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第二十話 あの子と、あの子 ②了

 思い出に浸るルメスに置いていかれたような気がして、そこはかとなくしんみりとした空気を変えようと、アシュタールが「あ、そうだ!」と手を叩く。


「新作の衣装作ったの。先生にも見せたくて、だからちょっと待っててくれませんか?」


「ああ、いいよ」


「楽しみにしててくださいね。そうだモリー、ちょっと協力してくれない?」


 背面へと回りこんで椅子越しにモリーの両肩に触れる。女同士で何か話でもしたいのだろうか。


「わかりました。私でよければ」


「オレはここで仕事してるから。ゆっくりで構わないぞ」


 転送して手元に持ってきた書類を広げて目を通し始めた。

 アシュタールはモリーとともに舞台の奥、控室の方へと向かっていく。

 踊り子たちや楽団も下がっていって、広い会場にはルメスと、舞台を照らす照明の光だけが残った。


 控室からつながる衣装部屋に入る。

 アシュタールはちょっと待っててね、と所狭しと並んでいる服をあれこれ物色し始めた。

 その背を見つめながら先ほどルメスが話していたことに思いを馳せる。


 先ほどモリーの心は迷っていた。ルメスの過去について、彼に聞いてもいいものかと。

 ルメスからは秘書としてどんなことでも質問していいとは言われている。

 だがそれはあくまでも秘書として、仕事に関係することだけに限られた話だ。

 それでも仮に根掘り葉掘り不躾に聞いたとしてもある程度はきっと教えてくれるし、言いたくないことであるならば内緒、と返して答えないだけだろう。

 だからといって、そんなふうにずけずけと心の内に踏み込んでくるやつを快く思うわけがない。


 ルメスのことがもっと知りたい。過去に何があったのか、これまでどう生きてきたのか。

 幼いころ、なぜか、一目惚れをして、彼に対する想いでこれまで頑張ってきたのだ。そう思うのは自然なこと。

 しかし分を(わきま)えねばならない。自分たちは大公爵と、ただのしがない秘書に過ぎぬ関係だ。

 ルメスは話が分かる人物ではある。だが決して、己の()(まま)を押し付けていい存在ではないのだ。


「あのね」


「はい?」


 不意に、背を向けたままのアシュタールから話しかけられる。

 モリーにとっては彼女は年上の女性。だがその声の質は、大人びてはいるものの少女のそれであるかのように聞こえた。


「……先生はね。いつも、とてもつらそうにしてるの」


「……わかります。いつだって取りつかれたように仕事をして、あちこち飛び回っています。書類仕事だって私が寮に帰った後も、休みの日もずっと続けていて、徹夜ばっかりで……。なにか、嫌なことから逃げてるみたいにも思えました」


「うん。だけどね、昔の、仲間の話をするときはいつもすごく楽しそうなの。優しくて、穏やかな顔してて……。きっと、その人たちに会えないことがつらさの原因だと思う。だから、ね」


 思い出は、過ぎ去ればもう届かない。

 他者の脆い部分に光を当て()がす。こんな残酷なことがあろうか。

 戻れないからこそ、心には苦しみの灰が積もってゆくものであるというのに。


「はい。それも分かっています。私だって、大公様に苦しんでほしくはありませんから。私から探るようなまねはしませんよ」


「……ごめん。ありがとうね」


 だから、このままでいいのである。踏み込むようなことはしなくていい。

 それが大公爵の秘書としての、自分の望んだ在り方であるはずなのだから。


「そうだ! モリー、これ着てみない?」


 アシュタールはできるだけ声を明るくして元気を絞り出し、衣装を手に振り向いた。


「ええ!? それをですか!?」




 会場に残ったルメスは一人静かに書類を処理し続けている。

 静かなものだ。控室の向こうからの音は聞こえない。

 今はペンだけがこの空間に残された唯一の楽器だ。


 ふと、なんとはなしに魔石照明の光差し込む舞台の方を見上げてみる。

 見渡せばここにあるものは全て自分の教え子であるアシュタールが考えて用意したものだ。

 あの小さかった女の子が、今では人のため新たな道を切り開かんとする指導者として成長した。

 感慨深いものだ。二十数年もの間成長を見守ってきた身としては実に喜ばしく思える。


 ルメスはライトの光の粒子の向こうに、彼女を初めて見た日のことを思い出していた。




 きっかけはベルゼルからの頼みであった。

 当時新国家建国のための地盤固めに奔走していたころ。

 彼の傍らにはいつも護衛役として、後に(きさき)となる彼の従妹(いとこ)、アナが寄り添っていた。

 そのアナから、ベルゼルの母方の血縁者がまだ生きているという話を聞かされたのだ。


 祖母の妹とその娘である。ベルゼルから見て大叔母(おおおば)の家族だ。

 彼女たちは長命種であるため、それぞれが結婚した時期は数十年単位でずれている。

 大叔母の娘といっても大分(だいぶ)年下の幼子(おさなご)であるとのことだった。


 ベルゼルは数少ない、身内と認められる家族を心配して、ルメスに様子を見てきてほしいとお願いしたのである。

 なぜなら大叔母の配偶者は人間族。他種族とのハーフに対しても風当たりの厳しいテオニアにおいてはまともに生活できているかどうかも不安になる環境であった。

 クォーターであるベルゼルだからこそその苦しさは理解できる。心配にもなろうというものであった。


 そういう理由でルメスが大叔母の家族の住む家に出向くことになった。

 家の前に立った時、裏の庭のほうから楽しそうな笑い声が聞こえ、そちらを植木の影からのぞいてみれば、そこには笑顔で団欒(だんらん)する一家がいた。

 大きな木の木漏れ日の下、角の生えた娘が草の上を転がるように駆け回り、父親がその子を抱きかかえて、これまた角の生えた母親が娘にまとわりついた草を払って取っている。


 絵に描いたような、幸せそうな家族。

 だがルメスはそれをじっと眺めながら、どこか身体の奥が冷たくなるような感覚を味わい身震いしていた。


 これが家族というものだろうか。家族とはあんな風にして笑うのだろうか。

 自分にも、自分にもあんな家庭を築ける可能性があったのだろうか。

 そんなことを考えているうちにルメスはいたたまれなくなって、その場から逃げるようにして立ち去った。

 彼のこの葛藤(かっとう)は、彼にしか解からないものであった。


 それからも時折、ルメスは家族の様子を見に行った。ベルゼルの手前もあるが、自分自身の複雑な気持ちからでもあった。

 彼女たちの生活を壊さないように、隠れて遠目から、誰にも知られることなく。細心の注意を払った。

 ルメスは一家の幸福を願っていた。だからこそ、自分が関わるとそれが台無しになるような気がして、踏み込めなかったのである。


 そんなある日、事件が起きた。

 ルメスが久しぶりに一家の様子を見に行った時、そこに家は無かったのである。

 あるのは焼け焦げた家の残骸だけ。後でわかったが、他種族との婚姻を認めない過激派の連中が一家を襲撃したらしかった。


 背筋が凍る。一家の安否を思うほどにゾッとして、真っ白になりそうな頭を無理やり揺り動かし、ルメスは家族がどこへ行ったのか探すことにした。

 両親はすぐに見つかった。家の庭で二人並んで立っていたからだ。

 娘と遊んでいたあの庭の木の前で。縄を使って垂直に()()()()()()()


 ルメスは何も喋らなかった。ただ、目つきだけが暗く沈んでいた。

 そして即座に、その場で下手人にしかるべき報いを与えた。

 彼の転送の力は相手がどこにいようと、誰であろうと何人だろうと、相手のことを知る必要すらもなく影響を及ぼせる。


 (みなごろし)にした。

 あらゆる方法で、最大限の殺意でもって。

 彼は苦痛の感覚ですら、いくらでも相手に送りつけることができるのだ。

 そうやって実行犯とそれに手を貸した者たちを全員発狂死させたのである。


 それから少し冷静さを取り戻し、娘がいないことに気づくと急ぎ探しに向かった。

 家から離れた山の小さな洞窟の中に彼女はいた。

 ルメスを見ると怯えて、さして奥行きも無い洞窟の奥に逃げだす。

 燃える家から脱出するときに母親が持たせてくれた火を浴びないための毛布を被り、うずくまって震えている。

 どう声をかけたものか。少し悩み、それから娘の前に胡坐(あぐら)をかいて座った。


「君に(ひど)ことはしない。落ち着いたら、顔を見せてくれないか」


 娘はビクッと大きく震えて、それからしばらくして恐る恐る毛布から顔をのぞかせた。

 涙目で目の前の少年を見る。家を襲った大人たちとは違うと分かると、少しだけ警戒を解いたように見えた。


「オレはルメス。君の……親戚に頼まれて君を助けに来た。ここから出て、別の町で暮らさないか?」


 怪しげな相手からこんなふうに言われたら普通はうんとは言わないだろう。

 だが事務的にこちらの意志を告げる以外に、親を失った子供にどう言葉をかければいいというのか。


「……おとうさんと、おかあさんは……?」


「……死んだ。いなくなってしまった」


 気の利いたことなど言えない。娘はそれを聞くと嗚咽(おえつ)を漏らして泣き出してしまった。

 ルメスはじっと、娘が泣き止むまでの間ただ黙り座って待っていた。

 鳴き声が止んだころ、ルメスは彼女の顔をぐずぐずにしている涙と鼻水を転送で取り除いてこう言った。


「聞いてくれ。オレは親の代わりにはなれない。だけど、君を一人にはしない。君が望む限り傍にいる。嫌じゃなければな。それでは、駄目か?」


 娘はなおもこぼれる涙をぬぐいながらルメスを見つめる。

 確かにこの少年は親という感じではない。信じていいのかまるで分らない。

 だがそれでも、彼女には傍にいてくれる誰かが必要であった。

 故に手を伸ばす。赤子が空を()くように、肌で感じられる確かさを求めて。


「……ごめんな。オレは、女の人には触れないんだ。おとうさんみたいに君を抱きしめられない。だけど、不安なら服を掴んでいてくれ。せめてそれぐらいは、オレも、頑張ってみる」


 娘はルメスの袖を掴んだ。一瞬身体が硬直し、それに娘は少し怯えたが、ルメスは「大丈夫だから」と努めて彼女を安心させようと言葉をかけた。


 こうして二人は出会ったのである。

 親になれないというルメスはその娘、アシュタールの先生として接していくことになる。

 傍にいてくれると言ったルメスに対しての感情は、彼女の肉体と精神の成熟に伴って次第に恋慕へと変化していくことになる。

 だからアシュタールはルメスの助けとなりたいがために、公爵としてルメスが手を出せないという女関係の国の仕事を請け負うようになったのであった。




 一通り過去の思い出を想起した後で、ルメスは一人述懐する。


「あの震えていた子が、自分で考え工夫して努力を続けて、こんなにも立派になってくれた。こんなに嬉しいもんなんだな、子供の成長ってのは」


 そう言ったところで、自分の言葉にどうしようもない気恥ずかしさを感じて、自嘲気味にため息を吐いた。


「何を言っているんだ。まるで親みたいなことを。あの子の親になってやれなかった自分が親の気持ちを味わおうなんて、あんまりにも虫のいい話だ」


 (かぶり)を振る。自分のさもしさを振り払うように。

 そして虚空へと、去っていった友に心情を投げかけた。


「なあセロ。()()()は幸せだったよな? オレなんかが割り込まなくたって、いや、だからこそ()()()はきっと母親と一緒に幸せな人生を送れたんだよな? ……そう言ってくれよ、セロ」


 虚空が答えを返してくれることなど、あろうはずも無かった。


「先生~!」


 アシュタールの声が聞こえる。衣装とやらが用意できたのか。


「ね、こっち見て~。モリーに着てもらったの」


「ん? 一体どんなふ……!?」


 二人がいる方へと目を向けると、思いがけないものが飛び込んできた。

 まさかの予想外な光景にルメスは珍しく驚愕の表情を露わにした。


「我が、教え子ながら、なんて才能だ。まさかそれを発明してしまうなんて……」


 そこにあったのは肩を露出し股間がVの字の角度を示している胸元をぐっと寄せたセクシーな服。

 さらに足の部分は網状に縫われたラインの浮き出る肌着のようなもの。

 そしてそれらを身につけたモリーは真っ赤な顔をして垂れてきた兎の長耳を押さえている。


「ううう~~っ」


「ね? 可愛いでしょ? これ着せて踊ったらお客さん喜ぶんじゃないかなあ」


「……そうだな。儲かるな。きっと」


 コスモニアの、新たな夜明けである。




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