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第二十三話 謀略の冥王政変 ⑤

 翌日。アセル王の死は都中に伝えられた。

 コスモニアからの大使が暗殺の実行犯であることも伝えられ、人々は怒りと失望、新たな戦争への予感が錯綜し、混乱の最中にあった。

 そして王弟であるセティという人物が後を継いで王に即位することが発表される。

 セティは自身の王権の正統性を主張するために王を殺害した者を処断しなければならなかった。

 そのため早急にも、この日の午後に大使であるルメスたちの公開処刑を行う運びとなったのである。




 古の時代に建造された祭祀場。ここは歴代のカーミス王の即位式に使われてきた。

 神々に捧げものをするための高くそびえたつ巨大な祭壇がある。

 そこに縛られているルメス、モリー、ヘルメスが膝をついている。

 彼らの背後には首切り役の兵士と指示を出す将軍が控え、正面には祭壇より一段低い位置にセテカと彼に従う神官たちが立ち並んでいた。

 この場所でこれからセティが王になり、神々にルメスたちの命が捧げられる。

 場違いなほどに透き通った快晴の空の下で、民衆の注目が集まる中、高らかにセティの宣言が天高く響き渡る。


「これより我が兄、アセル王を殺害した下手人どもの処刑を執り行う!!」


 国王を殺され怒りに燃える民衆より怒号のように圧の込められた歓声が上がる。


「ここにいるコスモニア大使であるルメスは長年アセル王と親交がありながら、その信頼を裏切り許されざる凶行に及んだ大罪人である!! メリト王女とコスモニア王子レームとの婚姻は王を欺くためのまやかしであった!! コスモニアと協調してゆくことはもはや不可能なのだ!!」


 握りしめた二又に分かれた杖を大振りに、セティの演説はヒートアップしてゆく。


「この上は下手人らの首を刎ね心臓を抉り出し、神々に捧げ冥府神の裁きを受けさせる!! そしてその功をもって余が新しい王として即位し、報復のため、コスモニアに対し宣戦を布告するぅ!!」


 再び天を揺るがすほどの歓声が響く。その反応にセティは満足げに目を細めた。

 ようやく待ちに待った時が訪れたのである。彼にとっての念願成就の時だ。

 お前こそが王になるのだ。父であるラトムにそう言われ続け、いつしか自分の野望となっていた。

 そのために高い地位を求める者やテオニア時代からの隣国に対する恨みを持ち続けている者を自分の味方につけた。

 国民を扇動するため大義名分を手にしたかった。

 故に使者が訪れるこのタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。


 そう、アセル暗殺の本当の主犯はセティなのである。

 彼はコスモニアとの戦争に勝利することによって自身の王権を強固なものにする計画を立てていた。


 そのために実は彼は秘密裏にアドリオスと手を組んでいる。

 こちらがコスモニアの軍を国境まで引きつけている間にアドリオスが呼応して東より攻め入り、コスモニアの領土を蚕食(さんしょく)する予定だ。

 その時の混乱に乗じてこちらも攻め込み、勝利をむさぼり領土を増やす。

 自分はカーミス史上最も広大な版図を統べた偉大なる王としてバーメネスの壁画に刻まれることになるのだ。


 まったくもって愉快なことだ。王。王になれる。

 あの翡翠のような緑の瞳をしたアドリオスの使者は素晴らしい話を持ってきてくれた。

 この達成感にもっと浸っていたいのはやまやまではあるが、そろそろ仕上げに入らないといけない頃合いだ。

 杖を掲げ、将軍に指示を出す。兵士たちがルメスらの側面に立ち、剣を振りかぶった。


「さあっ! 今、裁きの時だ!!」


 天より稲妻が大地へと落ちてくるかの如く、兵士が少年の細首へと剣を振り下ろさんとした。




 ザザッカ!! ズッガアアアアアンン!!!




 突如として天より轟音が響き渡る。何事か。人々は天を仰ぎ見た。

 そこには先ほどまで、というか今の今まで晴れていたはずの空が暗雲に覆われている様が広がっていた。

 何故いきなりこんな空模様に。動揺する表情をどう作ればいいのかわからないでいる民衆の顔へと降り注いでくるものがあった。


 それは、雪である。

 冷たく白い小さな粒が小麦粉を振るように、あるいは海の中で見るプランクトンのように落ちてくる。

 そして動揺はやがて混乱へと思考をかき回してゆくのだった。


 なんだ、これは。見たことのないものだ。この冷たいものはなんだ。

 いや聞いたことがあるぞ。何代も前の祖父母が冬に白くて冷たい氷のようなものが空から落ちてきたと言っていたらしい。冷やされた雨なんじゃないか。

 だがそれならどうして夏前のこの時期に降るんだ。こんなに暑いのに。

 天変地異の前触れなんじゃないか。あいつらを殺すのは不吉なんじゃないか。

 いやこれはアセル王の呪いに違いない。むしろ早く処刑すべきだ。

 そのような様々な憶測が飛び交って収拾がつきそうもなくなってきていた。


 だが無理からぬこと。カーミスにはなんと、雪を表す言葉が存在しなかったのである。

 巨大な歴史書、バーメネス宮にすら直接的に雪を示す単語は刻まれてはいない。

 それほどにカーミスで雪が降るのは歴史的にも珍しいことだったのだ。

 言葉で説明できない未知に近い自然現象を前にして落ち着くためには、人間の恐怖心という本能を凌駕するほどの強固な理性が必要であった。


「静まれえい!! これは冥府のアセル王が処刑を急かしているのだ!! 将軍! 早くそやつらの首を……」


『それは的外れの解釈だぞセティよ』


 その時、その言葉はセティのみならず周囲の神官や兵士たちはもちろん、集まっていた民衆たち全員の頭の中に同時に響いた。

 この雑音だらけの騒がしい場で、水の一滴が落ちる音を聞き分けるかのようにクリアに。

 まるで言葉や思念を直接心に送りこまれたかのように、だ。


「だ、誰だ!? 何者だ!!」


『分らぬか? この声に聞き覚えは無いのか? 我が酷薄なる弟よ』


「まさか!?」


 稲光、雷鳴。爆発したかのような閃光と音が祭祀場で弾ける。

 誰も彼もが目がくらみ、数秒間まともには物が見えなくなる。

 白の世界から色彩が戻り、眼球が像を捉え始めたとき、祭壇の上にそれは現れた。

 セティにとって忘れようもない人物。彼の兄、アセル王が降臨したのである。


「そう。余こそはカーミス王アセルである!!」


 神鳴り。それと共に死んだはずの王が復活を遂げた。

 一体何が起きているというのか。


「いや、今となっては王をも越えた存在となった。余は冥界にて冥府神ハデスに認められ、冥界の王となって現世に舞い戻ってきたのだ!! 改めて名乗ろう。余の名は冥王アセル! この国をを新たな時代に導ける唯一の王である!!」




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