第十三話 魔の森の音楽祭 ③
人々がステージに注目するなかでおそらくはモリーだけがそれを見ていた。
怪奇! 空飛ぶ弦楽器! 一体いかなる超自然的作用が働いてこのような現象が起こっているのか。
満月の如く丸くした目でそれを追っていると、人の壁の向こう、警備兵の待機所の辺りへと消えていった。
自分が今見たものが信じられない。これは幻か白昼夢か、あるいはかつて砂漠で見た蜃気楼の類のようなものだったのか。
それが気になるあまりに次の演奏が始まってもモリーは上の空で、鋭敏なはずの聴力はその本分を発揮することなく谷を吹き抜ける秋風のように曲が頭に残りはしなかった。
軍楽隊の演奏が終了してからモリーはルメスに断りを入れてあの弦楽器がどこへ飛んで行ったのか見に行くことにした。
待機所にいる警備兵にそのことを聞いてみようとした矢先、これまた見覚えのある人物がそこへ駈け込んできたのだ。
「すいませーん! 気づいたら私の楽器無くしちゃってて……ここに届けられていませんか?」
警備兵がちょっと待ってくださいと奥へ引っ込んでいる間にテーブルに手をついて肩を揺らして調息を行っている。
痩身でくせっ毛の男性。その容姿は大公館でよく一緒に仕事をしている人物のものであった。
「アマイさん? どうしてここに?」
大公家四人の幹部の一人、商業部門の責任者であり青の魔導兵団団長エーシュの父、アマイであった。
「あぁモリーちゃん。君もこっち来てたんだね。私は商品の買い付けついでにちょっと参加して行こうかと思ってさ。ここの楽器卸してるのうちのガープ商会だからね。それで、はあ……」
ひときわ大きい溜息を吐いて力が抜けたように腕をぶら下げた。
「せっかく持ってきたケメンチェ。商談の時にちょっと目を離したら無くなっちゃっててさぁ。ついてないよ。おひねり一杯もらうはずだったのに」
この会場の外側でも街のいたるところに設けられたフリー演奏スペースがある。
祭りの時に限らず深夜を除いていつでも空いているときに好きに演奏していい決まりなのだ。
当てが外れたというようにアマイは相当がっかりしていた。そのとき。
「落とし物ありましたよ。これですか?」
「ああ!! それですそれ!! 良かったあ~見つかったよ~」
警備兵が運んできたそれは先ほどふわふわと浮かんでいた弦楽器に相違なかった。
嬉しそうにするアマイだがモリーはというと奇妙な想像にうすら寒くなる思いを抱いていた。
「あの、アマイさん。変なこと聞いてもいいですか?」
「んー? なんだい?」
「その楽器って、その、時々空を飛んでどっか行っちゃうとか。楽器に見えるだけで正体が未知の生き物だったりとかします?」
「……ええ!? どうゆうこと? 昔この街で買ったんだけど……」
思わずアマイは警備兵と目を合わせると、警備兵は首をブンブン振った。
モリーは先ほど自分が見たことを説明する。だがしかし話した内容を二人が理解すると、何故か二人とも納得したかのようにああーと声を合わせて相槌を打った。
「え? もしかして何か知っているんですか?」
「ああ、うん。そうだね……その、この街にはいろいろと不思議なことが起きるんだよ。喉が渇いている人のそばにいつの間にか水の入った杯があったり、お菓子を作ったら知らないうちに数が減っていたり。私も運んできたビールが目減りしていたときはちょっと困ったなあ」
「うちの叔父も夜楽器作ってるときに居眠りして、起きたら作りかけだった楽器が完成してた、なんて話を聞かせてくれましたよ」
「そうそう。まあ土地柄というか、そういうことが起きる事情が……あーそのー、まああるわけだよ」
二人はどうやらそういった現象の原因に何かしら心当たりがある様子であった。
「それって……」
「知りたい?」
後ろから声が聞こえた。振り向くとそこにルメスが立っていた。
「あ、閣下。いいんですか教えちゃっても?」
「うん。モリーなら大丈夫かな。結構知覚できてるみたいだしね。……そういうわけで、ちょっと森へ行こうか」
「森へ?」
魔の森の奥深く。道と呼べるかも怪しい苔むした木の根が複雑に絡み合った網のようなでこぼこした地面を感触を確かめるようにして慎重に歩いてゆく。
夕方に傾きつつある太陽は貪欲に日光を浴びようとする木々の伸ばした濃い緑の葉に遮られ木陰の暗がりにいる二人はその恩恵を享受することは叶わない。
しかしながら不思議なことに森全体が帯びた冷たい湿り気が光を反射しているのか、あたかも蛍の光の如くぼやりと輝いているように感じたため何とか前を行くルメスを見失わずに済んでいた。
兎を追って見知らぬ世界に迷い込む少女の話はあれど、暗黒の少年を追う兎の少女は森の深奥で何を見ることになるのか。
少し開けた場所に出た。円形に広がったそこは丁度先ほどの会場のステージを一回り小さくしたくらいの空間があった。
ルメスは中心に立つと手を大きくパンッと二回叩いた。
しばらく待つと何者か、何者たちかの気配が近づいてくるのが聴覚のみならず触覚でも感じることができた。
そこにまず現れたのは、象であった。長い鼻をぶらんと下げた象。
その背にはトンボのような羽が生えている、小さな手乗りサイズの象が二人の目の前に飛んできたのだ。
正面から見た空飛ぶ象はまるで鼻行類のようであった。何故か羽ばたき音は聞こえない。
続いてやってきたのはライオンだ。ただし身体が亀である。意外に足が速く猛烈にのそのそ走ってきた。
今度は身体は鶏のようだが頭がフェレットになっている。パタパタ羽を広げて走りながら頭が前後するたびにクックッと鳴き声を上げている。
次に出たのは猫。一見普通の猫に見えるがそれは他と比較しての話。本来なら猫族でもないただの猫が二本足で歩いているだけで奇怪に映るものであろうことを失念してはならない。
そんな妙ちきりんな小さな生き物たちが他にもわらわらと現れたのであった。
「「ルメスさまーいらっしゃーい!」」
いっせいに声を合わせて歓迎の挨拶をする小さな者たちに対して、モリーは開いた口がふさがらなかった。見たままの意味で。
「ああああの、あのあの、た、大公様? この人? たちはいったいどなた、です?」
ろれつが回らない。親が話してくれた童話にもこんな生き物は出てこなかった。
「彼らが街で泥棒捕まえたり落とし物を届けてくれた、この森に棲む神秘の象徴。オレたちの同盟者。小人族、または妖精族と呼ばれている人間たちだよ」




