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第二十三話 謀略の冥王政変 ③

 謁見を終えて貢物も運び入れ終わり、夕暮れの会食までしばし暇ができる。

 ルメスは休んでいてくれていいからとモリーに言いながらも、仕事の書類を手元に転送してきてにらめっこしている。

 さてどうしたものか。流石に街へ繰り出すというわけにもいかない。

 旅疲れを、とはいっても転送で来たのだからそれほどでもないが、それを気づかってくれるルメスの気持ちを無下にもできない。

 手持ち無沙汰で椅子に腰かけてただぼーっとするくらいしかやることが無かった。


 窓から意外なほど冷涼な風がそよぐ。

 カーミスはコスモニアよりも概して暑い。だからというか、涼を取る工夫はいろいろとある。

 室内の熱を逃がすために天井近くに通気口があり、これは大公館も参考にしている建築様式だ。

 窓に吊り下げてある濡らした藁。これは水分を気化させて熱を下げるものだ。

 それと日陰に置いてあるる壺。水瓶だ。こちらも気化熱で冷やす代物だがモリーには理屈はさっぱりである。

 瓢箪(ひょうたん)なんぞは天然の気化冷却水筒であるが、それがないこの地域では素焼きの壺がその役目を担う。


 冷たい水を飲んでひと心地。風を感じながら太陽の傾きをゆっくりと眺める。

 静かで穏やかで、時折ぱらりと紙面の擦れる音だけが響いてくる。そんな夕方。


 そういう時間が、終わるときはいつだって急なものだ。


「うぉーいお二人さん」


 よく知っている声の主がのしのし入室してきた。いつものヘルメスである。


「あれ? ヘルメスさんも一緒に来ていたんですか?」


「いいや俺は別口。野暮用があってな。今さっきアセルにも顔出してきたとこ」


 ほいお土産、一緒に食おうぜと言って焼き菓子をくれる。デーツを使った甘いクッキー、マムールだ。

 今食うと夕食入らなくなるぞ、とルメスがオカンじみたことをのたまう。


「野暮用、ですか」


「まあ……墓参りかな。大昔の、身内の。この城はでっけえ墓石みたいなもんだからな。文字も一番はっきり残ってるし。ここがうってつけなんだよ」


 身内。この大柄な老人は彼が以前語った四十年前の時点ですでに老人であった。

 彼の言う大昔とはいったいいつのことであろう。


「ほれ、ここの壁の文字。これはメネスって読むんだ。この城の名前の由来になったやつだよ。こいつさ」


 現代では解読困難なほどの抽象的で(かす)れた象形文字。いわんや異国の小娘にや。

 この城が古い時代の王の記録を文字通り刻んでいるのは知っているが、言われなければ判別は不可能であった。

 というか伝説に片足突っ込んでいる時代の人物が身内とは。


「そんな古い時代の方だったんですか。ヘルメスさん長命種なんだとは思っていましたが……」


 ルメスもそうだが、この人は一体いくつなんだろう。今更ながらではあるが。


「俺だけ死にぞこなったからな。のうのうと長生きしちまってる。まあ、それは置いとこう。でな、こっちを見てくれ。これがあいつの絵だよ」


 部屋の奥の方へ歩いていき指をさす。モリーもそちらへと近づいていった。

 しかし……。


「えっ? ええっ!? こ、これ……! これ!」


 その壁画の人物は、ある特徴的な身体部位が強調されていた。




 陰茎である。

 勃起している。




「いやーでかいでかいとは思っていたがここまで露骨に描かれることになるとはなあ。まあ子孫繁栄の象徴だし、肯定的に受け取られたんだろ」


 だからといって予備知識なしに女の子に見せていい類のものではないのではなかろうか。

 顔真っ赤にしながら壁画をちらちらと見ているではないか。

 よし。


「あいつ大麦玉ねぎにんにくレタスなんかに魔力を含ませるための研究やってた植物学者でなあ。特にレタスは収穫した時に出る白い液がアレを思い出すから精力剤扱いされて有難がられていたっけ。あいつの成果が今の時代にもこんなにはっきりと残るなんてな。しっかり拝んでおかなきゃもったいないぜ」


 しみじみと語っている。それと同時にセクハラもしている。

 長き時を生き洗練され続けてきた言葉の立ち回り。

 すなわちいやらしいことを事も無げに言えばいやらしいことは言ってはいないのだと相手に誤認させる、あるいは言い訳ができる話術である。

 老獪。卑劣。少女をからかうことでしか己を満たせぬようになったくたばりぞこないのさもしさよ。


「その辺にしとけ。止めないつもりならお前の壁画をオレが描いてやるよ。()()()だけ(えぐ)るように(へこ)ませてな。そのあと絵とそっくりになるように帳尻を合わせてやる。完成図を想像してみろよ。楽しみだろ?」


 流石にルメスが割って入る。酒飲んでりゃおとなしいとはいえ、やっぱりこいつは青少年にはよろしくない。

 親御さんから預かっているモリーを犠牲にすることは断じてできない。


 いくら身内がいなくなった寂しさを誤魔化すための芝居とはいえ、だ。

 長い付き合いのルメスにはそれが分かっていた。

 冬至祭の夜、家族を想って赤い服を着て駆け回っていたことも、覚えている。


 ヘルメスは大げさに怖がってみせ、「わ、わかったよう」と怯えるふりをする。

 それで終わり。ばつが悪そうに首を振るポーズをして、部屋にある椅子を一つ持ってきて壁画の傍に座る。

 その視線はメネスへと。そしてその想いは、遥か古代の思い出の中へと向けられていた。


 いつの間にか、もう日暮れの時間に差し掛かっていた。




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