第十六話 君は山に勝てるか? ④了
噴火の勢いを軽減する方法、それは噴火口を増やし威力を分散させるというものであった。
山頂部の一か所からの噴火では勢いが強すぎて除塵、流水の魔術を効果的に機能させることが難しい。
さらに言えば噴火の衝撃で山体が崩壊し山の大部分が吹き飛ぶ可能性がある。
噴火前に標高三千あった山が噴火後には千三百弱まで低くなってしまった例があるからだ。
崩壊した山が海に降り注ぎ、振動の魔術で押さえきれない巨大津波が起きてしまう可能性を考えると、山体を可能な限り保たせる必要があった。
そこでエーシュの出番だ。エーシュに新たな火口を魔法の力で掘ってもらうという結論に至った。
使用するのは掘削のための衝撃と回転、粉塵をまとめて取り除くための除塵、粉塵を掘った穴から搔き出すための流水の魔法の合わせ技。
それにより深さの違う穴をヘルメスの指定したポイントに合計三つ開けるのだ。
火道には到達しない程度の深さに掘ることで、噴火時には最も深い穴から順に圧力の開放先を求めた火山ガスが最後の一押しをして火道とつながり、火山ガスや火山砕屑物が噴き出すことになる。
これにより威力を分散させることに成功すれば山体の崩壊を最小限にして噴出物を取り除いて海に流す魔術の効果が最大限に発揮されるかもしれないという話であった。
これは魔術では不可能だった。魔術には高度に精密な現象を引き起こすことができないという欠点があるのだ。。
魔術とて万能ではない。魔法という技能を魔術という技術で再現しているに過ぎない以上、魔法には及ばないデメリットも多分にあるのだ。
例えば魔法陣を起動させるための魔力を供給する魔石の加工と魔石への魔力の充填には、魔力のコントロールに長けた魔法使いの力が必要不可欠であった。
大雑把な現象しか起こせない。魔法陣を刻んだ木板や石板が重くて持ち運びしにくく事前準備が大変。
魔法陣を少し変えただけで全く別の現象が起きる。魔法陣を覚えるのが面倒。
望んだ現象を引き起こせる魔法陣を見つけるのが新種の化石を探すみたいに時間と手間がかかる。
これまで魔術師たちが好き勝手に研究していたからそれを調べるのにも苦労する。
それら魔術の不便な点に比べ、熟達の魔法使いならば望んだ現象をその場ですぐに正確に引き起こせる。
個人の力量にもよるが早さや精密さは魔術に遥かに勝る利点であった。
そういう理由で今回のように四つの魔法を正確にかつ膨大な魔力でもって行使できる存在は、この星でエーシュを除いて他にはいなかったのだ。
エーシュに話を持っていくと、彼女は手のひらに拳を打ち付けて「承知しました」と快諾してくれた。
話まで早いとはまったくもって魔法使いの鑑である。
ルメスとヘルメスは大いに感謝し、彼女の好物のガチョウとたっぷりのビールを餞別に贈ったのだった。
決行は火山から立ち昇る噴煙が止まったタイミング。
噴火が始まると圧力のかからなくなった噴気は岩の割れ目から漏れずに火口へと向かうのだ。
つまりは噴火まで秒読みになった段階で行うことになる。
何故そんな差し迫った時にやるのかといえば、掘った穴を長時間維持しておくことができないからであった。
山の重みでトンネルが潰れてしまう可能性があった。そうなれば元の木阿弥だ。
そのため噴火の直前にルメスがエーシュを転送して三か所に穴を開け、終わったら即座に二人で安全圏へと離脱する。
それが最善の策であると思えた。
エーシュは本番に備えて小高い岩山が立ち並ぶ場所で魔法の練習を行った。
あちこちを穴だらけにして来たるべき日の準備を進めている。
作戦開始から十一日目。セアベル山近くの海峡で筏作りをしていた職人たちと、それを手伝っていたモリーとファムティアらはついに海峡を渡す数珠つなぎの筏を完成させることに成功していた。
船底に振動の魔術を刻んだ木板を括り付けて起動用の魔石を設置。
半月と経たずに噴火するとしたヘルメスの予測までに何とか間に合わせることができた。
後は海峡の反対側まで縄をつないでおくだけだ。幸い嵐などで海が荒れるような兆候は見られなかった。
そこでファムティアが龍に変身して縄の端っこを持って対岸に向かうと言い出した。
彼女が「私にまかせて」と言うやいきなり着ていた服を脱ぎだす。
他の人に見えないように焦ったモリーがわたわたと身体を広げてそれを他の人々から隠そうとした。
ファムティアが服を空中へ高く放り投げると、全身から白い光が放たれた。これはおそらく魔力の光だ。
そして次の瞬間その場には、エメラルドのような美しい光沢を放つ二枚の翼を持った翠の龍が現れた。
「んんー変身するの久しぶりー。ねえ、モリー。どうかな?」
モリーのすぐそばまで顔を近づけて無邪気な翠の目で見つめる。
「綺麗です。宝石みたいに輝いてて、大きくて力強い……。触ってみてもいいですか?」
「いいよー。せっかくだし首のとこに乗ってみない?」
「いいんですか? 嬉しいです。お願いします」
ファムティアは頭を地面まで下げてモリーをそのうなじらしき部分に乗せる。
全身固い鱗に覆われていたが背の部分にはふわふわとした柔らかい毛が生えていて、またがって座ると乗り心地がとても良かった。
「鬣のところ持っててね。じゃあ飛ぶよー」
「え? わ! ひゃあっ!!」
乗るだけだと思っていたらそのまま空へとふわりと浮かび上がって筏の縄を掴んで海を渡り始めてしまった。
周りにいた他の人たちもそれを見て慌てて筏を次々に海へと押し出していった。
空を飛ぶのは鳥みたいに風を切るような感じではなく、雲のようにふよふよと浮かんで流れていくような速さであった。
そのためモリーは最初驚きこそしたがすぐに落ち着きを取り戻し、生まれて初めて自分が空を飛んでいるのだという想像だにしていなかった感動に全身が包まれていくのだった。
「すごい……あんな遠くまで見える」
子供のころ、テントの上に登って寝転び空を見上げたことがある。その後怒られたが。
あの時見た空には周りに高い木や建造物も無くて視界を遮るものが存在しなかった。
風も止み澄み渡った砂漠の青空には、他のなんの余計なものも無く、ただひたすらに美しいと思えたものだ。
今自分は風の中でその空の終わり行く先を見つめている。
自分の上にあった青が、自分の隣に、見えない空の道の先に広がっている。
空の青と海の青は似ているようでいて決して交わらず、白い霞の境界線がその果ての途方も無さを物語っている。
美しい。
でも、なんだかその想いが自分のものではないみたいだ。
この光景を見て思い起こされる感動はもしかしたら、いつかどこかで自分の知らない記憶の中の誰かが体験したものであるかのようにも思える。
かつて空を見た誰かの感情が自分の心に流れ込んできているのかもしれない。そんなふうにも感じた。
「ねえモリー。あなたルメスさんのこと好きなの?」
「……ふえっ!?」
空を飛ぶのと同じくらい思いがけない言葉が耳に入ってきた。
「な、なんでそんな!」
「好きなの?」
再度の質問。好奇心だけで聞いているわけではない、優し気な、それでいて澱みのない声。
「……好きです」
「いつから?」
「初めて、お会いした時から……ずっと」
嘘はつきたくない。誤魔化しや曖昧にすることも。
今自分が故郷の砂漠ではなくてここにいる。その原点なのだから。
この想いは、誇りでもある。
「そっか。やっぱりそうなのかな……」
ファムティアもまた、同じ相手に通じない思いを抱いている。
時間だけが想いの価値を決めるなんて誰が言えるのか。
「きっと私たちは、そういうふうにつくられたんだ」
対岸が見える。
運命の時までもうすぐだ。




