第二十四話 欠け月のアルテミス ②
「被験者……ですって?」
ルメスが言うには魔導研究所のリオンが開発した、魔術を用いた魔導義肢というものだそうだ。
魔法陣が刻まれた義手義足を使用者が魔力の流れを操作して稼働させる。
魔力を流す部位を選択し、それぞれを動かすことができる。親指に流せば親指が動くといった具合に。
慣れれば複雑な動きも可能になるかもしれない。また歩いたり物を掴んだりできるかも。
だが実際どこまでうまくいくかはまだ分からないし、リハビリテーションもかなり大変なものになるだろう。
この提案をしたのは技術が他国に盗まれたりしないように、被験者は身元が確かな人物でなければならなかったからだ。
その点彼女、伯爵の令嬢であるリリトは条件を満たしていた。
「どうする? 希望しないのなら話は他に持っていくが」
「……やってやろうじゃない」
こうして彼女の半年以上にわたる苦闘の日々が始まった。
リリトにとってルメスという人物は、なんだか気に食わない男、であった。
大公爵。建国の功臣。王の腹心。金持ち。隣国にも顔が利く。教育者。美少年。未婚。長命種。
できすぎている。まるで誂えたようだ。胡散臭い。
彼を見れば貴族や商人はすり寄り、子女などは色めき立ち秋波を送る。
利を求めて近づく人々は、まるで腐り落ちた果実に群がる蟻みたい。
なんてみっともないのだろう。自分はそのようにはなりたくない。
あんな冷淡そうな男、関わるだけ馬鹿を見る。
見栄えがいいだけの蜃気楼を追いかけるような趣味はない。
彼女はそんな風に考えていた。交流のない、王城での宴くらいでしか見かけたことのないルメスの実像なんて、知る由もないだろう。
ただ周囲から好意的に見られがちな相手をなんとなく避けてみたくなる。
その程度、嫌悪感というほどでもなく、関わり合いになる気が起きない相手、といった印象であった。
魔導義肢の操作は困難を極めた。リリトは魔導研究所に移って毎日義肢を動かす訓練をした。
しかしまったくもって、指先一つとしてぴくりとも動いてはくれなかったのだ。
通常、魔術を行使するときには組んだ魔方陣に魔石などで魔力を注入すれば起動し、効果を発揮する。
だがこの義肢の場合、どの指をどう動かすだとか力の込め方とか、自分で判断をしなくてはならない。
これは魔法使いの領分だ。リリトは魔法使いではない。都合よく千人に一人の人間などではないのだ。
リオンの理論では魔法の素質がない人間でも操作は可能であるらしい。
人間が例外なく生まれながらに持っている魔力を義肢に刻まれた魔法陣に接続することで、操り人形のように動かすことができるとか。
彼女の場合は接続端子が伸びていない、つまり操るための糸が届いていないといった状態であるようだ。
これを克服するためには、リリト自身の魔力を強めて繫がりやすくする他なかった。
そのため魔法使いが行う魔力強化の鍛錬法を取り入れてみようということになった。
独特の呼吸法やメンタルトレーニング、魔力を多分に含んだ食材の摂取、そして運動。
上体を起こして腹筋を鍛えたり、残った四肢に負荷をかけての上げ下げ。呼吸法と並行して、だ。
リリトにとってかなりの労力を伴うメニューであったが、彼女は持ち前の勝ち気さと根性でこれに挑み続けた。
そんな日々を過ごす彼女の傍らに、ルメスの姿があった。
三日に一度、必ずルメスはリリトのもとを訪れてトレーニングの様子を見に来ていた。
毎度特に言葉を交わすわけでもなく、しばらく眺めては別れも告げずに帰ってゆく。
その繰り返しだった。
何をしに来ているのか。見世物じゃない。
「……こんなこと、見ていてなにか面白いの?」
「いいや、まったく」
なんだこの男は。腹立たしい。
面白くもないものを飽きずに見に来るなんて何のつもりなんだ。
気にしていても仕方ない。無視すればいい。
自分のやるべきことを優先しなくては。今はこれしかやれることがないのだから。
それから二度の月が巡る。相変わらず魔導義肢は反応してくれていない。
同じように鍛錬を続ける彼女であったが、ふと、いつもと違うことに思い至った。
今日は、来ていないのか。
三日に一度必ずやってくるルメスが今日は現れなかった。
ついに飽きたのだろうか。何の意図あってのことかは知ったことじゃないが、なんだったのだろう。
だがこれでせいせいしたというものだ。あんなやつ、いなくったって構わない。
そう思っていた翌日、ルメスは再び顔を見せた。少し疲れているように思える。
「お忙しいのでしたら来なくてもよろしくてよ」
自分自身でもよくわからない苛立ちを覚えながら皮肉を込めて素っ気なく言う。
「昨日は家で寝ていたから来れなかった」
なんて言い草だろう。もう少し言葉の取り繕い方というものがあるんじゃないか。
何かあったのかと思えば寝ていただけとは。
寝るほうが大事だっていうなら来なくったっていいじゃないか。
もう口なんてきいてやるものか。その日彼女は一日中いらいらしながら過ごした。
――その後になってから、知ったことなのだが。
何気なくリオン所長にルメスとのやり取りを話していたら、彼が教えてくれたのだ。
ルメスが休んだその日。リオンが魔導学園の学園長を辞めることが決まった日だった。
リオンとそのことを話した時のルメスは目に見えて落ち込んでいて、かなりのショックを受けていたのだという。
休みをとって寝ていたのは、自分の教え子のことを気にかけすぎて精神的にまいっていたからだったようだ。
あの男にも親しい相手を想って悩み苦しんだりするところがあったなんて。
思っていたほど冷淡なやつじゃないのかもしれないな。
そして、月の満ち欠けがもう二巡したころ。
ついに魔導義肢が反応し、指先を少し動かすことに成功した。
ほんの小さな振動のような動作ではあったが、それはリリトに大きな歓喜という感情の波を引き起こした。
「やった! 動いた!! やったぁ!! みんな見たでしょ!? ねえ!!」
研究員や使用人たちにむかって大いにはしゃぐ。皆がそれを喜んでくれた。
その時ルメスもちょうど居合わせていた。
そうだ、あいつもいたんだった。それに思い至ったとき、大喜びしていたのが恥ずかしく感じてしまった。
ルメスは珍しく近づいてきて、彼女を祝福した。
「おめでとう。これまでよく頑張ったな」
「あ……うん……」
なぜだろう。その言葉と笑顔を贈られることが、指が動いたことよりも、嬉しく感じた。




