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第二十話 あの子と、あの子 ①

 秋に花開くもの。それは運動があるならば、文化においても同様である。

 この日はアシュタール公からのたっての頼みで、今度新しく始めるという東方舞踏(ラクス・シャルキー)、いわゆるベリーダンスショウの興行に対しての助言をもらいたいという願いを聞き、顔を出しに行くことになった。

 訪れた会場はなかなかに広く、椅子とテーブルがあちこち配置され、ステージには魔石ランプによる照明まで設置されていた。

 待っていたアシュタールはルメスとモリーを出迎えて中央にあるテーブルへと案内し、三人はルメスに配慮して間隔を開けつつ席についた。


「以前楽団を作ろうかなと考えてるってお話しをしたのですけれど、どうせなら曲に合わせて踊りも披露した方が面白いんじゃないかって思いまして。それでだいぶ形になってきたので先生にも見ていただきたいなって。ご迷惑かけて申し訳ありません」


「いいよこれくらい。商売の相談ならいつでも受け付けてるから遠慮なく言ってくれ」


「有難うございます。私、いろんな事情があって娼婦になるしかなかった娘たちが不憫(ふびん)で……。だから少しでも他にお金を稼げる選択肢があればいいなって。この(もよお)しが成功したらそのきっかけになるかもしれないから、失敗したくなかったんです」


 娼婦たちの母。そのようにも呼ばれるアシュタールは様々な境遇で頼れるものがいない女性たちを自領に受け入れて職を与えている。

 なかには借金を背負う者も少なからずおり、そういった大金を稼ぐ必要のある女性はやむなく娼婦になる場合が多い。

 アシュタールは可能な限り彼女たちの労働環境が良くなるように保護をしてはいるが、それでも十全とはいかないことを心苦しく感じているのだ。

 今回のことはその現状を少しでも変えるための試金石。

 うまくいくかどうかの不安を払拭(ふっしょく)するために、自身の最も信頼する人物の後押しが欲しくなるのは致し方ないことであった。


 会話を交わしてから間もなく、照明が灯され、楽団の演奏とともに踊り手たちがステージに舞いこんでくる。

 全員が(ベール)を手に持ち、胸や足だけを布で覆い隠し腹や腰回りを露出させたセクシーな服装をして横並びに踊りを開始する。


 そのダンスはまずくるくると回りながら鳥が翼を広げ求愛するかのようにベールを振り回すことから始まって、それにより躍動(やくどう)感を演出させ観客の目を引きつける段取りが組まれていた。

 身体に絡むように表へ裏へひらひら動かし、あるいは手元で(うず)を描くように回転させる。

 それから曲が止まり、その区切りにベールを後ろへと置いて次のダンスへと移行する。

 今度は腰をくねらせ、揺らし、曲に合わせて前後左右に波のうねりかの如くグネリと動きながら激しく、蠱惑的(こわくてき)にステップを踏む。

 ベリーダンスのベリーとは腹のこと。

 見事に引き締まった腹筋や腰回りがいやらしさなどよりも女性自身の魅力を大きく浮き上がらせた美しさを感じさせてくれる。


 踊り手には人間族だけでない他の種族の娘も混じっていた。

 羊族の少女などは羊族のモコモコの毛を持つふくよかな印象と大いに異なっている。

 腹回りをはじめ、いくらかの部位の毛を動きやすいようにカットしていて、地肌のラインはとてもスリムに見えた。

 羊族の女性といえば大公館のパインのように豊満なイメージを持っていたモリーにとっては衝撃的であった。自分より細いかもしれない。

 さらに個性的なのは蛇族の女性だ。腰をくねるたびに蛇腹が波打って、じっと見ていると催眠術にでもかかったみたいに引き込まれる。

 縦割れの瞳が向ける視線もこちらを誘うような妖艶さで、蛇に(にら)まれた獲物はこのような気持ちなのかとつい考えてしまう魅力があった。


 曲の盛り上がりが最高潮を迎え、そこからスパッと演奏が止まる。

 と同時に踊り子もキメのポーズをとってダンスは終了した。

 モリーは初めて見るベリーダンスへの感動の、アシュタールは頑張った女の子たちへの称賛の拍手を送る。

 だがルメスだけは腕を組んだまま難しい顔をしてじっとステージを見つめていた。


「先生。いかがだったでしょうか。その、何か至らないところが……」


 少し不安げに様子をうかがってみる。ルメスは口元を拳で隠して少し考えるようにうなってから口を開いた。


「まず、オレは踊りに関しては門外漢だ。そのオレから見て踊りや音楽自体は良い出来だったように思う」


「そう、ですか。良かったぁ~」


 安心したように肩でほっと息を一つついた。これまで踊り子たちの努力を見守ってきたのである。

 駄目だと言われたらどうしよう、自分がこんな企画をしたせいであの子たちも傷ついてしまうのではないか。そんな心配をずっと続けてきたのだ。

 長年の付き合いでルメスがこういう時に嘘や気づかいを言わないということも分かっている。

 そのルメスが良いと言ってくれるなら大丈夫だろう。肩の荷が下りた思いであった。


「ただ、口を出したいのは設営に対してだ」


「設営?」


 両の手のひらを縦に平行に目の前に押し出して、高さを測るように上下に動かす。


「とりあえずだ、舞台の土台をもっと高くしよう。魔石照明は真上からじゃなくて斜め上や横から光を舞台で交差させるようにして配置する。そうした方が見栄えが良いからな。こう、照明に色つきの薄い布をかぶせて光の色を変えてみるのもいいだろう」


「照明の色って変えれるの? 先生」


「ああそうだ。それで背景を照らしてやれば踊りに合わせた印象が色で見える。雰囲気(ふんいき)が出るぞ」


 ふむふむとアシュタールはルメスのアドバイスに(うなず)いている。

 こうしていると確かに教師と生徒の関係に見える。見た目には年齢差が逆転しているのだけれども。


「次に客席から卓を無くそう。そのぶん椅子をたくさん置いて、どの位置からも座ったとき舞台が正面に見えるようにするんだ。それから飲食物を出したり持ち込ませたりするのはやめた方がいいな」


「そうですか? お酒とお料理を振舞う店にしようかと思っていたのですけれど……」


「本音を言えばオレもビールを売りたいが、酔っ払いが暴れると大変だからな。酒を飲んで騒ぐんじゃなくて、芸術品を(なが)めるように踊りを鑑賞する場として作り上げていきたい。それなら彼女たちがくだらない(そし)りを受けることも無いだろう」


 娼婦となる人間の社会的地位はコスモニアにおいても決して高いとはいえない。

 新しい職を作ろうというのにそのイメージを引きずったままというのは望ましくはないだろう。

 下心丸出しで来た酔っ払いは遠慮なく汚い野次を飛ばしてくる。それでは舞台は台無しだ。

 どうするのが最善の結果を得られるのか、ルメスは予測と対策を考えていたのである。

 

「職業の選択肢を広げるというのなら見下されるのではなく見上げられる、(あこが)れられる立場を作り上げなくちゃあな。それならやる気も出るってものだ。あと複数で踊るのなら並び方は横一列だけじゃなくて前後左右を入れ替えながら踊ってみるのはどうだ? 目まぐるしく動けはどの客席から見ても楽しめる。それと……歌もやってみるか。可能なら踊りながらとか」


「踊りながら歌を? いいですね! 楽しそう!」


「体力がきついかもだから無理にとは言わないけどな。それとせっかくこんな立派な会場なんだから、どうせなら演劇もありかもしれない。エリアスじゃ劇が流行っているからそっちから指導員や劇作家を呼んでだな」


「でもそれだと男役はどうしましょう。誰か経験のある人を雇った方がいいのかしら」


「それなら妙案がある。すなわち、女たちに男装させるんだ」


「まあ!」


 それ良い、素敵、と興奮するアシュタール。思い描く舞台の想像図にわくわくが止まらないようだ。

 ところでそのとき、モリーのほうは頭に疑問符を浮かべていた。

 どうしてルメスはこんなにもいろんなアイデアが出てくるのか。

 不思議な人だとは思っていたけど、これまた不思議なところがあるものだ。


「大公様。どうしてそんなにたくさんのお考えを出すことができるんですか?」


「ああ、実はな……。オレ、昔設営の仕事やったことあるんだよ」


「! 意外ですね。体力仕事は苦手なんじゃないでしたっけ」


「まあな。さすがに重いもの運ぶのは転送を使ったけど、設備の細かい調整をするのは大変だったよ。……でもあの頃は、仲間が(そば)にいたからな。全然苦じゃなかったし、やり()げたあとは達成感があって、楽しかったな……」


 ルメスは中空を(あお)ぎ見る。過ぎ去った遠き日を探るように。

 それはモリーには、そして長命種であるアシュタールの人生でも及びもつかない彼の積み上げられた膨大な過去の一幕であった。

 心から楽しそうに思い出を眺めているルメスの姿を見ていると、二人の中にはほんの少しだけ、寂しさという秋の隙間(すきま)風が吹き抜けていくような、そんな切なさが生まれていた。




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