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第十八話 男たち ⑩了 灰色と茜色の男たち

 かつて龍狩りの英雄と(たた)えられたファリーは逃亡の末に砂漠の兎族の元に身を寄せ、そこの女性と結婚して娘を(もう)けた。

 夫婦となった二人は産まれた娘の前でどんな名前をつけようか話し合っていた。


「この子には亡くなった妹、マリアの名を贈りたい。だけど妹と同じような運命を辿(たど)ってはほしくないから……そうだな、愛称で呼ぶことにしよう。マリアという名前の別の呼び方……メアリー、マリー、メリー、ポーリー……」


「あなた、モリーというのはどう?」


「そうか。それもいいかもしれない。それじゃあこの子の名前はモリーだ。きっといい人生が、この子を待っていてくれる。そう願おう」


 ハーフの証である人間族のそれに近くなった顔を穏やかにして、モリーはすやすやと寝息を立てていた。




「龍人の好みは結構似通(にかよ)う。ましてや転生した龍ともなれば尚更(なおさら)。いつか、生まれてくる僕の弟妹も、僕と同じ人を好きになったりするんだろうか。母によく似た、まだ見ぬ誰かを」


 セアベル、名を改めベリル。

 彼が多くの妻をもったのは、あるいは両親を喪った寂しさからなのかもしれない。

 このしばらく後、ベリルはルメスに出会うことになる。

 母、メアリーと同じように黒髪に灰の瞳を持つ美しい少年に、彼なりの真剣さで熱烈アタックを仕掛けてウザがられる未来が待っているのだ。




「俺には夢なんてものは無い。だから、エギュンの夢を追ってみることにする。子供がどういうものかもよく分からないが、子供らのためにやってやろうと思う。契約だ、ジェフ。もし反故(ほご)にしたなら、今度はお前の命を奪ってやる」


 アリトはこの後ジェフ、いやルメスと秘密の谷に行き、谷の人々に共にルメスについてこないかと呼びかけた。

 意外なことに結構な人数がそれに賛同してくれた。

 一度でも外を見ている連中には谷の中の息苦しさが理解できていたようだ。

 外の暮らしに憧れる者、生活に安定を望む者、谷のためではなく個人的に金を稼ぎたい者などがついていくことを決めた。


 彼らが後の灰の暗殺兵団の構成員となる。

 そしてコスモニア建国後は残った人々もその大部分が谷を出て行き、秘密の谷は時代遅れとなり寂れた集落跡を残すのみとなった。




 そして現在。コスモニア建国十一年目。

 ベリルの手引きによってファリーとその妻はモリーを訪ねて大公館へとやってきていた。

 執務室で一通りの挨拶を済ませ、滞在の間は家族水入らずで過ごせるようにモリーに暇を出しておいた。


 なんかその時ヘルメスが、「奥さん。もし兎族に寿命の病に罹った人が現れたら、病が治るまで一日一粒この薬を飲ませてやってください」と怪しげな薬の入った袋を手渡していた。

 いったい何のつもりなのか。いつものおふざけは無く真剣そうだったので意味はあるのだろうが。


 とにかくそれからモリーが両親と執務室を出て行ったあとで、アリトが口を開いた。


()()()閣下。忘れ物を思い出したので取りに行きたく思います。しばらく出ていてよろしいですか?」


「……ああ、行っておいで」


 アリトは一礼すると足音一つ立てずに部屋から出て行った。




 それから三日。ファリーと妻が故郷の砂漠へと帰る日になった。

 二人はゆっくりとあちこち観光しながら帰路につくのだそうだ。ベリルの部下が案内してくれる。

 元気でやっているモリーの姿を確かめて安心した二人はモリーと別れの言葉を交わす。


 ルメスは言ってくれればいつでも自分が送って里帰りさせることを約束した。

 一年目それをやり忘れたのは家族のもとに里帰りするという発想がルメスの頭には無かったからである。

 彼には家族がいないのだから。


 モリーとルメスに見送られてファリーたちを乗せた馬車は砂漠へと歩み出した。

 しばらくして街はずれまで来るとそれまで楽しそうに妻と会話していたファリーの表情が(けわ)しくなった。

 そして馬車を止めてもらい、外へ出て目の前五メトロンほど先の壁の向こうに話しかけた。


「そこに誰かいるのか!?」


 そこから何者かの気配を感じ、いや、相手が気配をファリーに向けて飛ばしてきた。

 すると壁の影から男が現れる。その人物はアリトであった。


「君は、確か大公様のもう一人の秘書の……」


 その全身が壁から出たとき、アリトの手には黒い棒のようなものが握られていた。


「それはっ!!」


「十八年前お預かりした物を返しに参りました」


 ファリーの武器、龍狩りを成したあらゆる物質と魔力を断つ魔槍。

 アリトが暗殺の証明にテオニアに持ち帰ったものであった。


「そうか……君があの時の……」


 驚いたが、不思議と心は落ち着いていた。

 命を狙われていたころに感じたプレッシャーを目の前のアリトからは感じなくなっていたからだろう。

 あの時は相手が目の前にいても存在が希薄に感じられて、その違和感が全身を震わせるほどの警鐘を鳴らし、対峙した時は鍋で煮られているような焦りを覚えたものだ。


 アリトから槍を受け取ると、長い時を経て主の元に帰った槍は吸い付くように手になじんだ。

 それからまじまじとアリトの姿を見つめた。


「君との戦いはザハーグの時よりも厄介(やっかい)だったよ。あれからずいぶん経ったなあ。年を取ったもんだ」


「お互いに」


 二人は少しだけ笑った。年齢に相応しい柔らかな笑顔で。

 白髪交じりの灰がかった髪を揺らしながら、笑った。


「どうか娘をよろしくお願いします」


(うけたまわ)りました」


 互いに礼を交わして、十八年目の短い邂逅(かいこう)を終えたのであった。




 それから外での仕事をいくつか済ませてから、アリトは大公館へと戻る。

 気がつけばもう夕方だ。日が沈むまでが昔よりずいぶん早くなったように感じる。

 夕陽を浴びてそんなことを思っていると、大公館の前で誰かに呼び止められた。


「あれ、父さん?」


 アリトの息子だった。今年から大公館に(つと)めだして、今はアマイの部下として働いている。


「外回りだったの? これから帰り?」


「ああ、閣下に報告だけ済ませたらこのまま帰りだ」


「じゃあ一緒に帰ろうよ。僕玄関で待ってるから」


 この子は本当に良い子に育ってくれた。

 ルメスに連れられてテオニア打倒の拠点、野望の町へと移り住み、そこで知り合った女性と結婚した。

 家庭を持ち、子を()して育てていくうちに、友の言っていたことはこういうことだったのかと理解できていったのだ。

 友が導いてくれたからこそ、この子は目の前に存在している。

 何事にも代えることはできない暖かな、陽だまりのような温もりをアリトはかみしめていた。


「ああ、家に帰ろう。エギュン」


 親友と同じ名を持つ息子と(あかね)色の空の下で約束を交わし、アリトは大公館へと足を踏み入れていくのだった。




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