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第十八話 男たち ⑥

 誰が何の思惑でこのような判断を下したのか知る由もない。

 おそらくは邪魔になったのだ。テオニアによってではなく誰とも知れぬ一個人が国を蝕む邪龍を滅ぼしたのだ。

 国政に関わるものの中には面白くないと思う者も多分にいただろう。

 だがそんな事情などアリトには関りは無い。

 いつものように命令通りに殺すだけだ。自分が心から感謝した、友の敵を討ってくれた恩人を。




 王城の中を誰にも(とが)められることなく進む。(すで)に依頼主が仕事のために段取りをつけてある。

 すれ違う人もおらず、階段を上り離れの部屋の前に立つ。そして音も無くその扉をゆっくりと開けた。


 いない。標的が寝台の上にいなかった。


「誰だ」


 部屋の隅から聞こえてきた声の方へと目を向けると、椅子に座り槍を抱いて腕組む男がいた。

 龍狩りファリー。邪龍を滅ぼした英雄は城内であろうと警戒心を解くことなく、兜こそ脱いでいたが防護服を着たままで眠っていたのだ。

 アプロディテの訓練施設で学んだのは戦闘技術のみに(あら)ず。

 戦士としていついかなる事態にも備える心構えと、周囲の気配や他者の思惑を感覚的に読み取る術をも学習装置で学んでいた。

 自分を称賛する白の者たちの中に混じる不穏な感情を鋭く察知し、暗殺を仕掛けてくる可能性を読んだいたのである。


「君は、俺を殺しに来たのか?」


 闇に融ける黒装束に顔を隠す覆面。腰にはロープを巻きナイフを帯びている。

 余程の間抜けでもなければ自分を害しに来た刺客であることくらい想像できるだろう。


「……依頼が、あった。お前を暗殺するようにと。この城の兵士とは話はついている。助けも逃げ場も、ない……」


 話していて自分の行いに内心驚いていた。

 暗殺する相手に情報を与えてしまっている。今まで標的と会話することなんてなかったし、教団でも(いまし)められていたのに。

 いったいなぜ自分はこんなことを。アリトはそんな自分の心の機微を解読することができなかった。

 だが。


「死んでもらう」


 心を置き去りにして身体を滑り出させる。理解のためにかける手間など必要ない。

 今はこの男を始末するだけだ。望む望まざるにかかわらず積み上げてきた殺しの技と経験のままに。


「!」


 ファリーもまた(つちか)った戦闘技術と経験に基づき、跳ねるように椅子から身体を浮かした。

 槍を軸に床に身体をスライディング。飛び掛かるアリトの下に入り、すれ違いざまに槍の穂先を相手の左脇腹に()でるように斬りつけた。

 しかしそれは織り込み済みだ。

 身体をひねって回避、のみならずそのひねりによって着地と同時に方向をターンした状態に移行。標的の背に襲い掛かる。

 ファリーは再び槍を軸に素早く起き上がり迫るアリトのナイフを迎撃。


 刺す、斬る、殴る、蹴る。一連の動作を(だく)流の如く浴びせる。

 攻撃予測の難しい連撃は暗闇からの死の(そで)引きであるかのようにファリーの行動を締め上げていった。

 ファリーが繰り出される刺突に合わせて蹴りを放てばアリトは足を引いて避け、蹴りに合わせ拳を放てばそれに手のひらを添えて方向を曲げられた。

 この超接近戦では槍は振るえない。そう思い距離を離そうとしたがアリトは壁を蹴りながら一瞬で詰め寄せてくる。

 それなりに広い室内ではあるが閉じられた空間である以上、どんな複雑な地形でも対応できるアリトには壁や天井など利用できる足場が多いだけ有利なのだ。


 このままでは押し切られてしまう。格闘術を修めているファリーにも行動の(まくら)を抑えてくるアリトの未知の戦闘術をしのぎ切るのは難しかった。

 ファリーは思いきり離れた位置の壁へとバックステップ。しながら距離を詰められる前に槍を振り回し背後の壁を斬り裂いた。

 壁が崩壊する。それに合わせてファリーも飛び出した。その先は外、三階の高さだ。

 外の壁面を落下しながら壁走りをするように何度も蹴って降り衝撃を緩和した。


 そのまま振り返ることなくファリーは逃走した。

 城内はすでに敵地。味方はいない。アリトがそう言ったのだ。

 戦って打ち倒すことに意味は無いのだ。代わりの者が来るだけ、そもそも勝てるかも分からない。

 相手は龍狩りの英雄をしてそう思わせるほどの戦闘巧者であった。

 この上は暗殺を諦めるまで逃げ続けるしかない。どこか遠くへ、テオニアの及ばない土地に。


 アリトは追撃をしなかった。再び自分に有利な状況を選び奇襲を仕掛ける。

 冷徹な判断で次の戦場を見定めていた。

 こうしてファリーとアリトによる追走(ついそう)劇が始まったのだ。

 



 ファリーには最早眠れる夜はこなかった。

 狭い宿を()け見通しのいい場所での野宿を選んだが、夜の暗がりに乗じて襲撃をかけられた。

 このときアリトは長時間戦わず、(わず)か数分の、あるいは数十秒程度の戦闘で切り上げて撤退していた。

 相手を夜間での戦闘に慣れさせないようにするための方法である。これをされると戦闘中に反撃に移ることができない。

 夜襲も一晩に何度もあれば一度も無い時があり、かと思えば明け方に襲撃されることもあった。


 アリトは撤退の際に馬を使っていた。

 あらかじめ馬を一定のルートで走らせておき、自分の所に最接近したタイミングで手綱(たづな)(くら)を掴んで乗り込む。

 こうすることでスピードを落とすことなく離脱することが可能なのだ。

 軽業師の如き身体能力のアリトだからこそできる芸当であった。


 そして夜間だけでなく昼間でも容赦(ようしゃ)なく仕掛けられた。

 建物の影から、高い位置から、あるいは地面の砂の中からも攻撃された。

 すれ違う人、店の店主、子供や老人に変装され、ナイフや毒針で刺されそうになったことが何度もあった。


 アリトは、徹底していた。徹底して持てるすべての技術で標的を(ほうむ)り去らんとしていた。


 だがそれでもファリーを殺すには至らなかった。

 おかしい。いくら相手が様々な戦闘技術に秀でた一流の戦士であろうとここまで精神と神経を削って仕留められないものなのか。

 ここまでしているのにあまりにも超人的、いや、もしかしたら、自分が手心を加えてしまっているのではないのか。

 自分自身の心の迷いが決定的な一撃を与える機会を逃しているのでは。

 恩を感じている相手を殺す。その自己矛盾に答えを見いだせず、アリトは不甲斐(ふがい)無い己の手のひらを見つめた。




 そんなある夜、ファリーとの戦闘に突如として第三の刃が割り込んできた。

 短剣を持ち白い平服を着たその人物は二人よりも若い少年に見えた。

 少年はファリーに迫るアリトのナイフを弾き彼を守ったのだ。


「! 君はいったい……」


 二人の間に立ち、少年は腕を交差させて構えを取った。


「名乗るとしよう。俺は盗賊王ヴァラファール。こちらの都合で勝手にあんたを守らせてもらう」


 突然の乱入者を警戒してアリトは即座にその場から撤退した。

 ヴァラファールと名乗った少年は短剣を(さや)に納めてファリーに向き直る。


「南西に行け。マーシア砂漠に入ればテオニアも追ってはこない」


 そう言ってヴァラファールもまた闇の波に飲み込まれるようにその場から消え去った。




 それからの追走劇は追う者と追われる者、そして追う者を追う者の三者による乱戦となった。

 盗賊王を名乗るだけあって彼の技は影の戦闘術だ。

 あらゆる影の下で(ひそ)やかに行われる芸術的窃盗術。盗みの対象はときに人の命ですらも含まれる。

 地面を踏んで足跡を残さず、影に揺らめいて衣擦(きぬず)れの音すら立てることは無い。

 だがそれは暗殺者とて同じ。音や痕跡を残すのは二流の仕事だ。


 無音の戦い。


 刃を鳴らす剣戟(けんげき)すら起きない。暗殺者と盗賊には打ち合いなど無意味なのだ。

 アリトとヴァラファールの戦闘を前にして目を閉じたとき、そこに刃を交差する闇と影の殺人舞踏(ぶとう)が繰り広げられているとは到底分かることは無いだろう。


 ファリーの逃走、アリトの襲撃、ヴァラファールの妨害。

 幾度もの戦闘をくぐり抜けてついにファリーはマーシア砂漠へと至ったのだ。


「この先を進んで砂漠の兎族に(かくま)ってもらえ。これを持っていけ」


 ヴァラファールは革袋を投げ渡してきた。かなり重い。中にはいくつもの宝石や金貨が詰まっていた。


「じゃあな」


「何から何まで、ありがとう。もし君にそうするよう言った人がいるなら、その人にも礼を言っていたと伝えてくれ」


「ああ、そんな奴がいたらな。元気でやんな」


 砂漠へと歩み出すファリーの背を見送ってから、ヴァラファールは振り向いて呼びかけた。


「もうここまでにしておこうぜ。あいつが生きていても、この砂漠までくればお前の依頼主にバレることは無い」


 目の前には誰もいない。だが聞いていると確信していた。


「あんたの攻撃、迷いがあったぜ。あいつを殺したくないんだろ?}


「……!」


「俺には結構容赦なかったけどな。まあ、俺の用事はここまでだ。証拠が必要ならあいつの持ち物でも何か拝借(はいしゃく)するんだな。あんたも、あんたの心のままにやってみたらどうだい」


 そう言ってヴァラファールは歩き去っていった。飄々(ひょうひょう)と、散歩でもするかのように。


 アリトは、目の前にかざした自分の手のひらと、その向こうに広がるファリーの進んだ砂漠の先を見つめていた。




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