない


 開口一番見たでしょ?何を?

 ある事無い事ネットで拡散

 

 セットでたくさん夕方みるけど

 平日昼間に何してるの?

 

 高校生が後攻を後悔

 無実を確実に白日に晒す」


 慌てて16小節を絞り出すが、見た見ないの話をこちらから出すわけにはいかない。


「イケてないしもう逃げれない

 韻踏めてないしパンチラインない

 

 勘違いじゃない何が無実?

 卑屈なあなたにスーツは窮屈?


 正体まずおじさんの常習犯

 今日ダイジョブ?5時半午後休暇


 絶対見てたもん変態メタモン

 変質者の限界典型的ケダモン」


 非難するような目つきで少女がまくしたてた。パンツを見たからといって取り調べられ午後休暇なんて事態になってしまってはかなわない。

 少女が口にするのを憚られる内容を”パンチラ”インと”見たもん”で暗に攻めてきたというところか。


「メタモンケダモン?酷い言いよう

 エアコンだけだもん清い営業


 パンチラインなんて必要ないよ

 女性と子供に手あげないスタンス


 アンサーないから1人でダンサー

 ねぇこんな時間に何してるのさ


 不吉な君をくるり軽くいなし

 無実の罪を拭い腹ごなし」


 周囲にはオーディエンスがリズムに合わせて片手を上げてノッテいる。


 パンチラインやdisを投げかけないことで紳士的にパンチラとの無関係性もアピール!

 こんな時間に女子高生が駅をうろついている彼女の不自然さに話しをすり替えてアンサーで先方の小節を潰してしまおう。


「私の事はどうだっていいじゃん

 友情は無情で通常から脱走


 のらりくらりで噛み合わないスタイル

 太もも見たでしょコソ泥以下でしょ


 ねぇもういまさらどうしようと?

 ほら線路に落ちそうよ?どう?


 ねぇほら今から自首しようよ

 これは今夜はご馳走よ?以上」


「しゅうりょー!!!はいお客さんバシッと主張に共感できた方に手あげて下さい。まず先行ショックリーマンが良かったと思う人!」


(わーわー)


「はい、じゃあ手降ろして、みんな一回絶対手あげてください後攻ミズタマンサが良かったと思う人は!」


(わーわー)


幸いにサラリーマンの人口が多く、主婦層や学生による女子高生を推す声と半々に別れたようだ。


「うーん…駅長?駅長ー!」


 駅員がそう呼びかけるとどこからかマイク音声が若干の雑音と共に入った。


「あ、あ、テステス。

あのね、これ条例とはいえどうにかならないのかね。執務室の音量ちょっと下げてもらえるかな?お昼からうるさいよ少し。

はい。でね。うーん、とね。2人とも、特にショックリーマンくんは表面的に避けてて。あ、見た見てないの話をさ、そもそもバトルとしてふわふわしてるんだよね。仕方ないとは思うんだけどね。

うん。ミズタマンサさんはdisとか最後の韻踏んで畳み掛けたのが仕掛けた側だけあっていい感じなんだけども、ご自身の被害の主張に少し踏み込んだ内容だったら良かったかな。何か、こう迷いみたいなものを感じるかな。もちろん韻もフロウも大切なんだけどさ。」


 駅長は面倒そうな印象も感じるが丁寧に素人の突然のフリースタイルを解説しジャッジを下そうとしている。


「……延長、かな。うん。リズムよく8小節2本もう一回で決めようか。……ん、いや。異例だけども、ホームが沸いてるね…ここまで聞こえるよ。よし、8小節4本でこれ以降の延長無しにしようか。

ショックリーマンくん?外野から申し訳ないけど女の子が必死に何かを訴えてるんだから気を引き締めてね。ちゃんと小節に命かけないと、disるも誤解を解くも、ん。そうね、何か受け止めるもさ。これ恨みっこなしだからね。はい。戻します。


(駅長、お茶でいいですか?)プツッ……」


「……はい!と言うわけで延〜長!」


 気づくと辺りに人だかりが出来ていた。どうしてこうなったしまったのか、午後のひと時をまったり過ごす日常はここにはもうない。


 渋谷区・品川区における2020年に制定された試験的特別条例である、私人逮捕による意見申し立てのフリースタイルバトル条例。

 しっかりとアンサーを返し韻を踏みながら傍聴者とその場を管理する監督員に訴えかけねば負けてしまう。


 しかし女子高生の思い詰めるような視線と勝負を焦るような切り込みが少し気にかかった。


「いいですか?じゃあ先行後攻変わってミズタマンサちゃんから8小節4本!ビートはそのまま!DJニュー蒲田、かませェ!」


チャラララランラン……ズンズン



「ショックリーマンを即Gメン

 送りにする私すごく敏腕


 あー!上手く過ごせん高校生活

 呻くおっさんを堂々征伐


 友達彼氏と浮気なヤリマン

 飛び出した先ではおっさんにチラ見


 言われたよ生きる価値ないどっちが?酷くない?

 イキるキチガイそっちが悪くない?」



「君のライフをカットするための

 右のマイクをshutする羽目に


 話が読めんが出たしですまんが

 事情がありそな表情だ Ah!


 そもそも次発待ってたら不意に

 そよそよ飛躍舞ってたんだ君が


 ミズタマンサの水玉がアンサー

 透明すぎる君は水玉ドンナ」


「意味がわかんない私を上げてる

 案外願掛け?ガン飛ばしてる


 納得いかない延長続けて

 何度もいけない援交誘われ


 めぐろっくふぁっくおっさんの視姦

 話逸らしてもお仕置きの時間


 遺憾な駅員逆鱗の責任

 前科一般で私はまた1人」


「前科一般のエンターテイナー

 行くとこまで行くぜ連打連打


 なんだかんだ延長で勝負を決めたい

 少女のライムに少々同情


 生きる価値ない訳がない

 沁みる場違いな丈じゃない?スカート


 見た見ないの話もうやめない?

 間違いない食べない?僕とディナー」


 僕は彼女の16小節に全てを察した。

お互いに丸腰でぶつけ合う言葉、ラップとはすごいものだ。


 営業で鍛えた顧客の超絶解釈をするに、昨晩までのうちに彼女の付き合う彼氏と彼女の親友の浮気を突き止めてしまったのだろう。自体を受け入れられず……なんぜならこんな状態でもラップの中で”親友”と呼ぶような存在だったのだ。直接話をしようと思ったら、ひどい言葉をぶつけられる事になってしまい学校を飛び出したと……ふむふむ。


 そしてここ目黒駅で翻ったスカートを慌てて抑えて振り返ると、そこには陽だまりで彼女を見上げる間抜けなサラリーマンのとぼけ顔あったのだ。屈辱とやり場のない気持ちをこの場にぶつける事にしたと、そういうわけだ。違いない。

 そんな中まとまらない頭の中の、未だ新鮮なショックな記憶によってラップの主張がブレてしまったと。

大丈夫だ、僕はもうなんて言われても構わないよ。

「おっさんおっさん」と27歳の老け顔でもない僕を罵るのは、年上の男性に免疫がない現れだ。なんで純真なんだ。

 なけなしの小遣いを削ってなんでも話を聞いてあげるよ!なんだか物騒な単語も飛び交っていたが今言えることは一つ。この子を一人にはさせない!


 そして見開かれる少女の瞳はバトルを終えた対戦者である僕に向けられる。そこにはもう敵意はない。


 通学バックが手からホームにどさりと落ちる。涙が一筋流れてホームに到着した外回りの山手線が起こす一陣の風にその雫とスカートが舞った。


 もう勝負の結果なんてどっちでもよかった。湧き上がるホームと駅長による引き分けのコール。


 そこに観衆の1人から大日本室外機。我が社の部長が現れた。


「何してるの。高木くん。もう会社来なくていいから。」


 震えながら落とした視線は右手のマイクに移った。


「……無粋な部長の無情な決断!僕は」


 ゴキゲンなビートのミズタマンサのボイスパーカッションにのせた部長への言い訳が飛び出し目黒駅JRホームは割れんばかりに沸いた。魂の16小節。ここが俺のホームだ。


 そして鳴り止まないDNS(大日本室外機)コール。突如狂ったように問い合わせが入り出すDNSのお問い合わせセンター。


 僕はと言うと減俸2ヶ月の懲戒によりクビを免れた。彼女は高校を卒業したらうちの会社に事務として就職したいらしい。

営業先に向かい、公園で済ます今日の弁当には努力の成果の見える焦げた卵焼き。弁当袋は水色の水玉だ。

目黒駅の発着音ウォータークラウンはいい曲です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ