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第十二話 高き館の宴 ⑤了

 夜会が終わり、宴の後の静かな余韻を堪能する暇もなく王城の奥の一室にて四人の男たちが魔石ランプの置かれたテーブルを囲んでそれぞれ向かい合い座っている。

 この場にモリーはいない。彼女を両親から預かっている責任がある以上夜遅くまで勤務させることはできないし、なによりこれから話す事柄について彼女を関わらせるべきではない。

 大公の夜と影の時間はもう一人の秘書の担当である。モリーを大公館に送り、アリトを連れてきた。

 灰の暗殺兵団団長としての、彼の仕事の時間だ。


 四人が話し合う内容は先ほどのパーティーでの乾杯の際に配られたワインの中の異物について。

 つまりは、毒だ。王をはじめ幾人かのグラスの中に毒物が入れられていた。もちろんルメスのものにも。

 何故誰も死ぬことなく事が済んだのか。それは言わずもがなルメスが転送によって取り除いたからだ。

 王が出席するこのような宴席においてはルメスは常に暗殺を最大限に警戒している。

 それが杞憂に終わらなかったことについて、用心が功を奏したとはとても喜べない状況である。

 ともあれそれぞれの部署から得られた情報をすり合わせて今後の対策を練る必要があった。


 四人は互いの立場について理解している。暗殺兵団についても知っている数少ない人員だ。


「先ほど捕らえた召使たちを尋問したところ、配っていたワインを召使に手渡したのは同一人物であることが分かりました。関係者によるとラグザという名前の男で二か月前に城に雇われた給仕係です。現在行方不明。恐らくワインに毒物を混入させたのちに逃亡したものと思われます」


 まず話を切り出したのは金の長髪の男、衛兵庁長官マリヌス。この時代における警察の立ち位置にある組織のトップだ。

 またの名を正義のマリヌス。強靭な正義感に裏打ちされた行動力でたとえ相手が貴族であろうと容赦なくふん縛る鬼官吏である。

 国の各所に領地の垣根を超えて配置されている何千もの衛兵たちによる軍勢を統率している。


「拘束した貴族はフルカス男爵の名代で来た男爵の長子です。軽い拷問を加えて証言させてみましたが実行犯らしき男を城に引き入れたのは奴のようですな。フェノール公を王に擁立しようとする派閥の急先鋒で、暗殺に成功したあかつきには公を王位につけお前を重職に据えるための補助をしてやるとそそのかされたそうです」


 次に話すのは燃えるような赤い目と銀の髪が特徴的な壮年の美形、空の諜報兵団団長ハンニだ。

 国内外に団員たちを派遣し民衆に紛れさせて情報を集め、時に敵陣営に疑念の毒を垂らし時に流言飛語によって相手をかき乱す。

 先のバルヴェラードの戦いにおいても敵の偵察部隊の位置を筒抜けにしてこれを撃破することで、軍隊の目を奪い混乱に陥れた功績は記憶に新しいものだ。

 ここまで巧妙なスパイ組織は同時代他所には存在しない。

 敵じゃなくてよかった。彼を知る者はこの国のどの人物でもそう思う凄腕のスパイマスターである。


「そうなるとそそのかした奴の背後関係が重要だな。アドリオスの連中か?」


「いえ、証言によるとエリアスだと」


「エリアス? 領地は近いだろうが、こんな真似をしてくる輩がいたのか?」


「向こうに派遣している団員たちからの情報ではこれといった勢力は確認できませんでした。騙っているだけの可能性がありますが気になるのはラグザという男はエリアス側からの使節団に混ざってやってきたと証言していたこと。何らかの形でエリアスとつながりがあるのは間違いないかと」


 ルメスは髪をかき上げて自分の頭を掴み「厄介だな」とため息を吐く。

 エリアスという国はコスモニアと友好的な中立関係を保っている。

 ただ国交や貿易はするけど戦などで積極的に協力関係を結べるほどではないし、外交しくじったら攻めてこられてもおかしくはないという少し微妙な距離感の相手だ。

 例えコスモニアに害意を持っている勢力がいたとしても現状エリアスの大部分とは表面上ある程度それなりにうまくいっているので、下手につついて関係悪化させたくないのが本音である。

 将来的に絶対ぶっ潰す必要のあるアドリオスと違ってとにかく対処に困る相手であった。


 その時考えあぐねるルメスの思考を遮るようにしてアリトが「閣下」と入口の方を見て呼びかけてきた。

 誰かが扉の向こうにいる。本来ならばこういう時アリトが扉を開けに行くのだが動こうとはしない。

 彼はそこにいる人物が何者か理解しているのだ。視認していなくてもそれくらいできなければ暗殺者は務まらない。

 ルメスが立ち上がって自分で扉を開けに行く。その向こうにいた人物は……。


「げっ」


 そこにいたのはルメスにとって最もいてほしくない相手。ベリル公爵であった。


「や。ルメスぅ。愛しの君の僕が来たよ」


「何でここにいるんだよお前。夜会の時はどこにいるんだかよく分からなかったくせに」


「ベルゼルに花を持たせるのも(しゃく)だったからね。気配を消すなんて造作もないことさ。まあその間君の仕事ぶりをじっくりと眺めさせてもらったよ」


 腕を広げて得意げに話すベリルの楽しげな様子に反比例するようにルメスの表情は上下から圧力を加えられたかのようにくしゃくしゃで苦々しいものに変化していった。

 苦手な奴にずっと見られていたかと思うとこんな顔にもなろう。


「悪趣味な奴め」


「妨害はしなかったろう? 妻の仕事の邪魔をしない夫の鑑」


「違う! 誰が妻だ!」


「じゃあ僕が妻?」


「やめろ気色悪い!」


 恐らくだがルメスがこのように感情をかき乱される相手はこの世界ではベリルだけかもしれない。

 普段疲れてもストレス抱え込んでいるときでも激情に駆られ冷静さを失うタイプではない。

 これがもし向けられている感情が悪意によるものだけであったなら彼は冷徹に対応できただろう。

 普段女性との接触を避けモリーにも三歩離れてついてくるように指示を出しているルメスは他者からの好意や愛情を受けないようにしているようにも見える。

 それを一歩踏み込んで愛情と悪意をない交ぜにしてぶつけてくるベリルだからこそルメスはそれに慣れておらず混乱して感情を露わにしてしまうのだろう。


「今だって仕事中だ。邪魔する気がないなら帰れよ」


「知ってるよ。だから僕は君に素敵な贈り物を持ってきたんだ」


 懐から巻いた書簡を取り出して渡す。訝し気にそれを受け取る。


「これは?」


「それはね、東のゴミ共の間者がどうやって僕の国を通り越して西へたどり着けたかって事とかが載ってる報告書だよ。なんと驚き。奴ら山の向こうを大回りして行ったんだって。そんな道を見つけていたなんて、いやあそっちにも網を張っておいて良かったよ」


「お前、まさか北にも手を伸ばしていたのか……」


 コスモニアの北には高い山々が東西に立ち並ぶ大山岳地帯が広がっており、それはまるで壁のように、あるいは鍋の蓋のように山をはさんだ反対側の北の大地とコスモニアの南の大地とを区切っている。

 風の噂によれば北には小国がいくつも乱立し、複雑な国家関係を形成しているとか。

 ベリルの口ぶりからすると、山岳地帯はアドリオスの北にも伸びているのだがそこから北へ抜けるルートを連中は見つけ出しているということなのだろう。

 そして山岳地帯の向こう側から暗殺者を送りこみ、西、つまりエリアスまでやってきて使節団に潜り込んで入国し、毒殺を行おうとしたということらしい。


「オレの仕事の事といい、北の事といい。何もかも把握してるなんて、まったく油断ならないやつだよ」


「ふふん。まあでも君のためならこのぐらいの情報出し惜しんだりはしないよ。仕事には踏み込まないけど手助けするのが良き夫のたしなみさ」


「だから違う!」




 二人がそんなやり取りをしていたころ室内では三人がルメスを待っていた。


「そういえば、聞いてみたかったことがある」


 ハンニが口を開く。


「マリヌス。あんたは正義にこだわりがあり正義を為すために今の地位に就いたと聞いている。だから気になるんだが、私やアリトのやり方について何か思うところはあるのか?」


 空の諜報兵団と灰の暗殺兵団。衛兵庁長官としてはどう感じているのか。

 アリトにとっても気になる話題であった。


「我々は責務を果たすために非合法な手段もいとわない。拷問や殺人、薬物の類だってそうだ。善人を騙すことだってあるだろうし殺すことだってあるかもしれない。そういった法や倫理に反する行為を正義の執行者であるあんたはどのように考えているのか。率直な意見が聞きたいね」


 この質問は暗殺兵団を知るものであるからこそ投げかけられたものだ。

 自分の仕事をする上でマリヌスが障害にならないかどうか、ハンニは知っておくべきであると考えたのだろう。

 諜報兵団の団長として味方のスタンスを明確にさせておかなければ足手まといになることを危惧したのである。


「そうだな……私は正義がまかり通る世の中を目指してコスモニアに参加した。私の正義感が私を突き動かした。……だがはっきりと言っておこう。私は正義を為すためならば、自分の正義感を捨ててしまってもいいと考えている。ここでいう正義とは国民を守るということだ。そのために私の価値観が邪魔になるというのならばそれは必要ないものだ」


 力強く確信に満ちた声。揺るぎ無い正義への希求。


「二度とテオニアのような理不尽が蔓延(はびこ)る国にしてはいけない。陛下の御言葉に私は同調している。そこを違えない限り私たちは協力できるだろう」


 三人は顔を見合わせて、うなずいた。

 そこにルメスも戻ってくる。ベリルのくれた資料をもとにして、四人は再び対策を練り始めるのであった。




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