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第十八話 男たち ④

 呪いの正体とはいったい何だったのか。

 ザハーグを狂気に(おちい)らせた感情や衝動とは何がもたらしたものだったのか。

 今となっては誰も知ることはできない。たとえこの星の神であったとしても。

 たった一人を除いては。


「まだ、こんなものがこの星に残っていたのか……」


 セアベル奥地の呪いの谷。見た目には何も異常なものは無い。

 だがその人物はある一点をじっと見つめていた。


「あの病はこの谷へ人を誘い込むための罠だったのか。病気も、薬草も、全部こいつが仕組んでいたこと。食虫植物のように罹患(りかん)した人間を(おび)き寄せ、自分の後継者とするために感情を植え付け受け継がせる。暗く(よど)んだ、憎悪の感情を」


 表情には影が落ち、とても()り切れないといったように手で顔を(おお)った。


「あれから、どれだけの時間が経ったと思っているんだ。もうお前の知っている人間なんてものはどこにもいないんだぞ。……人のこと言えたもんじゃないか。自分だっていまだに心の整理をつけられていない」


 力無く腕を下ろして、一呼吸。それから力を込めて手をかざす。


「だけどな、もう時代は変わったんだ。いい加減苦しみ続けるのはもうやめにしろ。今、全部解き放ってやる」


 そういった途端に目の前に黒い(もや)のようなものがたちこめてきた。

 靄は(うず)を巻くように動いてその大きさを増していったが、膨張(ぼうちょう)しきった後停止し、やがて糸を解きほぐすようにして煙が虚空(こくう)へと吸い込まれ霧散(むさん)していった。

 それを見届けた人物もまた、彼方へと消え入るようにその場からいなくなった。




「この街にいるのか。まったくお前も災難だよな。ついてない。同情する。だけど……お前を助けてやるつもりはない。どころかこの状況も利用させてもらう。こっちにはこっちの()すべき仕事があるんだ。手段は選ぶが、清も濁も飲まなきゃいけない。悪く思ってくれるなよ。お前は殺し過ぎたんだ」


 国境の街を一望できる塔の上にその人物は立っていた。かつて両国で物見に使われていた塔だ。

 (つぶや)(こぼ)れ落ちる益体(やくたい)も無い言い訳めいた言の葉の数々は、あるいは罪悪感の表れであったのかもしれない。

 それでも助けないと決めた。その人物は誰かを都合良く救ってくれる存在ではなかったのだ。


「それじゃあな。できるだけ早く誰かがお前を殺してくれるといいな」


 ささやかな気持ちを込めた手向けの言葉を送って、その場を去ろうとする。


 その時。視界の端に何者かの影が横切ったように感じた。

 宮殿の他には今はもう誰も住んでいないはずの街中で人影とは妙である。

 気になり見えた場所へと移動して周囲を探ってみる。そこには足跡と、点々とした血の跡が続いていた。


「出血か? 量が多いな。生贄でも逃げ出したのか。……! あれは……」




 ――そこは、深い断崖の谷だった。


 クレバスのような狭い空からは底まで陽の光が殆ど差し込まない。

 暗く湿った空間であったため、そこに住む者たちは闇の中、足場の悪い場所で生きる術に長けていた。


 彼らの先祖がどうしてこの地に住まうようになったのかは定かではない。

 逃亡奴隷であったとも神の従者であったとも伝えられている。

 確かなのはこの当時の彼らは冥府神を信仰する組織であり、自分たちを教団と名乗っていた。

 今となっては失われた神々の御名を唯一知る者たち。彼らはこの地を秘密の谷と呼んだ。


 彼らの生業(なりわい)は暗殺である。

 元々は実入りの少ない土地で生きるため出稼ぎしていたのが始まりだ。

 谷で生活するうちに身につけたどんなに(けわ)しい地形でも突破できる身体能力に、暗闇でも鮮明に見通せる目、意思疎通に便利な複雑な音の符牒(ふちょう)と、それとは逆に特殊な動作によって音を消せる技術。

 それらが暗殺に向いていると知ってからは、殺し屋家業が一番稼げるということを学んだのである。


 彼らの武器は多岐にわたる。というのも彼らは身近にあるものやどこでも手に入るものを好んで使ったからだ。

 石があれば石で、木があれば木で、水があれば水で、何もなければ素手で。

 命の価値がどれほどかは知らなくても、命を奪うだけなら銅貨数枚も必要としない。報酬は莫大(ばくだい)だ。


 特に縄での絞殺(こうさつ)が好まれた。使い道が多くて足がつきにくく事後処理が楽で、なにより安く済む。

 他にもナイフや釘、弓矢、谷やその周辺の動植物から抽出した毒物、つけ爪なども使われていた。

 こうした道具の多様性が彼らの殺人のための手数を増やし、技術が洗練されていく基盤を作ったのだ。


 暗殺とは時に暗殺が実行されたことを大々的に知らしめることで周囲に対しての示威行動とすることもある。

 だが教団は自分たちの存在が明るみになる可能性を嫌い、痕跡(こんせき)を残さないよう徹底した。

 闇から闇へ。暗闇から伸ばされた黒い手が掴んだ者を冥府の底へと引きずり込み、後には何も残らない。

 いくつもの国々の興亡の影で権力者たちを渡り歩き恐怖を振りまいてきた。彼らこそまさしく歴史の暗部であった。


 そんな教団に、傑出(けっしゅつ)した才を持つ二人の暗殺者が生まれた。

 片方の名はエギュン。

 歴代最高の暗殺者と評されるほどの殺しの技を持ちながら、そうとは思えないほど明るくて人付き合いもよく優し気な性格。

 言われた仕事はするがあちこちに寄り道してぶらぶらしてくる癖があるため、一度谷を出たらなかなか帰ってこない。


 もう一人の名前はアリト。

 腕はエギュンには一歩及ばないが歴代でも指折りの実力者で、常に完璧に仕事をこなし成果を上げ続けてきた。

 秘密の谷を出て、老若男女問わず始末して、谷へと戻る。ただそれだけを繰り返す。

 谷にいる間は誰とも交流しようとすることも無く、いつも一人で過ごしていた。


 ただそんなアリトに一人だけ、いつも話しかけてくるのがエギュンであった。

 二人は、おそらくは、親友だった。




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