第十六話 君は山に勝てるか? ②
「魔術で何とかすることはできないんですか?」
これまで頭を悩ませていたリオンらと龍族の者たちはその言葉に一瞬思案を巡らせたが、それを脳内で即座に否定する。
龍族は迷彩の魔法だけでなく未だ他の種族には発見されていないいくつかの魔法をも知っている。
魔術は魔法による現象を再現したものでもあるため、ファムティアのような若い龍ですらエキスパートの魔法使いである龍族にとってみればモリーのそれは魔法魔術の限界を超えた考えであると判断できた。
リオンもまた今まで積み上げてきた研究成果から無理だと断定した。
魔法魔術の研究者として間違いなく世界最高の人物の結論である。
所詮は門外漢の小娘の絵空事に過ぎない。誰もがそう思えた。
「モリーさん。残念ですが魔術では噴火を止めるほどのことは……」
「いえ、噴火を止めるんじゃないんですよ」
リオンはキョトンとした表情になって「えっ」と間の抜けた声を上げた。
「要は冷害にならなければいいんですよね。噴火した時には山の近くにいなければとりあえず誰も死ぬことは無いんですから。火山灰が空を覆うことがなければ冷害にならない。なら噴火が起きたときに火山灰だけを魔術で近くの海に流してしまえばいいんです」
「しかしどうやって……」
「王都と大公領の地下を流れる、水を浄水しながら流す魔術がありますよね。あれを使うことはできませんか?」
大規模浄水魔術。流水の魔術で発生した魔力を使って浄水の魔術を発動し、魔石に貯まった魔力で再び流水の魔術を発動する半永久の浄水システム。
リオンが開発した歴史に残る発明である。
それを聞いてリオンはう顎を親指と人差し指ではさんでうなるように考え出した。
「むうう……確かに流水の魔術は流水と銘打ってはいるものの、その本質は物の流れを操作する魔術……。もしかしたら、いや、ん? これは……」
この星で最も聡明な魔術の計算機が全力で方程式を解いていく。導き出される結論は。
「――いけるかもしれない」
その言葉ににわかに色めきだって声を上げる一同。二度目の希望の日が昇った。
だがそんな連中を尻目に冷静に言葉を返す者もいる。ヘルメスだ。
「待て。流水の魔術を使うとして魔力はどうする? 噴火の勢いを操作するなんざどれだけ膨大な魔力が必要になるかわかったもんじゃねえぞ」
その指摘にリオンと一同は言葉を詰まらせて沈黙した。
だがそこで再びモリーが口を開く。
「前に行った温泉って、お湯の中に大地の魔力が溜まっているんでしたよね。それで温泉が熱いのは火山の力によるものだと聞きました。なら……」
「そうか! 火山だ! 火山自体が膨大な魔力の源なんだ! 火山で発生する魔力を使えば流水の魔術が使えるかもしれない!」
リオンは立ち上がり手をぐっと握り締めて叫んだ。その瞳には確信の光が宿っている。
魔力とはそもそも自然界の営みによって発生する余剰エネルギーのこと。
火山活動も自然現象ならば魔力が発生するのは道理。知識と経験に裏付けられた閃きだった。
「そういえば我らの父祖がこの地を棲み処に選んだのも魔力が豊富であったからだと聞いたことがある」
クルノーグも得心が行ったようで、村の老人と目を合わせてうなずいている。
魔力は龍族にとっても生きるために重要な要素であるらしい。
迷彩の魔法や変身に飛行能力。これらの特殊な力の行使には魔力が必要なのではないだろうか。
妖精族が魔の森で暮らしているように、火山で暮らすのは相応の理由があるようだった。
「それはいい。だがまだ問題はそれこそ山積みだぜ」
ヘルメスがちょいちょいと手を上げ下げしてリオンに座るように促す。
相手が座ったと見るや、膝に肘を置いて身を乗り出した。
「仮に火山灰やらを海に流せたとしよう。別の大きな問題が起きる。津波だ」
腕をぐにぐに動かして波を表現している。
「流れ落ちる火砕流や崩壊した火山の一部が着水して衝撃を起こし、海をはさんだあちこちの海岸が波にのまれる。前の大規模噴火の時も起きたんだ。これもどれだけの被害が出るのか想像もできん。海岸線の街と人間が全滅するぞ」
セアベル山周辺の地形だが、山の正面に扇形に陸地があって、その背後には海が広がっている。
言わばなだらかな三角形の頂点が海に突き出たような形となっており山の半分以上が海側に面しているのだ。
「津波ですか……流水の魔術で火砕流を海に流し込まなくてもいずれにしろ起こるようですね。かといって海側でない陸地に流せばここら一帯の動植物は壊滅します。火砕流が届く範囲も流れる方向へと集中する分、遠距離にまで及ぶでしょうね。地上側への被害が尋常ではありません」
「どうにか津波自体を止めることはできないのでしょうか」
モリーも口に握った手を当てて何とか打開策がないものか考えている。
「噴火の勢いがそのまま振動に変わるんだ。太鼓を押さえつけて鳴らないようにするのとはわけが違うぜ」
「振動……太鼓……」
何か引っかかる。リオンはこのヘルメスの発言に妙な違和感を持った。
そして自分の脳内から過去の記憶の箱をひっくり返して探して回る。
「……ヘルメス殿。太鼓は振動させなければ鳴らないということは……音とは、振動のことなのですか?」
「あ、ああ。知らなかったか。そうだ。詳しいことは省くが音ってのは空気とかを介して伝わる振動のことだ」
この時代まだそういった科学的な事柄に関するメカニズムの研究はされていない。
科学が生まれるのはこの後の時代からなのだ。
「音、振動……魔術。――音の魔術!! そうだ! 以前アシュタールが買った楽器で楽団作るとか言ってて、そのとき魔術で音楽を演奏できないか研究していると。そう、こうも言っていた。音の魔術どうしをぶつけるといくつかの音が打ち消されてしまうと」
リオンは間違いなくこの時代の寵児と言える天才だ。
天才に必要なものは積み重ねた努力によって導かれる天啓にも似た閃き。それが頭上に降りてきていた。
「もしかしてそれは音と音がぶつかって打ち消し合ったからなのでは? ならば音の正体が振動なのだとしたら、振動に振動をぶつければ互いに相殺できるのかもしれない。音の魔術から振動の魔術を作り出して火砕流の起こす衝撃と振動にぶつければ、津波は起こらない! アシュタールならできる!」
アシュタールもまたリオンと張り合うほどの天才、世界最高の魔術師である。
生意気な義妹と思いつつもその実力を誰よりも認めているのは同じく魔術の研究者であるリオンなのだ。
「おいおいマジにやる気なのかよ。やるにしても火山ガスまで全部海に降り注いだらたとえ火山の魔力を利用して振動の魔術を使ったとしても、とてもじゃないが押し込められるような勢いじゃないぞ。せめて火山灰と火山ガスを分離して火山灰だけを海に流すようにしないと」
ヘルメスとしては実現可能なのか疑問があるようだ。
下手をすれば大勢の人が死ぬかもしれないことを考えると慎重にならざるを得なかった。
この意見も半ば諦めさせるために提起したものだったのだが。
「それなんですが先ほどから言うガスってなんですか?」
モリーは国の役職に就く人材を育成する大学の出だが、そこでも聞いたことのない言葉だった。
「ああーと……なんて言ったらいいのか。俺たちは呼吸して息を吸ってるだろ? その吸っている空気にはいろんな種類の目に見えない気体が混ざり合っていて、まあつまり目に見えない煙みたいなものをガスっていうんだよ。見えるのもあるけど。生きるのに必要なものや有毒のもの、引火するものもあるし植物をよく育てるものもある。そんな感じだな」
改めてヘルメスは何でこんなことを知っているのか大いに気になるところである。
だがそんなことは今は重要じゃない。何かしら今の話にヒントらしいものは無いものか。
そう思案するが素人では限界がある。新しい概念を聞かされたばかりでは理解も追いつかない。
しかしリオンには心当たりがあったようだ。
「前にベリル公から、鉱山で働くと息苦しくなる病気を何とかできないか相談されたことがあります。私はその原因が採掘で出た塵を吸い込むことで起きていると考えました。それで鉱山内の塵を下に沈める魔術、除塵の魔術を発明し実施したところ病に罹る者が減りました。これを応用すれば火山ガスと火山灰を分離できるかも」
この時代では解っていないことだが、除塵の魔術は本当は気体とそれ以外とを分離する魔術であった。
これまで個人個人でバラバラに研究されてきた魔術が、初めて一つの研究機関であらゆる魔術体系を一本化して研究されだしたばかりのころに、これほどの魔術を事も無げに作り上げてしまったことは驚嘆すべきことである。
「なんてこった……なんか怖いくらいやれそうな方法が揃ってきたな。噴煙から火山灰を取り除いて海に流し、その時起こる振動に振動をぶつけて津波を止める。言葉にすりゃこれだけだがかなりきついぞ。……だがやるんならせめて成功率を上げるために噴火の勢いをどうにか削げないか俺が計算してみるか。――それでよ、おまえはどう思うんだ?」
先ほどからずっと沈黙を続けているルメスに話を振る。
腕を組んだまま目を閉じているが、その表情は澄んだ湖のように穏やかだった。
「……昔、ある傲慢な男がいた」
ゆっくりと口を開き静かに語りだす。皆がルメスの言葉に耳を傾けていた。
「自分は誰よりも強く誰よりも上だと豪語して鼻にかけるその態度にオレも仲間たちも腹が立った」
仲間。誰のことを言っているのだろうか。
「それでオレの仲間がそいつにこう言ったんだ。お前は山に勝てるか? 大地に勝てるか? 海やお前が立っているこの星や、あの陽の光に勝てるか? あまねく星々に勝てるのか? 戦うという発想すら出てはこないだろう。それがお前の限界だ。お前なんてその程度の奴だ。――そう言った」
目を開いて、モリーを見つめる。自分の選んだ大公爵の秘書を。
「モリー。君は山と戦うんだな? 山に勝つつもりなんだな?」
視線を返す。周りに振り回されるような揺らめいたものではなく確かな意思を秘めた強い瞳で。
「それが最良を目指すためならば」
ルメスは少し微笑んでゆっくりとうなずくと。
「戦ろう」
そう言って立ち上がった。




