第一話 大公のお仕事 ④
大公館には職員用の食堂があり、昼にもなれば大公館や商会の職員でごったがえす。
木札の食券を購入して定食と交換するシステムだ。選べるメニューは二種類しかない。
パン、ジャガイモのポタージュ、トールシは固定で、あとは塩漬けの肉か魚を選ぶ。
中銅貨一枚で買えるためコスパはいい。蛇口の水は飲み放題だ。
大規模浄水魔術の恩恵でいつでも清涼な水が供給されるため、皮袋に汲んでいく者もいる。
「ふう……」
食事を終えたモリーは一息ついて思案を巡らす。
初恋の少年にもう一度会いたいがために五年間ひたむきに頑張ってきた
だが意中の相手は大公爵。自分とは身分がかけ離れた存在であった。
こうも立場が違っては想いが遂げられることなど絶望的であろう。
視線を落として少し落ち込んでしまう。
暗い気持ちを振り払うように首を振って切り替えようとする。
せめて、あの方の役に立ちたい。あの方を傍でお支えしたい。
しかし自分に何ができるというのだろうか。
覚書を書いたはいいが、それはモリーに仕事を覚えさせるためというのが大きい。
帰ってからルメスはそれを確認するまでもなく取引の書類を書き始めていた。
自分が役立っているとは言い難く、むしろあれこれ気を使わせて足を引っ張っているのではないかと不安に駆られてしまう。
彼はなぜ自分なんかを秘書に勧誘したのであろうか。
「ここ、よろしいですか?」
「はい。あ、アリトさん」
いつのまにか第一秘書のアリトが目の前に来ていた。
向かいの席に料理を持って着席する。メニューは魚を選んだようだ。
「先ほどまで私も外回りしてきましてね。ようやく食事にありつけますよ」
「それは、お疲れ様です」
「お互いに」
水をコップから一口飲むとアリトは話を切り出した。
「どうですか、仕事をしてみて。わからないことなどはありますか?」
大公からモリーの指導を任されている。
気を使ってくれているのだ。
「そう、ですね。その……ついていっているだけで、お役に立てているのか……」
「ふむ。まあ書類仕事は明日からになりますから、実感が出てくるのはこれからですよ」
「あの、アリトさんは秘書としてどんなことをなさってるんです?」
「私ですか? ……私は、秘書としての仕事というより自分の仕事をこなしているだけですね。閣下は自分の仕事は自分でやってしまいますから」
「そう……ですか」
うつむいて思案するモリーを見て、彼女が秘書としての自分の在り方について悩んでいると察する。
アリトは指を組んで向き直った。
「モリーさん。貴方には秘書として、貴方にしかできないことをやっていただきたいのです」
「私にしかできないこと、ですか?」
「ええ。私は基本閣下のなさることに口出しをしません。自分の役目を果たすことだけをやっているに過ぎない。しかし貴方はより閣下の近くであの方を知ることになるでしょう」
鋭い刃の瞳でモリーを真剣に見つめている。
「己がなすべきことを、あの方を通して見定めてほしい。そのようにしてみてはいががでしょう」
「大公様を通して……」
秘書に選ばれた理由は分からずとも、今秘書として彼の近くにいるのは自分だ。
自惚れでなければ、ルメスが自分を勧誘したのなら自分が近くに居ていいということ。
彼を最も理解できるかもしれない距離にいることになる。
それならルメスを知れば、大公のためにできることも見えてくるかもしれない。
モリーはそう思いなおしてみることにした。
「ありがとうございます。そうしてみますね。――じゃあ私行きます。頑張ってきます」
「はい。閣下をよろしくお願いします」
モリーはお礼を言って午後の仕事へ、ルメスのもとへ向かうのだった。