第十六話 君は山に勝てるか? ③
作戦開始。まずはその前提となる振動の魔術についての話を聞くべくアシュタールの元へ向かった。
思念の転送で事情を伝え屋敷の応接室で会おうと約束を取り付ける。
事が緊急を要するため、平時と違って直接室内にルメス、モリーは転送して訪れた。
少しおいてからアシュタールがやってきてお互いに手早く挨拶を済ませるとソファーに腰掛ける。
「以前先生たちがリオンのとこに来た時、私たちケンカしてたでしょう? 丁度あの時私は音の魔術に関しての研究書をまとめて持ってきていたの」
「ああ、あの時の」
「それでお二人が帰った後に今度はそっちの話で意見を戦わせてね。あいつったらこの研究が何の役に立つんだ、人に演奏させれば済むだろう、なんて頭の固いこと言うもんだから頭にきちゃって。夜遅くまで議論が白熱して寝不足になっちゃった」
気だるげに吐息を一つ。以前と変わらぬ妖艶な美しさに非常時とはいえ一瞬少女は心を動かされる。
「まあでも無駄にならなくて良かったかな。私は魔術の発明を、リオンは魔術の研究を。それぞれの役割がしっかりしていたからこそあいつも私の研究の先にあるものに思い至れた。そこは評価してやってもいいかもね」
「ということは振動の魔術を作ることは可能なのか?」
ルメスの言葉にアシュタールは得意そうに笑顔を見せる。
「もう完成しています。私、実は負けず嫌いなんですよ」
豊かな胸を張り、親に功績を語る子供のように自慢げな顔。
魔術師としての誇りと自負が、その輝かんばかりの不敵な微笑みに込められていた。
アシュタールと方針をまとめ上げて彼女を振動の魔術の調整のために魔導研究所に送り届けた。
次はセアベル山がある西方周辺の貴族たちの所へ話を通しに行く。
そのために近隣で最も広大な領地を持つ貴族、すなわちザガン公爵に協力を要請しに向かった。
裏庭のブドウ園で作業していたザガンはそのまま作業服で妻のダリアと共に庭に現れたルメスたちを出迎える。
思念で伝えたとはいえほとんどアポ無しで来たようなものだ。ザガンの表情は少し不機嫌そうである。
「突然の訪問は不躾だぞ。ブドウにだって収穫の伺いを再三にわたって立てるものをまして人間相手ならば不快にもなるだろう。私とて女が粧し込む時間くらい待てるというのに、房も実らぬうちから何の用で来た?」
「悪い話だ。そして急がなくてはいけない」
「……聞こう」
ルメスがセアベル山の大規模噴火とその後にくる冷害の可能性について話すと、最初鋭かったザガンの目が驚愕と絶望の色に染まってカッと開かれ話し終えるころには白目をむいて直立不動のまま後ろに倒れ込んでしまった。
自分の心血を注いで作り上げたブドウ園が全滅してしまうかもしれないというのだ。その心中如何程の衝撃か察せられるというもの。
ダリアがザガンを土に身体がつく前に丸太でも持ち上げるかのように抱きかかえ、「あなたぁ!」と泣きそうな表情で気絶する夫に呼びかける。
妻のたくましい腕にしばし揺り動かされるとハッとして目に色を取り戻し、まるで吸血鬼のように直立不動のまま立ち上がるとルメスの両肩を掴んで天を見上げたままガクガクと揺らした。
「ルゥメェェェェス!! 対策を言えぇぇぇっ!!」
振動の魔術を運用するためにアシュタールの立てた作戦はこうだ。
まずゼアベル山近くの海峡に転覆しないよう三本のロープで数珠つなぎにした小舟や筏を山を囲う様にして張り渡す。
そしていざ噴火した際には火山から噴き出た魔力を利用して舟にくくり付けておいた振動の魔術を刻んだ木板の魔法陣が連動して発動。
セアベル山側へと向けて山体や火砕流の滑落による着水の衝撃と同程度の振動波をぶつけて相殺する計画だ。
これを実行するために大量の小型船や筏、あるいは素材となる木材を確保しなくてはならず、それらを所有しているであろう貴族たちから借りるか買うかしなくてはならない。
だからセアベル近隣の貴族たちに顔の利くザガンが必要だったのである。
ルメスはザガンを連れてあちこちの貴族に片っ端から当たって領民の避難の指示と舟や木材の買い付けに奔走する。
ただし購入の理由は話さずに、だ。後述するいざという時のための保険である。
代金は砂金でぶっ叩く。このような時のためにバレス川から根こそぎ奪った金だ。
飢饉からの国家存亡の危機を想えばその重さも軽くなろうというもの。黄金卿の面目躍如である。
転送で買ったものを海峡付近に送り大勢の大工も派遣し急ピッチで準備を進めていく。
国中の魔術師をかき集めて振動の魔法陣を木板に、流水と除塵の魔法陣は石板に、昼夜問わず刻み続けさせる。
夜間使う魔石ランプの費用もルメス持ちだ。
大公として今まで稼いできた貯蓄を全部吐き出す勢いで獅子奮迅の活躍を見せていた。
勿論ベルゼルからのゴーサインはもらっている。事が成功したならば費用の一部を計上して補填してもらえるよう話はついている。
向こうは国中に警報を鳴らし注意を呼び掛けている。ただしルメスたちが具体的にどう動いているのかの情報は伏せられていた。
作戦が失敗したら津波が起こり周囲の海岸線は壊滅の憂き目にあうだろう。
そうなれば作戦を実行した者たちへの誹謗中傷へとつながる。
人という種は目指すことはできるのかもしれないが現状では理性的でも温厚でもないのだ。
そして中傷は龍族にも向けられることは必定。せっかくできそうだった異種族とのつながりも国が終わるときまで失われることになるだろう。
ならば全てはどうしようもない自然災害であったとして済ませたほうがいい。もともとそうだったのだから間違いでもない。
致し方ない政治的判断であった。
もしも失敗し、事が露見したならば、全ての責任はルメスが被る。
全て自分が独断で強行したことだと発表するようにとルメスはベルゼルにそう言った。
伊達や酔狂で行動しているわけじゃない。自分の選んだ部下であるモリーの意志を全力で後押しするという決意の表れであった。
五日経って、噴火の勢いを削ぐための方法を考え計算し続けていたヘルメスからその結果が出た。
「除塵の魔術に関してだが、噴煙柱からテフラを取り除く割合は七割程度に抑えておいた方が無難だな。それ以上は勢いを止められそうにないし、何より温室効果ガスのせいで気温が高くなりすぎてこれまた作物が壊滅するかもしれん。少しのエアロゾルは仕方がないだろうな。で、実際の噴火の勢いを軽減する方法だが……」
ヘルメスは分厚い紙束に所狭しと隅々まで書かれた未知の計算式に目を通しながら手に持ったペンで頭をポリポリかいた。
「エーシュちゃんの力が必要だな」
そして作戦の成功の可否は世界最強の魔法使いの手腕へと託されることになった。




