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第二十二話 怒れる大公と魔法使いの進路 ③

 次にルメスが紹介した職業は軍人である。

 国としてはどちらかというと魔法使いの進路として望ましいのはこっらであった。


 コスモニア国軍八大兵団の一つ、青の魔導兵団の魔法部隊。

 広範囲を面での攻撃、魔力の防御壁、迷彩による偵察、陣地の構築。

 魔法を最も効果的に活用できる舞台は戦場にこそあった。

 さらに言うなら魔法使いを強制的に戦に()り出すことはどこの国でもたまにあったが、組織立って軍事行動をさせているのは世界広しといえどもコスモニアだけである。

 その優位性から魔法使いの軍人はどの戦場でも引く手数多(あまた)の人材であった。


 給金は金貨にして年四十枚。なれるはずだった在野の魔石充填士と同じくらいだ。

 ただし――。


「魔法使いは戦場で最も目立つ。厄介な魔法を封じるため真っ先に敵は霧雨の如く矢を降らしてくるだろう。それに対して魔力障壁を張ったとしても長時間保たせることは困難であるし、反撃するにもそもそも防御しながら攻撃魔法を使うことはできない。足を止めれば死ぬと思った方がいい」


 魔法部隊は運用上他の軍勢と共に行動させるのは難しい。

 戦場ではそれぞれ役割があり、どこも魔法使いの援護にかかずらっている余裕はないのである。

 逆に魔法使いはその技能を生かしてどこへでも援護に向かわなくてはならない。

 自然と部隊とそれを分けた小隊単独で要所を見極めて独自に行動しなくてはならなくなる。


 攻撃ならば敵が密集しているところや警戒の薄い所に集中して魔法を放ち、防御ならこちらの軍の(もろ)い場所や相手の攻勢を一時的に防ぎたい場面に出張る必要があった。

 接近、攻撃、離脱。救援、防護、離脱。迷彩、偵察、離脱。

 いずれにしても状況に合わせられるように迅速にあちこちへと移動できる機動力が大事なのだ。


「だが我が国においても移動のための足となる馬には限りがある。騎兵に輸送、いくらいても足りないし飼料確保の問題もあるからだ。隊長級にでもなれば至急はできるが基本的に魔法部隊に馬は回せない。ではどうするか?」


 正面の生徒の方からは分からなくても、横から見ていた普段一緒にいるモリーには分かった。

 ルメスの唇の端が(わず)かにねじ上がるのを。


「走るんだよ。軍に入ったら魔法使いはひたすら走る。敵に近づくのも敵から逃げるのも仲間を助けに行くのも全部足の速さがものを言う。軍隊は体力なしにはやっていけないが魔法使いは特に走り込みをして体力をつける必要がある。魔力の強化にもつながるからだ。軍に入ったら、楽ができるとは思うな」


 団長のエーシュが隊員たちに地獄のランニングシゴキを行っていた光景が思い出される。

 それに生き残るために体力持久力をつけるのは勿論だが、エリート意識の強い魔法使いの鼻っ柱を()し折る目的もある。

 軍隊という組織で統制を行うためには根拠のない過剰な自意識は邪魔なのだ。

 血反吐を吐くまでへとへとになってもエーシュに魔法でぶっ飛ばされて無理やり走らされていれば、団長への恐怖から統率は取れてくる。

 あとは問題を起こされる前にエーシュがひと(にら)みすれば団内の魔術師や他の団の者との余計な(いさか)いを防ぐことができる。

 彼女は憎まれ役を買って出ているのだ。

 どうしても必要なことである。軍隊に入る魔法使いには、特にこの生徒たちのように問題を起こした者たちにはそうだろう。


 生徒たちの反応はというと、一面に嫌そうなしかめっ面が並んでいる。

 それはそうだ。この時代にはエリアスくらいにしかいないが、長距離選手でもないのに走るのを仕事にはしたくはないだろう。

 命の危険もある肉体労働をして得られるのが金貨四十枚。つくづく魔石充填士の道が閉ざされたのが悔やまれる。


「そんな体力仕事をしたくないのなら他にも職種はある。こちらが魔法使いの進路としては本命だろう。つまり魔法薬の研究者としての道だ」


 歴史上魔法使いが伝統的に行ってきた生業(なりわい)とは魔力を込めて作った魔法薬を売ることであった。

 霊薬とも表現される病も怪我も劇的に快癒させる、まさに魔法のような薬。

 魔法使いたちは素質をもって生まれてしまった子供を間引きされる前に保護して育て、自分の弟子としてその製造方法を伝えてきた。

 魔導研究所にはそんな受け継がれてきた成果がまとめられ、さらなる研究が続けられている。


 見習いである生徒たちも基本的な薬の作り方は教わってはいるが、より先進的な知識は国で秘匿される。

 高価であり高効果な薬は国内のみならず国外に向けても大きな需要を生む金の卵。

 研究はあらゆる意味で国民と国家の将来を作る国家事業。当然内容は国家機密となる。

 魔導研究所の所員になることができた者だけがそれに触れ、世界最先端の薬品研究に携わる資格を得ることができるのだ。


「魔法薬の製造においては繊細な魔力制御が不可欠。これは、研究段階においては、だが魔術で行うのは難しい。一度製造方法が確立されれば魔術でも魔力の調整を再現して薬品を作ることは可能だがな。そういう理由で魔石充填士とは違い魔法薬研究の仕事はまず無くなることはない。安心するがいい」


 魔法使いの面目を躍如する知的な、憧れの職業。

 汗、土、砂に(まみ)れる泥臭い軍人なんかよりずっと優美な、自分に相応しい生き方だ。

 多くの生徒はそのように考えている。成功した自分の姿を脳内で幻視する。


「気になる給金は国の機密を扱う立場と魔法という特殊技能を有する希少性を加味して、年に金貨にして五十五枚。研究主任にもなればその倍近くかそれ以上、百枚から百四十枚前後ほどにもなる。そこまで地位が上がれば新薬の開発のための研究班を組む権限があるからな。給与にはその分の手当と、開発が成功した際に贈られる報奨金が含まれる。当たれば大きいぞ。博打よりはずっと確実だ」


 もっとも開発に失敗したならば研究班は解散。

 主任からぺーぺーの平研究員に落とされた上で開発にかかった資金のいくらかを負担する羽目になり借金を背負うことになる。

 それが原因で辞めさせられることはないが、完済するまでは再び新薬の研究班を率いることはできなくなる。

 その点は博打で身を持ち崩したら鉱山送りにされるベリルのところとそう変わらないかもしれない。

 ただこっちは国がバックについているため一生食いっぱぐれることだけは無い。

 リスクの少ない挑戦ができる高レートの賭けであると言えた。


 要は成功させるだけの算段と自信がつくまで実績と経験を積めばいいだけだ。

 やってみる価値は大いにあるだろう。


「ただし」


 ここでまた、ただし、だ。デジャヴュを感じて生徒らに嫌な予感がよぎる。


「研究者は毎年ごく少数しか雇用枠を用意していない。せいぜい年に二、三人。多くても四人までしか採ったことはない。そして合格基準を満たせない成績不良者のみであれば一人も採用されないことがある」


 どんな事柄であろうと、努力しなければ望むものは得られない。

 逆に言えば努力できる能力があるかどうかで希望を叶えられる可能性を掴むことができる。

 生徒たちは学園の成績によってそれの有無を試されているのだ。


「それから信用も必要だな。挙手はしなくていいが、この中に自分には信用があると自負できる者はいるか? 自分の心に聞いてみるがいい」


 暴動事件を起こした者たちに信用などというものがあるや否や。

 ひやりと脂汗を流す生徒も少なからず見受けられた。


「あと研究者になったら基本的に研究所と近くの街から出ることはできない。機密保持の観点から必要なことだ。まあ街には生活に必要なものを十分に用意しているし、各種娯楽施設も充実している。要望も可能な限り受け付けているから困ることはないだろう。ただ情報漏洩したり許可なく指定区域から出た場合は死罪になるから留意しておくように」


 この紹介された二つの職業には共通点がある。

 それは魔法使いを一つところに集めて管理しているということだ。

 軍人だろうと研究者だろうと、専門に技能を磨いた魔法使いを国外に流出させるのは危険すぎた。

 それ故に利益と法で首輪をつけなくてはならないのである。


「さて、魔法使いが必要とされる職種は一つが潰れたからにはこの二つだけだ。良かったではないか。より取り見取りだぞ」


 人生には様々なリミットが設けられている。

 将来の選択肢もまた同じ。

 道がいくつも目の前に続いているとは限らない。


「まあ気に入らないなら魔法の関係ない普通の職に就くこともできる。ただし、君たちと同年代の、魔法使いでない者たちは、すでに君たちよりも早く職に就いて多くの経験を積んでいることだろう。今更別の道に進んでも先に始めた他人より自分は遅れていると思った方がいい」


 キャリアの差を埋めるのは結局のところ努力だ。

 問題は相手と同じだけの努力を積み重ねるだけの時間が自分にあるのかということ。


「君たちにとっては、どちらが自分の心を納得させられる進路なのかな?」


 魔法の使えない者を只人(ただびと)と断じ(さげす)む魔法使いたちは、その凡庸な他人と同じ職に就くのを良しとするだろうか。

 いや恐らくほとんどは、肉体と頭脳を酷使してでも拒絶することだろう。

 臆病な自尊心と尊大な羞恥心故に、納得することなど決してできはしない。


 軍人と研究者とは、そんな魔法使いたちのために用意された職業であるのだから。




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