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第二十四話 欠け月のアルテミス ①

 いくらか接してみれば分かるのだが、ルメスは結構潔癖なところがある。

 例えばいつも執務室の中は塵埃一つなく清潔が保たれている。

 転送によって汚れもハウズダストも全て取り除かれ、無菌室さながらに徹底して浄化してあるのだ。

 外回りの時も自分の周囲の空間を綺麗にしながら移動している。まるで人型の全自動掃除機械のようだ。


 以前モリーがどうしていつも黒い服を着ているのかをルメスに聞いたことがあるのだが、その時の返答は。


「黒は汚れが目立たないからね。昔は白い服を着ていたんだけど。生きていくなら嫌でも汚れるときってあるから、少しでも気分を楽にしたくて黒にしたんだ」


 とのことだ。黒い服は世の中で生きていこうとする彼なりの努力の形なのだろう。

 白く透き通るような新雪の如きその肌が踏みにじられようとも前へ進まんとする、決意の表れであった。


 商談ともなれば交渉相手と握手することもある。

 ルメスは握手の前に、相手の体内外の汚れを毎度さっぱり取り除いてから握っていたりするのである。

 いつも手袋を着けているのはそういったときに備えて素手での接触を避けるためらしい。

 ただ、理由はそれだけではない、そのように昔ヘルメスに言っていたこともあったそうだ。


 握手といえばそれも含めてだが、女に対してだけはそういった接触行為は一切しようとしない。

 最初の時モリーにも自分から三歩分の距離を離れるようにしてくれと言っているし、それは今でも変わっていない。

 女の方から近づいてきたときなどは転送で距離をとる。かなり過敏に反応して。

 本人の談では下手に女がらみで政治的な混乱を起こしたくない、とのことだが本当にそれだけが理由なのか。


 潔癖なだけならば相手を転送で清潔にしてから接触すればいいだけだ。

 それとも、もしかして女そのものを穢れであるとでも感じているのだろうか。

 だがだとしたら、モリーやアシュタールにエーシュといった女性たちと関わりを持とうとしていることの説明がつかない。

 おそらくこのことは彼の心の中においてすら、複雑極まる問題なのかもしれなかった。


 さて、普段から手袋をしている潔癖で、何故か女をやたらと避けているルメス大公爵。

 実はそんな彼は意外というか、ある一人の女性のもとに足繫く通い詰めていたことがある。

 ルメスにしてはらしくない、珍しい行動をとっていた時の話だ。




 それは昨年の冬の始まりにまで(さかのぼ)る。

 魔導学園での問題が起きた時より月のめぐりが二つ半ほど前のことだ。

 冬という季節は静寂と終焉をもたらす停滞の時間ではなく、次の始まりに備えての準備期間である。

 この日もルメスはモリーを連れてあちこちの貴族の家へと春からの取引のため、商談リレーの真っ最中であった。

 そのうちの一つ、北西のヴォーレク伯爵の元へとやってきた時のことだ。


「痛いでしょ!! もっと丁寧になさいこの粗忽(そこつ)者!!」


 伯爵に案内されて応接室へ向かう途中、若い娘のがなり声が奥の部屋から扉越しに廊下にまで響いてきた。

 誰かが使用人を叱ってでもいるのだろうか。

 それを聞いて慌てた伯爵が「申し訳ない。とんだ失礼を……」と謝辞を述べる。


「どなたです?」


「娘のリリトです。以前ならばこのような不行儀をする子ではなかったのですが……」


「何か事情でも?」


 伯の表情が暗くなる。その顔は少しやつれているように見受けられる。

 彼と以前会ったのは昨年のころ。秋の宴の時は名代の者が来ていたので会う機会はなかった。

 その時の印象ではもっと恰幅のいい人物だったようにルメスは記憶していたのだが。


「実は……娘の乗っていた馬車が崖に転落しまして……。命はどうにか助かったんですが、その、手足が、もう……。何とかしてやりたいのですが、私に何ができるやら……」


 大分参っているようだ。娘も伯も精神的にあまり余裕がなくなっているようだ。

 多少の傷ならともかく身体機能を大きく損なうようなものともなると、この時代の医療では治療に限界があった。

 このような話を聞いて身内でもない他人ができることなど、せいぜいが慰めの言葉をかけるくらいのものだろう。

 だがルメスはじっと声の聞こえてきた扉の方を見つめて、なにやら考え込んでいた。そして。


「ちょっと娘さんにお会いしてもよろしいでしょうか。提案があります」


「え? ……ええ、はい。構いませんが……」


 予想外の反応に一瞬面食らったが、何か娘にできることがあるのならと伯は受け入れた。

 娘に向けて入室することを呼びかけ扉を開ける。

 中にいたのは、寝台の上に横たわるうら若く美しい黒髪の少女であった。

 整ったその顔には生来のものであろう勝ち気そうな気質と、今の気分からにじみ出る不機嫌さとが浮かんでいた。


 そして彼女のその手足には本来存在したであろう四肢の先が、いずれも無くなっていた。

 右腕は肘まで、右脚は膝まで残ってはいるが、左の手足はそれらの関節部分ごと欠損している。

 

「何の用かしらお父様? 乙女の部屋に不躾に殿方を招き入れるものではなくってよ」


 刺々(とげとげ)しく突き放すような物言い。

 本人が他人に哀れに思われまいと、気高くあろうとしていることがなお痛々しく見えた。


「そう怒らんでくれ。こちらルメス大公殿だ。お前と話をさせておくれ」


「ええ存じていますわ。こんな有様をお見せしたくない相手であることは十分に。お話したいのならご勝手に。終わったらすぐ出て行ってくださる?」


 娘の言い様に慌てふためく伯爵をよそに、ルメスはリリトのもとへ三歩分の距離まで歩み寄った。


「君に提案がある。ある仕事をやってみないか?」


「……仕事? 仕事ですって?」


 嘲笑と自嘲の混ざったわざとらしい閉じた笑い声を上げる。

 ルメスを小馬鹿にしたような口調で言葉を投げつけた。


「私に何の仕事ができるというの? なにも持てない、どこにも行けないのに。残ったものでできることなんて、たかが知れてるでしょう? それとも、貴方、()()()()()()が好みなの?」


「お、おい! いくら何でも……」


「君に頼みたい仕事だが……」


 伯爵の制止を(さえぎ)って、言葉を続ける。

 自棄(やけ)になってどうにもならない気持ちを嫌味という形でぶつけたくなることは理解できる。

 彼女の絶望を膨れ上がらせてしまったことは申し訳なく思う。

 だがどうしても、この話を持ちかけるためには致し方ないことであった。


「新しい義肢(ぎし)の、被験者をやってくれないか?」




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