第二十三話 謀略の冥王政変 ①
コスモニアの西に位置するアンニール川の恵み豊かな砂漠の国、カーミス。
前国家テオニアとは長年にわたり領土をめぐって争いを続けていた。
十五年前に現国王アセルの治世に代替わりしてからは、かねてより交流のあったベルゼルたちと同盟を結ぶ。
コスモニア建国戦争においてはテオニアの軍勢をベルゼル軍と共に挟み撃ちにすることで撃破に成功。
これによってかつてザハーグの支配した国境の街の支配権を譲られ、その都市をクルズムと命名し運河の利権を手中に収めた。
以来コスモニアとは友好国として交流を続けている。
特に親しいのは領土が隣接しているザガン公爵。カーミスやバラナはワインの主な輸出先である。
それから王に近い血縁の、神官の娘を嫁にもらったラモン侯爵。
羊の燻製を輸出したり、たまに自作の彫刻を贈ったりもしている。
そしてアセル王と最も親しい間柄の人物、それがルメスだ。
彼にとってルメスは父親も同然であった。ルメスがいたからこそコスモニアと同盟を結ぶ気になったのだ。
その想いは実の父親に向けるものとは比べ物にならない感情であった。
何故ならば、アセルの出生を阻んだのが実の父親で、彼の母を助け自分と妹を産まれさせてくれたのが他でもない、ルメスであったのだから。
カーミス首都メンフウト。その大通りを大量の貢物を乗せたコスモニア使節団の馬車が何両も列をなして進んでいる。
道は見物客でいっぱいだ。それもそのはず、もうすぐカーミスの王女がコスモニアの王子の元へ輿入れするのである。
これが成立すれば両国の関係はより一層深まることになるだろう。
今日はその挨拶のために大公爵であるルメスが自ら大使として出向くことになったのだ。
とはいえ使節団が国を発ってからずっと同行していたわけではない。
そこは転送を使って首都到着直前に合流することにした。
それで今は装飾の凝った豪奢な箱馬車にモリーと一緒に乗りながらパレードを内側から眺めていた。
対角線に座った二人は何気なく雑談をして、ちょうどその話がアセル王とルメスの関係についての部分に差し掛かっているところであった。
「アセルと双子の妹のアセトが母親の胎内にいるとき、父親である先王ラトムに不吉な子供だから産まれてはいけないと言われていたんだよ」
「不吉、ですか」
「まあ有り体に言えば浮気を疑っていたんだね。だからって神託を偽装してまで命令するのは神事の主導者である王としてどうなんだと。まあどこの国でもありがちなのかもしれないけどさ」
まあうちはもう王は神事に関わらないから楽でいいんだけどねと肩から力を抜いて頬杖をつくルメス。
前テオニア時代に人間神信仰を笠に着て王に貴族や神官共がやりたい放題に贅を尽くして人々を圧政で苦しめ、ときに火刑に処したりしていた。
そんなだから、コスモニアでは宗教に権力を持たせないように宗教的価値観に基づいて政治を行ってはいけないと法律で明文化しているのだ。
しかしカーミスにおいては歴史深く古代から続く信仰が根強く残っている。
信仰イコール政治。政教は一つであり分離できるようなものではない。
すなわち王とは最も偉大な祭祀者でもあるのである。
その王が神の言葉を騙って、そしてそうでもしなければ浮気を糾弾することもできないなんて。
なんだか情けないやら呆れるやら。ため息をつきたくなるルメスの気持ちも解かろうというもの。
「で、当時商売を通じて王室に取り入っていたオレに母親のネートが相談を持ちかけたんだよ。国と関わりのない行きずりの商人になら気楽に話せたんだろう。どうにかして子供を産む方法はないかってね。君は良い方法、ある?」
ルメスが馬族に食い扶持を与えたもの。魔の森近くの集落で作られている家具。
それらは海路でカーミスへと運ばれ、売れ筋の商品として王や神官らに好まれた。
「んーちょっと思いつきませんね。神託を偽装してるんですよね。ならそれを逆手に取って神託に沿うようにそれらしい理屈を考えて、産んでもいいように言いくるめる、くらいでしょうか。それで駄目なら逃げてどこか別の場所で出産するとか」
思いつかないと言いつつ喋りながら具体案を提示するあたり頭の回転が速い。
「おーそれそれ。オレも同じように考えたんだよ。それで立てた作戦がな、日食の時に出産するってことだった」
「日食? ……ああ! 昔カーミスに出向いていた部族の大人たちが見たって聞いたことがあります! あの時ですか」
この時代、日食や月食がなぜ起きるかは分からなかったが、予測することはできた。
コスモニアでもサロスという予報術によってどの程度の周期で起きるのかを把握している。
とはいえそれらの現象が一体何をもたらすのかを理解できようはずもなく、やれ凶兆の前触れだいや縁起がいいことなのだと様々な憶測が飛び交う。
エリアスより北方では太陽を追いかける狼が太陽に齧り付いた、などというようにも伝わっている。
宇宙の概念の原型は既に存在する。しかしそこに法則を見いだすためには、人類の理論はまだ幼かった。
「日食は新月の時に太陽に月が重なって起きるものなんだが、ここで肝要なのは昼間太陽が出ているのにそれが隠れてしまうってところだ。カーミスの信仰における最高神は太陽神なんだよ。先王のラトムも太陽神からの神託という形で産むなと言っていたからな。つまりは?」
「太陽が隠れたのは神託を撤回したから。日食の間に産まれた子供を太陽神が認めたんだと言い張れる」
「正解だ。そうそう起きない現象だからな。説得力が生まれる。ま、いくらかの神官たちに鼻薬を嗅がせて抱き込んだりもしたけど。カーミスを味方にするのには安い買い物だったよ。アセルもいい王様になったしな。いろんな意味で」
アセル王の評価にも若干の含みを持たせてシニカルに笑った。
分かっていたことだがルメスは屁理屈も、割とダーティーな手段も使う。
こういうところは見た目通りでない長命種の老獪さが垣間見えた。
そうこうしているうちに王城バーメネスの前へと馬車がたどり着いた。
壁面に彫刻された巨大な石像と、その目の前に並ぶ勇壮な兵士たちがルメスたちを出迎える。
「着いたな。じゃあ行くか」
「はい。……あ、大公様。そういえばよく都合のいい時に出産できましたよね。もしかしてなにか他にも細工をしたんですか?」
「ん? ああまあね。そう難しいことじゃないさ。実際の出産は日食の時より少し後だったけど誤魔化しは利いたし。その他には……」
ルメスは軽く伸びをして、馬車から降り立った。
「ちょっと月を動かしただけだ」




