第十二話 高き館の宴 ②
このパーティーは国の重要な政であるため、病などの理由で参加できず名代を出席させている者を除いては全貴族の当主がこの会場に集まっている。
公・侯・伯・子・男、建国時点での領地面積に応じて国王より与えられた爵位を持つ貴族たち。
実のところ旧テオニアにおいて爵位というものは存在しなかった。
新しく国を作る際に分かりやすい階級と、国としての体裁を素早く整えるための箔付けとして、極東の国で古くから使われている五等の爵位制度を取り入れたものであったのだ。
そんな爵位の中でもやはり公爵というものは特別な意味を持っている。
王の血縁(ベリルは除く)から選ばれる王にとって最も信頼厚き者だけ(ベリルは除く)がその称号を贈られるのだ。
もし王家に何かあった時には公爵家から次代の王が選ばれることになる。それだけ重要な意味を持っている。
公爵家はコスモニア四方を統治し、それぞれの近くに領地を持つ他の貴族たちはその地域の公爵の傘下に入る形となるため、言うなれば四人の小王とも呼べる存在なのだ。
ちなみに大公爵であるルメスは元々は副王の称号が贈られるはずであったが、仮にも王と名の付く者が二人もいては国が立ち行かないとこれを辞退したことがある。
これは国王ベルゼルの王権が絶対的なものであると周囲に知らしめるため、あらかじめ二人の間で取り決められたパフォーマンスであった。
四大公爵は南東のアシュタール、北東のベリル、南西のザガン、そして北西のフェノールだ。
フェノール公は元テオニア貴族でありながら旧時代でも善政を敷き、温厚な性格で人種を問わず誰からも慕われてきた人格者だ。
そのため彼の治める北東には恭順した旧テオニア貴族の多くが転封されてきており、彼には傘下に入った貴族たちと国との間を取り持つ緩衝役としての効果を期待して公爵の地位に就いてもらっているのだ。
ベルゼルとルメスはフェノール公が若いころにひょんなことから彼を助けて仲間に迎え入れることができた。
以来彼とは三十年ほど共に新国家のため邁進してきた同士であり、様々な問題を助け合い協力し合って解決してきたのである。
数年前。フェノール公からルメスに恥を忍んでと、とある相談事を持ちかけられた。
曰く彼の一人息子のベルゴーがとんでもない放蕩者で、職務を放り出して毎日遊び歩いているのだそうだ。
元々は真面目で誠実な子であったのに、今は言っても聞かないわがままなドラ息子になり他の貴族からの評判も悪くなる一方だと。
妻を亡くしてから男手一つで育ててきたのがよくなかったのだろうか、そう言ってフェノールは嘆いた。
それでルメスからも息子を説得してくれないかと泣きつかれたので承諾してベルゴーに会ってみることにしたのだった。
フェノールの屋敷の一室に通されるとソファーの背もたれに腕を乗せてだらしなく大股を開け座り、こちらに見向きもせずにふんぞり返っているベルゴーがいた。
公が「こら! ちゃんとルメス殿に挨拶しないか!」と叱っても「んおぉ」と気のない返事を返すだけだった。
「あーわりぃねー。昨日飲みすぎちまって頭痛くってさー。起きたら馬小屋の中で寝てたみたいで臭えのなんの。多分酔って馬で遠駆けしようとしてそのまま寝ちまったんじゃねえかなー。あぁ……いつもの店で女の子たちといい思いするはずだったのに予定が潰れちまったぜ。損しちまった」
フェノールはそれを聞いて開いた口がふさがらず普段穏やかな彼の握った拳がわなわなと震えるのを見て、ルメスはまあまあ任せてくださいよと冷静になるように退室を促した。
部屋にはルメスとベルゴーだけが残されている。
「それで? 大公さんは俺をどうするおつもりかな? 言っとくがつまらない説教を聞く気はないぜ。俺は俺の好きに生きさせてもらう。たとえあんただろうと……」
「もういいぞベルゴー」
言葉を遮り穏やかにそう言って向かいのソファーに座る。
ベルゴーは目を丸くして驚いている様子だ。
「もう御父上には聞こえていない。オレも自分から言うつもりはない。お前のままで話していいぞ」
「……お見通しでしたか」
ベルゴーは居住まいを正して深々と頭を下げた。
「先ほどの無礼をどうかお許しください。ですが私にはこうするしかない理由があるのです」
それまでの態度とはまるで違う丁寧な口調と真摯な気持ちを込めた言葉。
こちらがベルゴーの真面目で誠実であったという彼本来の性格なのだろうか。
「御父上のためか」
「はい」
聞けばフェノール公傘下の貴族たちがベルゼルではなくフェノールを王にしようと画策しているとのことだ。
人間族である旧テオニア貴族たちは他種族の血が混ざっているベルゼルよりも純血で人望のあるフェノールこそが相応しいと考える輩がいたのだ。
彼を慕うあまりに独善的になり過ぎる者やより高い地位を狙って打算で動く者など様々であるが、このまま生まれたてのコスモニアがまだ安定していない黎明期に連中の声が大きくなれば国を割るような事態に発展してしまう可能性があった。
それらの流れを押しとどめるためにベルゴーはを酒色に耽る道楽者を装ってフェノールの後継者である彼に取り入ろうとする者たちの佞言にまるで耳を貸さないという態度を貫いたのだ。
これにより扇動者たちは失望して考え直すか、あるいはうまいことコントロールして傀儡にしようと企むか、いずれにしてもベルゴーに期待しようとするものはいなくなった。
「父上も五十を超えました。いつ政務を行えなくなる日が来てもおかしくありません。そんな中で唯一の後継者である私が頼りないとくれば不穏な話は立ち消えになるでしょう。くだらない謀に父を巻き込みたくない。父と国のためにも私にはこれしか手段はありませんでした」
気高さを感じる強い眼差し。その人柄の良さは父譲りであるように思えた。
「それに実はレーム王子にだけはこのことを伝えてあるのです。私が後を継ぐことになった時に王子が今までの行いを改めるように私を叱責する手はずになっています。それまでは放蕩息子のふりを続けるつもりです」
次代の王であるレーム王子から言われて態度を改めたならば、ベルゴーが現王家を支持していることのアピールになるし、王家の権威も高まるということだ。
無用な混乱や争いを避けるため自分たちで考え行動している。
次世代の国を担う者たちは順調に成長しているということがルメスにとっても喜ばしいことであった。
「しかし恥ずかしいことです。父上の顔に泥を塗るようなまねをして……。こんな私では皆に尊敬される父上のようになど、とてもなれそうにありません……」
「……オレが言ったってことばらすなよ?」
だから、前途ある若者への激励のつもりで内緒話をすることにした。
「実はフェノール殿は若いころ大変な好色家でな、毎日あちこち出向いては女遊びに興じていたんだ」
「えっ!? あの父上がですか?」
「そう。女遊びの金を出してやったのも女に騙されて背負った借金肩代わりしてやったのもオレと陛下だ。しかもその時の経験からフェノール殿は女性不信になってしまってな。君のご母堂を娶るまでは女の使用人すら近くに寄せなかったほどなんだぜ。奥方がお亡くなりになってから後妻を迎えなかったのもそのためさ」
「父上に、そんなことが……」
信じがたいといった表情で、はあぁと深く息をはくベルゴー。
「まあ、なんだ。誰にだってこういうろくでもない経験くらいあるもんだよ。わざとやって良くないと自覚している君の方が上等かもな。だから気に病むな。曲がったことは何もしちゃいないんだからな」
そう言ってルメスは退室するとフェノールに会い、「ベルゴーは大丈夫です。長い目で見てあげてください」と説得した。
ルメスがそう言うならと納得し、この時の相談事はこれで決着がついたのであった。
そして現在。パーティー会場で商談を行っていたルメスにまたしてもフェノールが相談事を持ちかけてきた。
「どうか頼むルメス殿。この国で一番恐ろしいあの男を説得してくれ」
と、そのような難題であった。




