第十三話 魔の森の音楽祭 ②
時刻は午後の半ばを過ぎたくらい。仕事の都合で少し遅めになってしまったが、これから夜の部の最後まで鑑賞していく予定である。
子爵とは屋敷ではなく現地で落ち合う手はずになっており、彼のもとに転送してやってきたときにはちょうどカルタノス中央広場にて順番に行われている曲目の谷間であったらしく次の演奏者たちが慌ただしく準備をしている様子が見てとれた。
貴賓席に行くと主催者がルメスとモリーを迎えてくれた。アムドゥスの息子、ポート・アムドゥス子爵である。
先代の初代アムドゥス子爵は六年前に病死している。享年五十九歳。この時代では大往生と言っていい年齢であった。
貴族は家名を持つことが許されるのだが、コスモニアでは初代当主の名前をそのまま、あるいは少し呼び方をひねって家名とすることと決められている。
これは次世代に初代の意志と立場を受け継ぐ意識を根付かせるための思想教育の一環でもあった。
自分の家名を聞く度に初代がなぜコスモニアに味方したのかを想起させて国家への忠義を持ち続けてもらうための。
余談ではあるがベルゼルの名前は、バアル(王を意味する称号)・ベルゼル・コスモニア(国名がそのまま王家を意味する家名)という具合になっている。
なのでレーム王子が後を継いだ際には、バアル・レーム・ベル(ベルゼルの名前を短くして家名に追加)・コスモニアと名乗る予定だ。
「いや~本日は御越し頂きありがとうございます。今年も無事音楽祭を開くことが出来まして、これもひとえにルメス殿のおかげですよ」
「壮健そうで何よりだ。……でも、なんだか少し太ったんじゃないか?」
天高く馬肥ゆる秋。とはいえ確かに随分と恰幅が良いように見える。
「はっははは、まあこっちもおかげさまで。体も昔みたいにはなかなかいかなくなりましたわ」
「周りの村も含めて駆けっこが一番速かったもんね。ほどほどに節制するようにしてくれよ」
飢えてしぼんで干からびて。同胞が葦の枯れ葉のように死んでいった時代。
馬頭だからってそこらの雑草が食えるわけじゃない。それでも食ってしのがなければならなかったころ。
それと比べれば随分と様変わりできたものだ。はにかむポートの表情がかつてを乗り越えた今のカルタノスを象徴していた。
席について会場を見渡す。モリーはルメスより少し椅子を離して座らなくてはならない。
広場は中心がステージになっていて階段に囲まれた、すり鉢状に落ちくぼんだ形をしている。
観客たちは階段を座席代わりにして音楽を鑑賞するのだ。貴賓席は正面少し上の見やすい位置にある。
今は次の準備中だからか人々は先ほどまでの曲の感想を言い合ったり、広場の周りにある出店で焼き菓子や焼いた肉をトウモロコシなどの生地で包んだものを買って食べたりしている。
山羊族の物売りが手に持った箱の上にお酒の入った木のコップを乗せて売り歩いてる。
……あの麦で編んだ鍔広の帽子はどこかで見覚えが……。そしてその物売りからワインを買っているやたら体格のいい老人にも見覚えあるような……。
「あっ!! 待て!! 泥棒だっ!! 泥棒~~っ!!」
思考を遮るような大きな怒号が会場に鳴り響いた。声の出どころは屋台の店主らしい。
祭りの度に泥棒が出るんじゃないかといつぞやの盗人騒ぎの時を思い出し、反射的に立ち上がりそちらの方へと階段を駆けあがるモリー。
人間族の男が革袋を抱えて猛烈な勢いで走り去ろうとしている。どうやら売り上げをくすねようとして見つかったらしかった。
人混みをうまいことかき分けてスイスイ進んでいく泥棒に対し、馬族である店主は種族特有の俊足を活かして捕まえようとするものの、如何せんこれまた種族特有の走るときに小回りが利きにくいという弱点のせいで人混みをうまく抜けることができずにどんどん距離が離されていく一方であった。
思わずモリーが追いかけようとすると「待った」と、いつの間にか目の前に現れたルメスが制止した。
「見てみろ」
言われて泥棒の方を見ると坂道のところで泥棒が倒れてもがいている。
誰かに転ばされたわけでも押さえつけられてるわけでもないのに立ち上がれない様子だ。
「なんだ!? なんだこの縄は!! 取れねえぞ!!」
泥棒の足に縄が絡みついている。誰かが投げつけて足止めしたのだろうか。
それからわめく男に警備兵が駆けつけて無事御用となった。
「今のって大公様が?」
「いいや。この街には頼りになる監視役兼守護役がいるからな。こういう人の集まる催し物には顔を出して手助けしてくれる」
先ほどの人混みの中にそんな人物がいたということか。ルメスはずいぶんとその守護役とやらを信用している様子であった。
「それはそれとして、泥棒を捕まえるのは秘書の仕事じゃないな。だめだぞ。無茶をしちゃ」
「ごめんなさ、申し訳ありません大公様。故郷では泥棒は絶対に捕まえて指を一本斬り落とせって教えられてきたのでつい……」
つまりこの前の時はあの場で盗人の指を斬り落とすつもりだったということらしい。
「そんなこと言ったらオレなんて手足の指全部斬っても足りないくらい色々やらかしてるからな。とにかく危険なことはしないでくれ。ご両親に顔向けできなくなる」
「はい……」
しゅんと意気消沈して耳が垂れるモリー。思えばルメスに叱られたのはこれが初めてであった。
普段の仕事ではたまにミスをしてしまっても怒ったりせずにフォローしてくれていたのだ。
この前泥棒を追い詰めたときとは事情が違う。心配をかけさせてしまったことが申し訳なかった。
ルメスはそれ以上多くを言わず「もうすぐ始まるから席に戻ろう」と促した。
ちゃんと反省してくれたのは分かっているから。なんだかんだリオンやアシュタールなど、子育ての経験があるのだ。
つまりは子ども扱いでしかないということではあるのだけれど。少なくとも今は。
席についたとき近くに山羊族の物売りが横に座ってきた。
「やあモリーさん。お久しぶりです」
「ナキア大団長。やっぱり貴方だったんですね」
麦わら帽子を脱いで初めて会った時のように微笑む八大兵団大団長ナキア。
「趣味でしてね。人々の中に混ざっていくことが面白いんです。ああ、それとこれどうぞ」
差し出してきたのは水飴であった。紐の先っぽに四角い飴がついている。干しブドウを混ぜて作ったブドウ飴だ。
「甘いものお好きでしたよね。どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます。お気を使っていただいて……」
「いえいえ。それでね、これからうちのところで結成した軍楽隊が演奏するんですよ。どうか聴いてやってください。音楽は気分次第で違って聞こえますからね。ちょっとした口直しです。私も買った人が喜んでくれるのが楽しみで行商しているようなもんですから」
先ほどのやり取りを見て気が沈み過ぎないようにフォローしてくれているのだ。
モリーの向こう側でルメスが感謝の礼を込めて会釈していた。
そしてステージの上では軍楽隊の演奏が始まった。
けたたましい音のする先端が広がっている笛ズルナと、左手で持って右手の撥で叩く太鼓ダウルを手に手に持ち輪になってかき鳴らす。
戦意高揚目的で作られたコスモニアで初めての軍歌である。
偉大なる先祖よ 頼もしき隣人よ
誇りを奪い去らんとする 忌まわしき敵がやってきた
我らが同胞 勇猛なるコスモニアよ
祖国の敵を打ち倒し 共に夜明けを迎えよう
我らの尊厳と 小さな幸福は
苛烈な暴虐によって 踏みにじられた
だから友よ 立ち上がるのだ
明日への希望を 絶やさぬために
隣人、同胞、共に、友よ、といった連帯感を強めるキーワードを散りばめているのがポイントだ。
種族を越えて国家のために敵に立ち向かうための意志統一を狙って作られた歌詞というわけなのだ。
次の曲に入ろうとしているところだが、ふと隣を見てみるとナキアの姿が消えていた。
またお酒でも売りに行ったのかと何気なく周囲を見渡す。
すると不意に、なんだか視界の端に映った何かに対して違和感を覚えた。
人々がステージの方に注目している中で、外側へと向かっていく人ではないもっと小さなものの輪郭。
あれは、そう、あれはおかしい。
あれは楽器だ。誰かが持ち運んでいるんじゃあない。
小型の弦楽器ケメンチェが、ひとりでにふわふわ浮かんで飛んでいたのだ。




