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第二十二話 怒れる大公と魔法使いの進路 ④了

「これまで話してきて諸君の中で未来への展望というものが僅かながら形になってきたとは思う。最後にこの話をして講義を終えるとしよう」


 魔法使いの進路の少なさと進むための、そして進んだ先での困難さに暗然たる面持ちを浮かべる生徒たち。

 最早葬式と大差ない。式の主人公は勿論自分自身である。

 だがルメスは(ひつぎ)の中の吸血鬼に白木の杭を突き刺すかの如く彼らの(とど)めを刺しにかかった。


「私は君たちを憎んでいる」


 先ほどまで生徒らをいたぶるような愉悦じみた抑揚を隠し切れなかった声のトーンが一気に奈落の底まで下がる。


「よくもやってくれたな悪童ども」


 ギラリと目を見開いて冷たく静かに通りの良い声で水が沁み込むように言葉を波打たせる。

 敵意。これまで彼と接してきて一度たりとも見たことのない感情だ。

 生徒たちは蛇に睨まれた蛙の故事のように体が硬直し、一人たりともルメスから意識を反らすことができなかった。


「お前たちがやらかしたことでリオン学園長が責任を取って辞職することになった。お前たちの倍以上の年月を生き何十倍もの努力をして、誰よりも多くの発明と功績を成した人物が。国の、いや将来においての世界の至宝である研究者の経歴に、消えない傷がついてしまった」


 教卓の上でこぶしを握り締めて、それが小さく震えている。


「私のむ、教え子の顔に泥を塗りやがって。覚悟はできているんだろうな?」


 全員が息を飲む。小さく短く悲鳴を上げる者もいる。

 目の前の少年は見た目通りの子供ではない。この国の大公爵。王の片腕なのだ。

 自分たちの進路を比喩ではなく墓穴へと送ることができる権力を持っている存在だ。

 生徒らは自分の寿命をコルクの樹皮のようにべりべりと剝がされる感覚を味わった。


「………………だが」


 たっぷりと沈黙をおいてから再び口を開く。


「他でもない。そのリオンが私に言った。どうか寛大な処置にしてほしいと。だから、業腹ではあるが今回に限ってはお前たちの将来の道を閉ざす真似はすまい。だが二度目は無い。そう覚えておけ」


 ルメスは心底つまらなそうに、ねだった菓子を与えられなかった子供のように()ねた顔をした。

 おそらくリオンの頼みが無ければ、生徒たちは彼らが想像した通りか、もっとえげつない末路を迎えさせられていたことだろう。

 仮に普段のルメスならそんな感情に任せたような行動はとることはない。表情もだ。


 彼にとって身内の者がどれだけ大事なのか。それが傷つけられた時どういう反応をするのか。

 それが垣間(かいま)見えた。わかりにくいが実は愛情深いところもあるのかもしれない。

 もし自分がひどい目に()ったときもこんなふうに怒ってくれるんだろうか。

 ついそんなことをモリーも考えてしまった。


「それともう一つ忘れるな。私はこの学園と魔導研究所の最大出資者だ。つまり人事に口出しをする権限がある。私の意向一つで研究者になれるかどうかが決まるのだ。リオンとの約束もある手前、お前たちを研究職にさせないとは言わんが……。半端な努力で夢が叶うと思うなよ? 少なくとも魔法が使えるだの使えないだの、くだらない考えにかまけている余裕はないぞ」


 魔法使いたちのこだわりをくだらないと断じる。誰も文句は言えない。言える相手じゃない。


 ここまで釘を刺しておけば余程救いようのない馬鹿でない限り同じような問題を起こしたりはしないだろう。

 キツい体力仕事の軍人になりたくなければ必死こいて勉強して研究者になるしかない。

 今回の講義はそれを思い知らせるためにわざわざ開いたのである。


 もっとも、努力実って研究者になれたとしても研究所が居心地いいとは限らないだろう。

 リオンは魔導研究所の所長だ。彼を(した)っている研究者は世代や魔法魔術の分野を問わず大勢いる。

 そんな人々の目に問題を起こしてリオンを辞職に追いやった元生徒の新米研究者がどう映るだろう。

 控えめに言って針の(むしろ)となることは想像に難くない。たとえリオンがかばったとしても。


 それは軍人になっても同じこと。団長のエーシュはリオンと友達だ。良い印象など抱くわけがない。

 団長ににらまれる新入りに対して先輩たちの視線も冷ややかなものになる。

 余計なまねしやがって、こっちにまでシゴキが飛び火するじゃないか、と。


 なによりも、どちらの道に進んだとしても必ず魔術師たちと共同で仕事をすることになるのだ。

 魔導兵団なら軍事行動で魔法と魔術の連携。研究所なら軍事民事を問わず魔法から魔術へ転用する研究。

 魔術は魔法を基にしている。プログラムのように同じ魔法現象を安定して引き起こしたいならば魔法を魔術で再現する試みをするのが効果的だ。

 浄水の魔法はある。それを魔術で再現できたからこそ都市全体にいきわたらせるほどの浄水設備が作れたのである。


 広く様々な用途に使うのに魔法から魔術への転用は必須。すなわち魔法使いと魔術師の協力が必須なのだ。

 魔術師を見下すような魔法使いに、軍にも研究所にも居場所はない。


 この講義はルメスの復讐であると同時に最後の慈悲でもある。

 選民的な考えを改めさせるには、押さえつけるよりもそんなことを考える余裕をなくしてやればいい。

 現実を突きつけて(くら)迷妄(めいもう)から覚まさせてやることが、ルメスの(ほどこ)すべき教育なのであった。




 講義終了。余韻(よいん)もなくルメス、モリーは教室を出ていく。

 後には騒然とする生徒たちと、それと対照的に放心状態になって壁にもたれかかっている魔石充填士のザストゥンが残った。


 それからしばらくして、生徒たちは教室を出ていく。まばらになってそのほとんどが帰路につく。

 そんななか、一人の女学生が誰もいない校舎の隅の渡り廊下の窓際で頭を抱えて悩んでいた。

 彼女の悩みはこうだ。自分は成績に自信がない。魔法使いの花形である研究者になれるか怪しい。


 なにより先日起きた暴動事件。それの原因は、彼女自身にあったのだ。

 クラスの馬鹿な男子(と彼女は思っている)を()きつけて面白半分に魔術の生徒との対立を(あお)っていた。

 もしこれがバレたら研究者にはなれない。そうなったらどうしよう。

 厳しくて足が太くなる軍人なんか絶対ムリ。だからって魔法使いの意味がなくなる他の仕事なんて絶対イヤ。

 そうやってこの騒動で被害を(こうむ)った人たちのことをまるで考えない自分本位な懊悩(おうのう)を続けていた。


「お悩みですか?」


 そんな彼女に話しかける人物がいた。学園では見たことのない人の好さそうな青年であった。


「もしよろしければお話を聞かせてはくれませんか? 人に話すことで解決できることもあるでしょう。どうか私にお手伝いをさせてください」


 少し警戒したが煮詰まっていたのは事実。知らない他人になら話しても別にいいか。

 そう考えて女学生は進路に悩んでいることを話す。都合の悪い部分は伏せながら。

 青年は相槌を打ちながら親身になって話を聞いてくれる。自然と警戒も解けていった。


「なるほど。それでしたら私がお力になれるかもしれません。実は貴女のような将来有望な才能ある方を待っていたのです。是非とも私共の元へいらっしゃいませんか? ご満足いただける待遇をお約束いたしますよ」


 女学生は優し気なその言葉に心ひかれる思いをしていた。

 もしかしたら自分の進路に道が開けるかもしれない。そんな期待を胸にしながら。




「大公様。あれは……」


「アドリオスの手先だろうな。研究所まわりや軍は厳重に警戒されているから見習いに狙いをつけて勧誘に来たらしい」


 廊下の影、離れた位置にルメスとモリーが息をひそめていた。

 次はモリーへの個人授業だ、と言って魔導学園に迫る危機を教えるために二人はここへ来ていたのだ。


「よろしいんですか? すぐに捕縛しないで」


「追っ手はつけてある。どこからネズミが侵入してくるのか、探り当てて一網打尽にする。ただあの生徒を助ける気はない。行きたいなら行かせてやればいいさ」


「相手に技術が漏れたりしませんか?」


「最先端の研究をしているのは魔導研究所の職員だけ。学生なんて基本のさわり程度だ。問題はないよ。それに、言っただろ?」


 ルメスは振り向いて女学生と青年がいる方向とは逆の方へと歩き出す。

 あの女学生はついに見捨てられらのだ。


「講義の一番初めに、この国は魔法使いが魔法使いとして生きられる世界で唯一の国だって。その意味も理解できない間抜けに手を差し伸べる気はないよ」


 魔法使いは歴史上長らく差別の対象となってきた。

 それは多くの場合、奴隷よりも立場や待遇の低い扱いをされていた。

 戦争において魔法を利用することはままあったが、コスモニアができるまで魔法使いのその全ては命まで使い捨てにされた。


 そんな外国の意識がいつの間にか改善しているなんてことが果たしてあるのだろうか。

 ルメスでさえ今の形に魔法使いの待遇を整えるのに今日まで四十三年かけている。

 それは現在も進行形で、これから先も続けていかなければならないことだ。努力が必要なことなのだ。

 だからこそ今がある。選択肢が用意されているだけ、彼女たちの世代は幸運であったのに。


 甘い言葉で誘われてたどり着いた先が地獄。

 楽をしたいから。そう考えたとき、人間は破滅の道へと進路をとる。

 考え続ける努力も、想像する努力もしないままに、人の示した道へ安易に流されて行って、絶望に至る。


 もしもそうなる前に、道理を分かっている誰かがその道は間違っているんだよと教えてくれたなら。

 その相手こそがまさしく人生の教師なのだろう。地獄に垂れてきた蜘蛛(くも)の糸そのもの。

 釈迦ではなく、リオンとルメスが与えた最後の機会。そう、これが最後だったのだ。

 モリーはどうか学生たちが、あるいはこの国の誰もが、あの女学生のような者ばかりでないことを、願わずにはいられなかった。




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