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第一話 大公のお仕事 ③

 門番に大公だと言ってもなかなか信じてもらえなかったが、面識のある執事の人が館の玄関前で待っていてくれたおかげで、気づいて迎え入れてくれた。

 執事はこちらを見つけたとき相当に慌てて駆け寄ってきて不手際を謝罪した。

 てっきり馬車で来ると思われていたようだ。普通はそうだ。徒歩(かち)で来る方がおかしい。

 ともかくバルバ伯に面会すべく応接間へと通された。


 応接間のソファーの床には狼の毛皮が敷かれ、壁には鹿の首の剥製がずらりと並んでいた。

 奥の暖炉の上には弦を外した最新式の複合弓が誇らしげに飾ってある。

 その反対の壁にはバルバ伯の全身肖像画がかけられており、弓に矢をつがえ獲物を狙う様が描かれている。


「ようこそ。お待ちしておりましたぞ、黄金卿(おうごんきょう)


 笑顔のバルバ伯が手を広げて歓迎の意を表現する。

 豊かな黒髭をたくわえた(わし)鼻の紳士だ。

 前テオニア時代の伝統的な貴族服を身に(まと)っている。


「お久しぶりです。バルバ卿。ご壮健のようでなによりです」


 ルメスも微笑んで友好を示す。二人は近づき握手を交わした。


「ハハハ、なに、狩りに張り切り過ぎましてな。乗馬で少々腰を違和(いわ)してしまいましたわ。ワハハハ」

 伯はカンラカンラと笑った。


「それはそれは、どうぞお大事になさってください」


「痛み入ります。ささ、お掛けください」


「どうも。ですがその前に……」

 ルメスがモリーの方を振り返る。


「紹介しておきましょう。彼女は私の秘書を務める、モリーと申します」


「! お初にお目にかかります。モリーです」


 急に話を振られたことに驚いたが、つとめて冷静に振舞いお辞儀をする。

 緊張で少し声が震え気味になってしまった。


「今後仕事で顔を合わせる機会もあるかと思いまして、ご挨拶をと」


「ほお……なるほど。そういうことですか。よろしくお願いしますお嬢さん」

 何かを納得し、伯はモリーに微笑みかけた。


「はい、よろしくお願いいたします」


 思えば少々奇妙なやり取りであった。

 たかが一介の秘書ごときをわざわざ紹介などするものだろうか。

 顔を合わせるにしても重要な案件ならルメスが直接会えば済むこと。転送もできることであるし。

 そうでない事柄を任せるだけなら名前を覚えてもらう意味はない。

 のちにルメスにそのことを尋ねてみても「必要なことだから」としか教えてはもらえなかった。




 ともあれソファーに腰かけ、商談に入ることとなった。

 商談と言ってもまずはコミニュケーションを図るため世間話から入る。


 バルバ伯は冬の楽しみの一つであるというハチミツ入りホットワインの話をする。

 狩猟に携行して雪景色を(さかな)に一杯やるのがたまらないのだとか。


 ルメスは都で流行っている川魚の揚げ物の話をした。

 都の新市街の東を流れるティグラト川で獲れるサーモンのフライが評判なのだそうだ。

 サーモンと呼ばれるが実はその魚は(こい)の仲間であるなどという豆知識も披露した。


 そこから本格的に互いの交易品に関する取引を話し合う。

 

 バルバ伯からはハムや皮革(ひかく)堆肥(たいひ)といった北西地域で盛んな畜産業の産物のリストを提示する。

 冬前に交配を済ませた雄豚を農閑期(のうかんき)である冬に屠畜(とちく)してハムや腸詰めに加工するのだ。

 皮革は大公領や都の職人の手によって革製品に加工される。大公傘下の商会の主力商品の一つだ。


 ルメスからは秋に収穫した麦で作るビール、夏に収穫し乾燥保存したトウモロコシで作る油を提示した。

 大公領は国内でも一番の大穀倉地帯だ。

 主な作物はジャガイモ、豆、トウモロコシ、米、小麦、大麦だ。一部では(あわ)も作っている。

 それらだけでもコスモニア国民の多くの食料を賄うことができるほどの収穫量を誇る。


 しかしルメスの本当のメインとなる産業はそれらを使った加工製品にあるのだ。

 特にビールは大公領の目玉となる交易品であった。なお使うホップは他領からの輸入となる。

 さらに抜け目なく先ほどの世間話に登場した揚げ物に関連する油をさりげなく売り込むのも忘れない。


 バルバ伯の提示量と比べてルメスのほうが額が少ない。その差額を金銭で埋める。

 伯の畜産業は主な商品の出荷が春先に集中するため今が書き入れ時だ。

 対してルメスの農業はこれからが作付けの季節となるため、特に堆肥が必要なのだ。

 先行投資としていくらか支払うのはやむを得ないことであった。


 価格交渉をするが、(おおむ)ね伯の希望額に応じて譲歩する。

 これはとにかく自身の利益を追求すればいい商人などとは違う観点からの判断となる。


 大公ルメスの仕事の本分は国家を富ませることである。


 利益が多いほど産業は発展する。それは国家の力を高めることに他ならない。

 ルメス側がある程度資金を融通する形になった方が国家繁栄の観点からは都合がいいのだ。


 なにより利のある相手とは関係を続けたくなるもの。友好的な関係は万金(ばんきん)に勝る。

 商売のみならず政治の分野でも味方に引き入れるための駆け引きということだ。




「取引内容は以上でよろしいですか?」


「ええ。実に有意義なお話ができましたよ」

 伯は高く売りつけることができてホクホク顔だ。


「それでは合意ということで。またよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ。今後ともよしなに」


 二人は商談成立の握手を交わした。


「それではお(いとま)させていただきます」

 ルメスが立ち上がって(きびす)を返そうとする。


「もう行かれるのですか? よろしければいっしょにお食事でもいかがです?上等な肉を用意してありますよ」


「いえ、仕事が押していまして。お気持ちだけいただきます」


「ああお待ちを。実は娘がルメス殿に是非にと会いたがっておりまして……」


「いえ。結構。失礼します。お見送りも結構ですので」


 ピリッと顔を強張らせてルメスはそそくさと応接間から出て行った。


 それを追ってモリーも伯にお辞儀をしてから退出した。




「じゃあ戻るよ」


 ルメスはそう断ってから転送を行った。

 一瞬にして視界は切り替わり大公の執務室へと戻ってきた。

 アリトもヘルメスもいないようだった。


「はぁ疲れた。君もお疲れ。立ちっぱなしで大丈夫だった?」


 自分の首元のスカーフを外す。

 白いスカーフが反射する光が無いと、顔が少し青ざめて見えた。


「はい。私は平気です」


 体力には自信がありますっ、とモリーは元気そうに笑顔を見せた。


「――ああ、お昼ごはん食べに行っておいで。ゆっくりでいいからね。午後も行くとこあるからさ」

 首を(ひね)って体をほぐしながらそう言った。


「はい。……でも大公様、お身体は大丈夫ですか? 朝も調子悪そうでしたけど……」


「まあなんとか持つよ。それにしても……」

 ルメスは肩を落としてため息をついた。


「バルバ伯は交渉相手としてはましなほうなんだけど……。取り入ろうとする態度が露骨すぎるんだよなぁ……。最後の最後でドッと疲れたよ」


 椅子にどっかりと座ってそんな愚痴をこぼしたのだった。




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