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第二十二話 怒れる大公と魔法使いの進路 ②

 魔法使いの生徒たちは困惑していた。

 名実共に国のナンバーツーと言える人物が特別講師としてやってきたことも、それが自分たちとそう変わらない年齢に見える少年であることも、いきなり自己紹介もなしに金の話をしに来たと発言したことも、全てが理解し(がた)いことであった。

 だがルメスはお構いなしだ。生徒たちとコミュニケーションを取るつもりなど毛頭ない。

 彼の中では生徒らへの煮えたぎる激憤のマグマの如き感情が荒れ狂っている。

 それを永久凍土の氷壁の(ふた)で押さえつけて、冷静さを保って相対している状態にあるのだ。

 思い知らせてやる。そう言った彼の頭には生徒に対しての配慮など微塵(みじん)もありはしないのであった。


「コスモニアは魔法使いが魔法使いとして生きられる世界で唯一の国だ」


 置いてけぼりの生徒を無視してルメスは講義を始める。


「だが未だ魔法使いとしての経歴を生かす職業はこの国であってもそう多くはない。これから諸君らには学園卒業後、どのような職業に魔法使いが必要とされているか。それを教えようと思う」


 職業。大公ともあろう者がただの学生に対して将来の仕事、進路についての話をするとは。

 いったいなんの目論見(もくろみ)あってのことか。混迷は深まるばかりである。


「勿論収入は業種によって大きく異なる。心して聞け。そしてよく考えるがいい。魔法使いとして、どうすれば自分にとって一番利益があるのかをな」


 いつものルメスの口調とは違う。モリーたちに対しての砕けた感じでも、商談で使うビジネスライクな丁寧語でもない。


 かつてルメスは野望の町、コスモニア建国のための拠点において、リオンやアシュタールをはじめ国家の中心的役割を担うことになる人材たちを育てる教育者であった。

 この国の他種族の貴族のほとんどと、人間族の貴族の一部はルメスの教え子なのである。

 ベルゼルと出会ってから建国に至るまで実に三十年もの月日を要したが、それだけの時間をかけた理由の一つが教育だったわけだ。


 だが教育者としての彼を見てきた、そしてたまに課外授業と称して子供らに遊びの時間を提供しちょっかいかけていたヘルメスならば知っているだろう。

 ルメスがかつて子供たちに対してこんな態度で授業をしたことなどないということを。


「では最初に、この国に文字通り新たな光をもたらした、照明にも浄水にも使われる原動力。すなわち魔石だ。その魔石を精製し魔力の充填(じゅうてん)を行う専門職が魔石充填士。国から認められた公職としての資格を有するものと、在野でその下請けを担うものの二種類がある。それらの待遇の違いが実際どのようなものなのか説明するために、本日は有資格者の魔石充填士に来てもらっている。よって彼のほうから解説してもらうとしよう」


 ルメスが手で指し示す。そこには教室入口に立っているモリーと、その横にいる上等な服を着た品のいい壮年の男性がいた。

 男性は招かれて教壇に立つと国家公認の魔石充填士ザストゥンです、と自己紹介した。

 ザストゥンが言うには充填士は魔法使いだけがなれる選ばれた者のための職業なのだそうだ。


 基本は時間をかけて一つまみ程度のサイズの魔石をコツコツと作り国や貴族に買い取ってもらう、もしくは魔力の切れた魔石に魔法使い自身の魔力を注入して充填することでその手間賃を貰うのが収入である。

 魔法使いの技量と実績次第で収入は上がっていく。

 王都や大公領で使われている大規模浄水システムで使われるような魔石は握りこぶしほどの大きさがある。

 そこまでのサイズに精製できるような腕前にもなれば国家資格を取ることも可能だ。給金と信用が増える。

 年々貴族階級を中心に魔石の需要も増えてきており、あわよくば契約を結んでお抱えとなることも夢ではないとのこと。当然待遇は良くなる。


 それで実際ザストゥンがどれほど稼いでいるかというと。


「私は四つの貴族と契約し国からの依頼もこなしていますから、金貨にして年間およそ二百枚ほどの収入があります」


「二百枚!?」


「金貨で!?」


 景気のいい話に生徒たちがにわかに色めき立つ。上等な家が建つほどの金額である。

 ちなみに大公館で働いている幹部のオリエは魔石精製に関してはザストゥンとそう変わらない実力があったりする。

 本職は違うが大公の専属充填士であるとも言えるので、給金はそれも加味してザストゥン以上に貰っているのだ。


「金額だけ言われても想像しにくいだろう。見るがいい」


 ルメスが視覚的にわかりやすく映るように腕で空を(あお)ぐように振ると、教卓の上に大量の金貨の山が出現した。

 見たこともない金と聞いたこともない魔法のような転送を見て生徒たちが驚愕の声を上げる。

 右手をめいっぱい広げて、ルメスは何枚か床に(こぼ)れ落ちるのも気にせず乱暴に金貨を鷲掴(わしづか)みにして目の前に(かか)げた。


「これが二百枚の金貨だ」


 ざわつきは一転して静寂へと変わる。皆が息を飲んで真ん丸な目で金貨を注視していた。


「それで、在野の方の充填士の収入はいくらかな」


「程度にもよりますが、金貨でいうなら四十枚といったところでしょうか。魔法使いの中でもさらに適性のある者でなければ続けていくのは難しい職業ですから、より多くの収入を望むのなら別の職種を選ぶのが賢明ですね」


 それでもそこらの農民はもとより平時の兵士よりも稼ぎは多い。

 頑張り次第で増収できるし、なにより魔法使いだけがなれるという特別感に魅力を感じる。

 やる価値は大いにあるだろう。教卓の上の金貨を見て魔法使いたちは皆そう思った。


「どうもありがとう。それとこれは今日の講義代だ。取っておいてくれ」


 山から金貨を一枚拾い上げて手渡した。十分ほどの話だけで金貨一枚。なんという待遇の良さか。

 ザストゥンも顔を(ほころ)ばせながら丁寧にお辞儀をして感謝の麗句を述べた。


「ああいいんだ。それとどうせだから最後まで講義を聞いていくといい。きっと君にとっても興味深い内容になるだろうからな」


 ルメスはザストゥンが最初の立ち位置へと戻っている間に、話を始めた。


「それで、先ほど話した魔石充填士だが……この職業はあと数年以内に無くなる」


「……えっ!?」


「!? ええっ!?」


 黄金の夢見心地でいる生徒たちにバケツで氷水を浴びせられ強制的に現実に目覚めさせられたかのような衝撃が走った。

 ザストゥンも思わず振り向いて素っ頓狂な声を上げる。

 自分の食い扶持が雲のように消え失せてしまうなんて言われるのは想像の外であったろう。


「先日魔導研究所にてリオン()()()を中心とした魔術の研究班が、魔石の精製と充填を可能にする魔法陣を発明した。これの研究がさらに進めば魔石の大量生産と費用軽減につながるだろう。魔石充填士は十分な収入が得られず職業として成立しなくなる」


 生徒たちから悲鳴にも似たどよめきが起きる。

 ザストゥンも放心したように口をみっともなく大きく開けていた。


「つまりだ」


 ルメスが教卓をバンッと叩く。その響きが生徒たちの雑多な音をかき消していく。

 するとそこには先ほどまであった金貨の山がまるで蜃気楼(しんきろう)であったかのように綺麗さっぱり無くなってしまった。


「こんなふうに消えるってことだ。貴族たちも喜ぶだろう。金をあまりかけなくて済むようになる。それに魔石製品がもっと身近なものになって生活が便利になっていくだろうからな。国民全員に利のあることだ」


 目の前にあった未来への展望が、一瞬にして夢で膨らんだ風船の破裂音と共に(はじ)け飛んでしまった瞬間であった。


「これも魔術師たちの(たゆ)まぬ努力のおかげだ。国家のため国民のため、実によく貢献してくれているものだな」


 そもそも魔石を使った製品とは魔術師の組んだ魔法陣によって発動するのだ。

 歴代の魔術師たちの積み上げてきた膨大な研究が探り当てた魔法陣。

 魔法使いの作った魔石はそれをちょっと後押ししていただけ。

 問題点を解決していこうとすればいつかはこのようになる。時間の問題でしかなかったのである。


 そんな実績ある魔術師たちと下らない乱闘騒ぎを引き起こした魔法使いたちへの皮肉をたっぷりと込めて、ルメスの授業は続いていく。 




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