第十八話 男たち ②
テオニア北西。畜産が盛んなその土地で少年ファリーは牛飼いの子供として生まれた。
両親と兄、そして妹が一人いる五人家族。
牧場に人を雇ったりと、家は裕福というほどではないが周囲と比べて経済面での余裕はある方であった。
おかげでファリーは家の手伝いの合間に近くにある森へと遊びに行く時間を作ることができた。
その日はなんとなく退屈しのぎに何か面白いものはないかと、いつもよりも森の奥深くへと行ってみることにした。
すると大きな岩がいくつか積み重なっている奇妙な物体を見つけた。
周囲には他に石の類は無い。この場所にだけ何処かから持ち込んできたように置いてある。
人工物だろうか。何かの石碑か。興味を引いたのでよく調べてみることにした。
そうして周囲をぐるりと調べると、岩の大きな隙間の向こうに扉のようなものが見えたのだ。
潜り込み近づいてみればそれは金属なのか、あるいは陶器の類なのか、不思議な光沢を放っている。
扉に触れてみる。ひんやりと冷たい。
その時どこか、恐らくはその扉から『ポンッ』と聞いたことのないような音がして、閉まっていた扉が開いた。
驚いて転びそうになり逃げようかとも思ったが、好奇心には勝てずに扉の向こうを覗いてみる。
その先には奥に続く階段があり、その天井からは松明があるわけでもないのに何らかの手段で発光する照明が火よりも明るく階下を照らしていた。
この下にいったい何があるんだろう。怖い。でも気になる。
丁度自分の周りには一緒に遊べる同年代の子供もいないし、家では手伝いばっかりだしで退屈していたところだ。
怖さ半分。興味半分。ファリーは階段を下りてみることにした。小さな冒険心を満たすために。
階段を下りて行った先にはまた扉があり、触れてみると先ほどと同じように音がして扉が開いた。
どうやら触れさえすれば開くような仕掛けになっているらしい。
その奥にある通路には左右に二つずつ、奥のつきあたりにも一つ扉があった。
一つ一つ開けて見てみる。
左手前の部屋の中には二段ベッドが合計六つ左右に並んでいた。どうやら寝室のようだ。
布が折りたたまれて置かれている。触ってみたが羊毛とも違う不思議な触感だった。
奇妙なのは部屋にホコリ一つ落ちておらず、利用された形跡もないことだった。
その向かいの部屋にはテーブルや椅子がいくつかあり、奥には金属製の桶のようなものと見たことも無い装置とが一体化した台が置かれていて、それをいろいろ触っていたら綺麗な水が金属の棒から出てきた。
驚いて手が金属の取っ手のようなものにぶつかると水が止まった。
それをまた動かすと水が出る。もう一度逆に動かすと止まる。どうやらこの取っ手で操作できるようだ。
この部屋は何なのかよく分からないが、いつでも水を飲める部屋なのかもしれない。
他にも大きな四角い物体とかあったけどこれ以上変に触るのが怖くなったので次に行くことにした。
左奥の部屋はベッドと椅子、机、それから中にいろんなものが詰まった棚があった。
棚から箱を一つ手に取ってみる。ふにゃふにゃしている。木とは違う何かだ。結構重い。
中に何が入っているのか揺さぶってみるとちゃぷちゃぷと音がする。
箱を開けると何らかの未知の物質で作られた容器の中に液体が入っているようだった。
蓋らしき部分を引っ張ってみるが開かない。いろいろいじくっていると蓋を回すことができることに気づいた。
捻ると蓋が開く。中の液体は何なのか嗅いでみると、ツンと嫌な臭いがした。
毒か何かかもしれない。蓋を閉じて元に戻し、部屋を出る。
右奥の部屋は、何なのか全然分からなかった。壁にはいくつも棚がある。
その反対にはなんと子供がいた。わあっと驚くと向こうも驚いた顔をした。
逃げ出してこっそり入り口からうかがってみる。相手もこっちを見ていた。
話しかけてみる。向こうも喋っているようだが声が聞こえない。
よくよく見てみると、それは自分と同じ動きをしている。水面に映った自分と同じようにだ。
これは話に聞いた鏡というやつなのかもしれない。こんなに大きいとは思わなかった。
部屋の奥にも扉が二つある、半透明な奇妙な扉の方を開けて進んでみる。
そこは全くもってよく分からない部屋だった。床はぐにぐにしてて、いくつかの空間が壁で仕切られている。
その中には先ほど水が出る部屋で見たものと似ている取っ手があった。
捻ってみると上からお湯がジャーっと降り注いできた。急いで取っ手を戻す。少し濡れてしまった。
なんだよもう! と腹が立ってもう一つの扉を無視して部屋を出ることにした。
そしていよいよ通路のつきあたりの扉の先に向かう。
この施設はいったい何なのか。その答えがこの先にあるはずだ。
中に入ると部屋の右側に奇妙な装置がごちゃごちゃついた椅子が三つ並んでいて、左には透明な壁とその向こうに広がる白い大きな空間があった。
相変わらず妙に明るい。あの椅子は何だろうかと近づいてみようとする。
だがその時、耳鳴りのようなものがキーンと頭の中を揺らしてきた。
「えっ? だれ? なに?」
何者かに話しかけられたような気がした。言葉は聞こえないのに情報が飛び込んでくるような。
「ここってなんなの? ……ここに座ればいいの?」
言葉として理解したわけではない。ただそうしなければならないような、強制力めいたものが自分を動かしていた。
ファリーは椅子に座る。すると装置が動き出し上にある鍋を逆さにしたようなものが頭に覆いかぶさってきた。
正直どうなってしまうのか怖い。そのとき落ち着け、身体を楽にしろ、と指示されているような気がした。
そうしたら自分の感情を置き去りにして、身体が意志に反し無理やりリラックスした状態になってしまった。
緊張しているのに硬直せずに弛緩している。自分が人形か何かになったみたいに無機的な感覚だ。
そして頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
この建物はアプロディテという人物が作った戦士を養成するための訓練施設であるらしい。
途中あった部屋は訓練中生活するための設備だったようだ。その使い方も理解できた。
それから様々な知識が頭に入りこんでくる。
武術、格闘術、剣術、槍術、斧術、弓術、短剣術、棒術、棍棒術、弩弓術。
体捌きや武器の扱い、習熟の方法。集団戦闘も想定してか号令についてとその反応の仕方まで。
短時間のうちに脳に焼き付けられたかのようにそれらを理解させられ、動作のシミュレーションまでも行い、覚えてしまったのだ。。
つまりこの装置は戦闘に関しての学習装置であり、イメージトレーニングのための補助機能も備えているようであった。
装置が停止して椅子の上から解放されると、チカチカする目をこすりよろけながら立ち上がる。
すると扉から反対側の壁がプシュっと音を立てるとごんごんと引き出しを開けるみたいにせり出してきた。
その中には見たことも無い繊維で作られた全身用の戦闘防護服、奇妙な質感の頭部全体を覆う兜、そして先端が太くなっている黒い棒のような物体が入っていた。
「これ、練習用の……」
先ほど装置で得た知識をもとにそれらを装備する。何かに命じられるように。
防護服は自分の身体に合わせて伸縮し、フィットするようにサイズを変化させた。兜もだ。棒も長さが変わった。
そして透明な壁の方へと歩み出る。壁に触れると自分が通れる幅だけ壁が上に上がった。
中へと侵入する。その時だ。
今まで何もなかった空間内にいきなり猪が現れた。
興奮しているようでかなり息が荒々しい。こちらをにらんでいる。
だがファリーは理解していた。これは本物の猪ではない。
立体映像。どういうものなのか理屈は説明されなかったが、あれは実際に目の前には存在していないのだという。
この部屋では映像の標的相手に知識として覚えた戦闘を体になじませるための訓練を行うためにあるそうだ。
映像とはいえ受けたダメージは訓練用の防護服を通じて実際に感じるであろうものよりも数段抑えられた衝撃として装着者に伝わる仕組みになっている。
軽減されているとはいえ油断しているとタコ殴りにあい、かなり痛い思いをするだろう。
それでも痣ぐらいはできるかもしれないが骨や内臓に重篤なダメージが入る前に訓練は自動で中止するようにできているので大怪我には至らない。安心設計だという。
ファリーはこの奇妙な施設で製作者の意図するところである戦闘訓練に無理やり参加させられた形となる。
もし事前にここがどういう場所なのか分かっていたとしたならば、決して中に入ろうとはしなかっただろう。
だが今、標的を目の前にしてファリーは、笑っていた。
ここがどういうところなのか。何ができるようになるのか。どうすればいいのか。
理解した今となってはこう思える。なんて面白い場所なんだ! と。
思い返せば元々退屈しのぎに森の奥に来たのだ。死ぬ心配のないリアルなチャンバラごっこなんてすごくワクワクする。
自分だけの秘密基地で自分だけが遊べるアトラクションを楽しめる。
暇を持て余している子供には最高に魅力的なシチュエーションであった。
どうせだったら用意されている訓練を全部達成してやろう。
ファリーははやる胸を覚えた武術の呼吸法で鎮めると、手に持った黒い棒を握りなおす。
その時棒の先端部分がバシャっと音をたてて二つに開き、そこに刃、槍の穂先が現れた。
棒に見えたこれは自分の意志に感応して展開できる槍であった。
鞘となる部分は左右に広がって長さが半分に折りたたまれ十字状になり、ウイングドスピアの突起部分のように刺さり過ぎて抜けにくくなるのを防止するストッパーの役目を持つ。
練習用ではあるが実戦でも十分に使える逸品である。素材からして違うのだ。
ファリーは槍を構えて猪に対峙した。
ちょっとした冒険を経て小さな新米戦士となった彼が、これからどのような運命をたどることになるのか。
今の時点では本人も含めて誰にも分かろうはずはなかったのだ。




