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第十八話 男たち ⑦

 マーシア砂漠近くの街、その外れの一角。

 眼前に広がる砂漠を一望できる場所に日除けのテントを広げて椅子に座る男がいた。


「よう。依頼完了したぜ旦那」


 空気の揺らめき一つ感じさせぬままにその人物の傍らにヴァラファールが立ち寄ってきた。

 日陰から男は真紅の髪をかき上げて金色の、蛇のような瞳をそちらへと向けた。


「お疲れ様。よくやってくれたね。姿を消して拝見させてもらったよ。流石は当代の盗賊王だ。実にお見事」


世辞(せじ)じゃ腹も(ふところ)(ふく)れやしないぜ。まったくよ、足止めに徹したから何とかなったものの、本気(まじ)()り合ったらどうなっていたやら。ふー厳しい相手だったぜぇ。ま、あいつがファリーを殺したくないって聞いてたからそこを当てにしたんだけどな。――アンタよくそんなこと知っていたよな」


「僕が自分の目的を果たすために最初に欲したのは情報力だ。そしてその()はあちこちに伸ばされているんだよ。例えば宮殿の奥や、秘密の谷の底までもね。それからあとは推理かな」


 にっこりと笑顔を見せる。その表情は人(なつ)こくて、胡散(うさん)臭い。


「……俺が出会った奴の中で一番厄介なのは多分アンタだな。敵に回したくねえや。とにかく報酬だけは後できっちりともらうぜ。しばらくゆっくりと休みたいんでね。あばよ」


 (きびす)を返して元来た道をのんびりと歩き出す。

 それを見つめる黄金の瞳がキラリと輝いた。


「あっあーヴァラファールっくぅん。ちょぉぉっとまってくれるかなぁ」


「なんだい?」


「盗ったでしょ」


「……なんのことかなぁ?」


 お互い冗談めかした口調だがわずかにヴァラファールの目が鋭くなった。


「ふーん、まあいいけど。追加報酬としてあげちゃってもいいし。……ただ、ね。他の物はともかく、首飾りだけは返しちゃくれないか? 母の、形見なんだ」


 ヴァラファールは、少し表情を曇らせて感傷的な声を上げる男の有様を見て、意外さによる驚きを覚えた。

 それからため息を一つ。観念したように体のどこに隠していたのか、首飾りをスッと手のひらに出すと男に差し出してきた。


「悪かった。形見だとは思わなかったよ。アンタの母親に謝らせてくれ」


 敵に回したくはないと言いつつ盗みをやってのける胆力の持ち主でありながら、彼はこのように律儀なところもあるようだ。


「へえ返してくれるんだ。本音を言えば盗んだかどうかなんて分からなかったんだけどね。まさかこのわずかな時間で本当にやってのけるとは、恐れ入ったよ」


(かま)かけかよ。やられたな。ひょっとして形見ってのも嘘ってことはないよな?」


「それは本当さ。んん? おやあ待てよ? 他の宝石も形見だったような気がしてきたなあ~?」


「ぬかしやがれ」


 そう言うと今度はヴァラハールはその場から、消えた。

 どこかの誰かと違って、体術により消えたように見せる盗賊王の技だった。


 男は一人、手に取った首飾りをかざして、じっと、それに吸い込まれそうなほどに眺めた。

 青い透き通るような、慈愛の水を結晶にしたようなアクアマリンの首飾りを。


「僕の目的……ザハーグを、父を、殺すこと。母を殺したから、奴のすることが許せないから、僕が、息子だから。龍を確実に殺す方法を探すために組織を作って情報を集めさせて、自分だって大陸を何度も横断して。でもようやく終わったんだ。彼が終わらせてくれた」


 男の名はセアベル。両親がいなくなり一人残された、龍族と異邦の人間とのハーフの子供だ。

 母が死んだあの後、山を離れ各地を旅して(かたき)を追っていた。

 龍族の強さを自分自身よく解っていたセアベルは龍殺しの龍となるべく力を求めて彷徨(さまよ)い続けていたのだ。


「感謝してもしきれない。でも、僕が彼のためにできることはこれが精一杯だ。どうか幸せに暮らしてほしい」


 首飾りに祈るようにつぶやく。

 アクアマリンの宝石には富や幸福を意味する言葉が込められている。


「それにしても、一緒に暮らすのなら、ファリーは兎族と結ばれたりするかもしれない。あの砂漠で。ならいつか子供が生まれるんだろうな」


 龍と人が子を成せるのなら兎とも可能だろう。

 この世では何故だかそれができてしまう。セアベル自身がそう証明している。


「龍は転生する。龍が死ぬときに最も近くにいた人間に龍の魔力が取り込まれる。そして、その人の子供へと魔力は継承されて誕生する。つまりファリーの子は、ザハーグの正真正銘の生まれ変わりだ」


 いつか産まれることになるその子は、望む望まざるにかかわらず龍の因果を背負うことになる。


「その子は、僕にとってはどういう存在なんだろう。父、ではない。転生するといってもザハーグそのものではない。なら、弟か、妹かな。それならせめて僕だけは味方でいてあげなくちゃ。父のような運命を辿(たど)らせないように」


 年の離れた、血のつながらない生まれてもいない弟妹へと想いを巡らす。

 一人ぼっちになってしまった自分でも、ほんの少し救いがあるかのように思えてきた。


「母さん。僕はこれから、ようやく僕の人生を始めることができるよ。――でも、新しく歩き出すにも、いろんな荷物を背負い過ぎてる。だから僕の本当の名前はあの山に置いていくよ。これからの人生に向かうために、この宝石の名前を借りていくね」


 アクアマリン。青い緑柱石(りょくちゅうせき)。それに含まれる元素ベリリウム。


 緑柱石は別名、ベリルと呼ばれる。


 悪徳と淫靡(いんび)と、家族をなにより愛する男の名だ。




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