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第二十一話 暁の冒険王子

 秋の王城での宴にて、ちょっとした事件が起きた。

 悪徳公ベリルが国王ベルゼルに対して弾劾(だんがい)じみた諫言(かんげん)をしたのである。


「そも国王陛下ともあろう御方が斯様(かよう)に無慈悲な振る舞いをなさるのは如何(いかが)なものか! 今こそは王としての寛容さをお示しになって、かの御方にも相応しい地位と権威をお与えになるべきではなかろうか!」


 階段上のベルゼル、そしてこの夜会に集まった貴族の歴々の前でベリルは演劇の一場面のように高らかに訴えを響かせる。


「ベリル公! その物言いは王に対して(いささ)か不敬ではないか!」


 それを(さえぎ)るのは豹頭の議員セオルド。元老院議会の中でも最大の派閥の代表である。


「誤解しないでくれたまえよ。僕はあくまでも国家の忠臣として申し上げているのさ。陛下にはどうか理想的な君主の在り方を体現していただきたい。そんな純粋な思いからお(いさ)めしているに過ぎないんだ」


 無論この男には王に対しての忠義心など欠片も備わってはいなかった。

 意中の相手であるルメスからの忠誠を一身に受けるベルゼルのことは正直嫌いであり、隙あらば王位ごとルメスを奪い取ってやる心算(つもり)でいるのだ。

 つまり今やっているこれは、諫言に見せかけた嫌がらせである。

 その効果のほどはかなり大きいようで、ベルゼルの顔色が非常に悪くなっているように見受けられる。


「さてそれでは諸君にもお披露目といこう。我らが王子、レーム殿下の兄君であらせられるもう一人の王子のお姿を。どうぞお入りください、ジャハール殿下!」


 ベリルは大げさな動作で会場入口の方を両の腕で指し示した。

 諸侯全員の視線が注がれる中、入場してくる青年の姿がそこにはあった。

 浅黒く彫りの深い顔つき。力強い眼光が印象的。

 若き日のベルゼルを彷彿(ほうふつ)とさせる精悍な容姿をしている。


 兄王子ジャハール。ベルゼルの……隠し子である。




「すんません陛下。バレちゃいました」


 と言いつつも少しも悪びれることなく、ルメスはケロリ平然とした態度であった。


「ル、ルメス……」


 結局あの後会場で、否応なく公然とジャハールの地位や権限について認める勅令(ちょくれい)を出さざるを得なかった。

 ベルゼルは背中に冷たいものを感じて汗ばみ青ざめそそくさと奥へと引き込むしかなくなってしまったのだ。

 ルメスはそれを追いかけていき、アナ王妃とレーム王子もいる前で謝罪もどきをしているところだ。


「まあいずれバレる気はしていたんで、切り替えていきましょう。いずれにしてもジャハール殿下には継承権は無いし、本人もそのことはまったく興味が無いので問題ないですね。で、今後のことですが……」


「お前、ジャハールが来るって知っていただろう?」


「当り前じゃないですか。これまで誰が殿下の世話を焼いてきたと思ってるんです? まあベリルがそれに乗じて悪さするのは知りませんでしたけどね。」


 ベルゼルの隠し子であるジャハール。彼はベルゼルが浮気してできた子供である。

 ある女性と知り合って、妻に内緒で、というか当時は結婚前であったので正確には浮気とは言えなかったかもしてないが、子供を作った。

 それまでベルゼルの立志を手伝ってくれたアナに対して後ろめたい気持ちがあったために内緒にしてはいたが、それ故にこっそり逢うにも様子をうかがうにも大変な苦労があったのだ。

 そこでルメスに頼み込んで親子の面倒を見てもらったり、逢瀬の手伝いをしてもらったりしていたのである。

 結婚してからはアナとレームのためにその頻度も減らさなくてはならなかったが、代わりにルメスはちょくちょく顔を出していた。


 現在ジャハールの母は病没しており、それ以来ジャハールは自分の生き方を模索すべく、ルメスの支援を受けつつ世界各国を渡り歩いて冒険の旅をしていたのであった。


「まあちょっとした余興さ。楽しんでくれたかな? 親父殿」


 後ろからの声に振り向くと、そこにいつのまに近づいたのかジャハールの姿があった。


「ジャハール。せめてもう少し普通にできんかったのか。王子とするにも、その、心の整理がだな……」


 政治的な問題よりも事これに限ってはベルゼルの心情の問題の方が大きい。


「悪いな。ベリルと相談してね。あれが皆に王子だと認めてもらうには一番手っ取り早い方法だと思ったんだ。俺の目的を叶えるためにも都合がいいからな」


「ベリルに毒されてるんじゃないか? やり方が悪趣味だぞ。それで、お前の目的はなんだ?」


「あいつとは北方の国で知り合ったんだが、なるほど、感化されてなくもないのかな。でだ、俺の目的は……あー、まあいずれ話すよ。それより二人にも挨拶させてくれよ」


 彼の目的が何なのかについてはいずれ語る機会もあろう。

 父親とのやりとりもそこそこに、自分の弟王子に目を向ける。レームがジャハールの前に進み出た。


「お久しぶりです兄上。お元気そうで何より」


「なに? お前たち面識があったのか?」


 ベルゼルが驚く。そりゃそうだ。家族に内緒にしていたはずの息子だもの。


「ええ。ルメスが引き合わせてくれました」


「なんだと! どういうことだ?」


 ルメスが頭をポリポリかいて


「以前レーム殿下が兄弟が欲しいと漏らしていたもので。良かれと思ってやりました」


「せめて一言報告せんか!」


「いやー年頃の男子には親に内緒のことの一つや二つ必要かなって。忙しい陛下に代わって仲を取り持ってるんです。大目に見てくださいよ」


 そう言われるとベルゼルは弱い。何も言い返せなくなってしまった。

 二人はもう四十二年近い付き合いであるため、公でない場ではルメスは割と言動に遠慮がない。


「この間ルメスに送ってもらったアレはどうだった?」


「ええあの、桃というのですか? 甘くてとても良い香りがいたしました。種も胡桃(くるみ)のようで面白い形をしていましたので記念にとってあります」


「コスモニアでも種植えれば育つかな。案外何とかなりそうではあるが。煮詰めて焼き菓子と一緒に食うと旨そうだ」


 ベルゼルが何も言えない間にも兄弟同士他愛ない世間話をして親睦を深めている。

 そこへそれまで黙って男たちのやり取りを見ていたアナ王妃がジャハールに近づいて話しかけた。


「ジャハール。初めまして、レームの母です。息子がお世話になっているようね」


「お初にお目にかかります王妃様。恐れ多くも私めにお声掛けくださり嬉しく思います」


「まあそんな他人行儀な。遠慮せずにどうかもっと砕けた態度でいてちょうだい。貴方はレームの兄なんだから、私のことも二人目のお母さんだと思っていいんですよ」


「そうですか。では……ありがとう。どうかよろしく」


 アナにしてみれば浮気相手の子供。自分が好感を持たれるはずはない。

 そう思いジャハールはどうコミュニケーションをとったものかと考えていたが、彼女は柔和(にゅうわ)な物腰で接してくれた。

 険悪な雰囲気も覚悟していたがために、これには非常に安心することができたのだ。


「それにね、ほんとのところ私は夫の隠し事に気づいておりましたのよ」


「えっ!?」


 調子の外れた声がベルゼルから上がる。今日はとことん王の威厳が無い。


「この人をあれだけ長く支えてきたんですもの。解りますわ。だけど怒ったり恨んだりなんかしてはいないの。夫は人よりも多くの物を背負って長く(けわ)しい道のりを歩んできた。心に纏わりつく苦しみの(おり)も、他人よりずっと溜まっていたことでしょう」


 アナはルメスらに合流して以来、常にベルゼルの傍に居続けた。

 従妹として、想い人の近くでその生き様を見守ってきたのである。


「私はその重みを少しでも軽くしてあげたかった。だからね、そのお手伝いをしてくれた人には感謝してる。夫の心の中の、私では届かない部分のお掃除をしてくれたんだから」


「アナ……」


 自分のことをこんなにも想っていてくれる妻に、感謝の気持ちやら申し訳なさやらといった感情が胸中に湧き上がってきた。

 彼女がいたからこそ、自分が今の自分でいられたのだと改めてそう思う。


「でも私が許せないのはそのことを私に黙っていたことよ」


「え? ぐっ!?」


 アナがベルゼルの服の首周りの部分を掴み引っ張り上げる。

 天空王がその呼び名の通り、身体までも空中に浮かび上がった。腕力で。


「さあ行きましょうあなた。ちょっとお話がありますからね」


「あああああっ~~~!!」


 ぬいぐるみでも引きずるかの如く、ベルゼルはアナに文字通り引き連れていかれた。


「……すごい人だな」


 ジャハールもそのように言うのが精一杯であった。




「ってことがあった」


 大公館の執務室で、夜会の後裏でどのようなやり取りがあったかをモリーに聞かせている。


「王妃様のお考え方、私すごく共感できます。私も大切な相手のためなら自分にできることを何でもしてあげたい。そんなふうに思えますから」


「そうか。でもな、ここだけの話、王妃様はかなり苛烈な性格してるぞ」


 少し息をひそめてこっそりと言う。


「そうなんですか?」


「ああ。陛下を襲った奴らを一人で皆殺しにしたり、敵対的な相手を宴に招いて出口(ふさ)いで逃げられなくしてから虐殺したことがあった。陛下が絡むと怖いお人なんだ」


 全身血まみれで暴れまわった話が伝わって、他国でも鬼女めいた伝説になっているらしい。


「へえーやっぱり情が深い方なんですね」


「えっ!? 今の話聞いてそんな感想出るのか?」


「だって私も大公様が襲われたならそうなってしまうかもしれませんから」


 モリーは知らないものの、彼女は邪龍の魔力を引き継いだ英雄の娘、しかも俊敏性に優れた兎族とのハーフ。

 戦士としての素養はありありなので、あながち同じことができないとも言い切れないのだ。

 この子があの王妃のようになるかもしれないのか。そう思うとなんとも困った心持ちになる。


「……オレは大丈夫だから自分を大事にしなさい」


 とりあえず、そう言ってお茶を濁すしかなかった。




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