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第二十三話 謀略の冥王政変 ②

 バーメネス宮は古の時代に存在した偉大な王、あるいは神ともみなされる人物によって建造された。

 城内の壁面にはその王の功績を(たた)えたレリーフが刻まれている。

 それらは時代を追うごとに歴代王やその治世での出来事も追加され、その都度増築されていった。

 今ではもう彫ることのできるスペースが無いため新しい城の建造計画が持ち上がってきているほどだ。

 この城は世界で最も長い期間情報を集積し続けている巨大な歴史資料館なのである。


 ルメスたち使節団は過去へのタイムトンネルじみた通路を奥へと進む。

 こんなに贅沢な美術館めぐりはそう簡単に許されることではないだろう。

 だが今はそれらカーミス芸術を堪能すべき時ではない。使者としての責務を果たさねばならぬ。

 この国の人々は自分たちを通してコスモニアという国を推し量ろうとするだろう。

 さながら横を向いた壁画の人物たちからもレーザーのような熱視線がこちらへと注がれているような感覚であった。


 そしていよいよ謁見の間にてカーミス王アセルと対面することになる。

 ネメスという縞模様の頭巾を被った(ペルア)。年の頃は三十くらいだろうか。

 アセルはルメスが訪れるのを今か今かと心待ちにしていたらしい。

 そわそわと体を揺らし、相手が見えると玉座から少し身を乗り出して見つめた。


 王の左右に立ち並ぶ将軍や神官に女官たちの顔は、人間や犬や猫や鳥や蛇や鰐やカバやライオンであった。

 中にはアシュタールのように牝牛の角のようなものを生やしている女性もいた。

 カーミスは古くから様々な種族が同等の権利を認められて共存してきた国である。

 コスモニアの目指すあらゆる種族を統合した国家とはカーミスを理想的モデルケースとしているのだ。


 何故だかその重臣たちが騒めいている。動揺、しているのか。

 モリーの敏なる両耳は彼らの言葉の切れ端を見事につないで文章を再構築していた。


「兎族だと?」


「どうして兎族がここに!?」


 思いがけないことだが、どうやら注目されているのはルメスではなく自分の方らしい。

 モリーは途端に居心地が悪さを感じた。なんで兎族がそんなに注目されているんだろうか。

 ルメスの方はとくに気にせず、前へと進み出て王の前に(ひざまず)(こうべ)を垂れた。

 モリーや使節団の他の面々もそれに(なら)う。


「アセル陛下、御無沙汰しております。ルメスでございます。ご壮健のようでなにより。私も大変嬉しく思います」


 実際に若干嬉しそうに丁寧な挨拶をするルメス。

 先ほどモリーに聞かせた話から考えれば、アセル王の出生のために骨折って手を貸したことのみならず、おそらくはその後もベルゼルの味方とするべくいろいろと心砕いてきたであろうことは想像できる。

 彼にしてみれば目をかけた子供が立派に成長した、くらいの感慨深さを感じているということなのだろう。


「本日は我が国の王子レーム殿下と、貴国の姫君メリト様との目出度(めでた)きご婚礼を寿(ことほ)ぎに、ルメス以下使節団一同参上いたしました。つきましては運び入れた献上品の数々をどうかご笑納いただければ幸いにございます」


「うむ! よく来てくれたなルメスよ。そなたならばいつでも歓迎するぞ。それにそのようにかしこまらんでもよい。そなたは我が父も同然。我らの間で遠慮など無用である」


「身に余る光栄にございます陛下」


 ルメスを我が父とまで慕うアセル。それはそうだろう。実の父は自分を殺そうとしていたのだ。

 臣下の者たちもそのことは把握しているようで、発言に驚いたりなどはしていない。


「おおそうだルメス。父と言えば、そなたの両親はどのような人物なのだ? 一度聞いてみたいと思っていたのだ。申してみよ」


 ルメスの両親。考えてみれば謎の多い彼にも親と呼べる人物がいるはずである。

 モリーはそれに凄まじく興味をそそられた。耳をぴんっと露骨に(そばだ)てる。


「陛下。私には両親と呼べる者はおらず、石の中から自分の力で産まれてまいりました」


 石。……石!? まさか、本当にそんなことがあるのだろうか。

 木の股からというわけではないにしても無機物から有機的な生物が生じるなんて神話か何かでもなければ有り得ないのではないか。

 ましてや自分の力だけで。石めいて硬い卵から産まれたというほうがまだ納得ができる。

 だが、もしかしたらもしかすると。


「なんと!? ルメス、それはまことか!?」


 アセルも大いに驚く。予想外にも程があった。


「それはもちろん……」


 ルメスは言葉を溜めに溜めて顔を上げる。


「冗談にございます」


 見たこともないほどに、にっこりと満面の笑みを作ってみせた。


「ふ、ふははは!。こやつめ、(かつ)ぎおって。心底驚いたぞ。そなたならば有り得ん話ではないと思ってしまったわ」


 吃驚したのはモリーもである。この人はヘルメスにやるように、たまに悪戯を仕掛けるんだから。

 他国の王の前ということで張っていた全身の気が抜けてしまった。


「どうかお許しを。ですが両親がいないというのは本当です。親の顔も知らずに生きてきましたから」


 結局身内の話は聞けずじまいだ。行き場のない好奇心をどうしてくれよう。


「ふむぅ。そうか。……おお、そうだそうだ。そちらの娘は兎族ではないかな? その娘もそなたの家臣か?」


 アセルは虚を衝かれた形となった自分のペースを取り戻すべく、なんとなく別の話題を振った。


「はい。私の秘書のモリーと申します」


 私の、と言われなんだか気恥ずかしさを感じてしまう。もう主従としてのつきあいは三年目なのに。


「ほほう。かの兎族を家臣にするとは。そなたもなかなか豪気なことよな」


 兎族が部下にいることがそんなに珍しいのだろうか。

 聞いてみたい気持ちもあったがこの場で出しゃばってしまってもいいのだろうか。


『いいよ。聞いてごらん』


 自分の考えはお見通しのようで、ルメスは思念を転送してモリーに口を開く許可をくれた。


「おそれながら陛下。質問よろしいでしょうか」


「うむ。許す」


「兎族はこの国ではどのように思われているのでしょうか。私は一族の年配の者たちからはたまに出稼ぎに行ったとしか聞いておりませんもので」


 日食を見た、と聞いたのも出稼ぎに出た親以上の世代からである。

 そのときどんな仕事をしに行ったのか知らなかった。


「ああ、そうなのか……。実はな、兎族はこの国では恐ろしい略奪者として伝わっておるのだ」


「そ、そうなのですか?」


「うむ。コスモニアができる前などは散々被害に遭っていたものよ。何しろ兎族は素早く強い。しかも同族を殺めようものなら必ず報復として殺めた倍の人数の首を積み上げてくるでな。容易には手を出せない相手であった」


 そういえば、兎族は山羊や羊を飼って暮らしているが、コスモニア建国後は二国の間で交易もするようになった。

 ではそれ以前は。住んでいる砂漠にはろくな資源もない。

 ならばどうするか。略奪者としてどこかしらから奪うしかないのではないか。

 兎族が暮らしている砂漠はザガン領の辺境。つまりは旧テオニアの国土だ。

 どうやらテオニアを隠れ蓑にしてカーミスへと略奪旅行に行っていたというのが出稼ぎの真実らしい。


『君を秘書に勧誘に行ったときのことだけど、村長にも話をしに行ったんだよ。物資や交易の手配とかいろいろ支援するから正式にうちの国に所属しないかってね。カーミスに略奪に行かれると国交上問題になるからさ』


 どおりでコスモニア建国以降略奪が起きないわけである。

 あのとき自分の知らないところでそんなやり取りをしていたのか。


「特に厄介だったのは若い女戦士と、何故か一緒に行動している人間族の男であったな。連中の中でも抜きん出て強くて、三十人でかかっても蹴散らされたわ。今でもそなたの部族の中で暮らしているのかのう。どうだ、知っておるか?」


 ……あれ? 兎族の女と人間族の男……。

 それってもしや、自分のお母さんとお父さんなんじゃ……。

 それに思い至ったモリーは内心かなり焦り、動揺を顔に出さないように必死で笑顔で表情を硬化させた。


「さ、ささあ~? 知っているようないないような……」


「? そうか? まあ今となっては過去のことよ。気にせず逗留の間ゆるりと過ごすが良い」


「お、お気づかい有難うございます」


 あの両親も若いころはそんなやんちゃなことやっていたのか。

 知って良かったような悪かったような。意外なところでこの国とつながりがあったものだ。

 兎族の所業もこの城のどこかに刻まれ記録されているのだろうか。この歴史資料館に。

 その内容が間違いなく悪評であろうことに、なんとももやもやとした気持ちが拭えないモリーであった。




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