第十二話 高き館の宴 ①
王都ゼウルド新市街北部に建設された王城は当時の最先端の建築技術が使われており、特徴的なのが城の西側にて未だ建築途中であるかのファロスの大灯台に勝るとも劣らぬ威容を誇るハシスの塔だ。
この塔は余計な反乱を防ぐべく王の権威を誇示する狙いと、雇用を生み出し経済を回す公共事業を目的として建てることになったものだ。
コスモニア王ベルゼルの呼び名である天空にも届く高き塔の主、天空王を象徴する建造物であった。
その傍らにある城も眼下の建築物より高い位置に建てられており、そのジッグラトのように高き館もまた新時代のシンボルである。
今宵はその館の中でバルヴェラードの戦いにおける戦勝パーティーが開かれることになりルメスも大公として当然ながらそれに参加することとなった。
ルメスから夜会行くから準備しといてと当日の朝に唐突に告げられたモリー。
あくまで仕事だから気負わずにとは言われたものの貴族のパーティーなど庶民の自分には場違いもいい所でありどうにも不安な気持ちになってしまう。
着ていく服が無かったため多少サイズが大きいものの、パインから衣装を借りることになった。
ドレスを着たモリーに対してのルメスのコメントは、衣装を用意するということを失念していた不手際への詫びだけだった。
ちなみにルメスはいつも通りの黒コートの仕事着である。どこにでも着ていけるように仕立てた一張羅であった。
転送して王城内に飛んできた二人。
パーティー会場に入ると夜だというのに魔石ランプによって煌々と照らされた室内は真昼の太陽の下のように明るかった。
吹き抜けの円形に広がるホールには動物をモチーフとした幾何学的な文様が描かれた壁画。
それと上階部分では様々な種族の顔をした人物の彫刻が立ち並んでいる。
大勢の貴族たちが戦場から戻ったその足でやってきて、思い思いに戦場での手柄話に花を咲かせたり音楽に合わせてダンスを踊ったりしている。
ルメスが入来した様子を目に留めた煌びやかな装いの娘たちは早速足早に寄り集まってくる。
王家に次ぐ権力者、国一番の財力の持ち主、長命の美少年、未婚と、蝶たちにとってこれほど甘い蜜は他にはないだろう。
だがルメスはそちらを完全にスルーして会場奥の年配の貴族たちが集まっている談話のためのエリアへと転送して移動した。
「おお、ルメス殿」
「今晩は皆様。先の戦ではどうも。ご無沙汰している方もいらっしゃいますね。またお会いできてうれしく思います。皆ご壮健のようで何よりです」
それから社交辞令を一通り交わし挨拶も済ませたところで貴族の一人に「少しよろしいですか」と声をかけて商談を話し始めてしまうルメス。
パーティーとは貴族の歴々が一堂に会する数少ない機会であるのでこのように商談や取引について話し合ったりするものでもあるのだが、ルメスの関心は専らその点だけに注がれているため女たちや音楽などにはまるで興味を示さなかった。
そんなルメスの態度を弁えている者たちばかりでもなく、賢しい人間族の貴族が商談が一息ついたのを見計らって、玉の輿を狙おうと自分の娘を売り込んできた。
誰あろうバルバ伯爵である。まだ諦めていなかったのだ。
「ルメス殿。貴方に是非とも我が娘を紹介したく思いまして、どうかお時間いただきたく」
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。親ばかと笑われるでしょうが国でも指折りの美女と評判でして。さあ、ご挨拶を……」
進み出てきた女性は言うだけあって若く美しい品の良い淑女であった。
着ている衣装も派手過ぎず野に咲く白百合を引き立てるかのような演出が込められた可愛らしさと気品を醸し出すものである。
本当の貴族というものはこれほど洗練された美貌と優美さを持てるほどに自分を磨けるものなのかとモリーは感心してしまう。
「初めましてルメス様。バルバ伯爵の長女、エスリンと申します」
礼儀正しくお辞儀をするバルバ伯の息女に対してルメスの返答は。
「ああどうも。初めましてこんばんは。では失礼。――ああ、子爵。ちょっといいかな? 消毒液のことなんだが……」
とまったく素っ気のなさすぎる対応で、挨拶はもう済んだとばかりに他の貴族と別の商談を話し始めてしまった。
これには伯もその娘もぽかんとして呆気にとられるばかり。
仲間の貴族に「残念だったな」と肩を叩かれるまで呆然としていた。
当てが外れた伯はかわいそうに思ったけれども正直美人に心を揺らされてしまうのではと心配していたモリーは胸をなでおろし、そうだよね大公様ってこういう人だよねと改めて思った。
それから美人といえば大公様にもっと身近な女性たちがいたなあと何気なく会場を見回してその姿を探してみる。
見れば間違いなく自分が見た中で一番の美女であるアシュタール公爵が、若い美男子やセクシーなおじさまに言い寄られていた。
当のアシュタールは張り付いたようなアルカイックスマイルを崩さない。正直かなり迷惑がっているのが見て取れた。
だがそんなアシュタールに助け船が。それはなんとザガン公爵であった。
彼が「少し話させてくれ」というと群がっていた男たちは潮が引くように離れていった。
「久しいなアシュタール。元気にしていたか?」
「ザガンお兄様お久しぶりです。会えてとても嬉しいですわ。奥様はお元気ですか?」
二人は野望の町で暮らしていたころに出会ってからザガンがベルゼルの父方の血縁で、アシュタールが母方の血縁であることから親戚同士であるとして、年も五歳差と比較的近いので兄妹のように親しみを感じている仲なのであった。
「ダリアは人混みに酔ったらしいから休ませている。心配はいらん。それはそうと聞いたぞ。右翼先頭を率いてアドリオスに突撃したらしいな。全く勇壮なことだ。後方支援になど回らずに最前線で轡を並べれば良かったぞ。その雄姿を間近で見れたのに、惜しいことをした」
アドリオスに近い南東部を預かるアシュタールはいざ戦の際には常に前線に立って兵士を鼓舞することを己の定めた責務としている。
公爵としての務めと誇りだと。それが他ならぬ彼女自身が自分に定めた法なのだ。
そのため兵士たちは彼女を戦の女神であるかのように感じており、その士気は国で一番高い。
「お恥ずかしいですわ。女性としてはもっと慎み深い方がいいのでしょうけど」
「何を言う。都合のいいものやただ綺麗なだけのものなどどこにでもある。道端の石ころにさえ美点の一つぐらいは見いだせるだろう。お前はお前でなければだめだ。その気高い志が何物にも代えられぬものなのだ」
「恐れ入ります。お兄様」
先ほどとはまるで違う。感も情も入った親愛の笑顔だ。家族や友人に向けるそれをこの日初めて見せた。
「良し。私が先勝祝いにワインをたっぷり贈ってやろう。領内での私のワインの評判はどうだ?」
「ええ。大変よろしいですわ。でも繊維に関わる女性たちからはワインをこぼしたときの染みが取れなくて大変だと聞いています。ですから赤よりも白の方が好まれるかもしれません」
「なるほど! 白か! クハハハ! 分かった! 心得たぞ!」
ザガンも新しいビジネスチャンスに巡り合えて上機嫌になったようだった。
そのやり取りを見てからモリーはもう一人の美女を探してみる。
会場の一角に若い娘たちが一人の女性を囲んで楽しそうに話をしているグループがいた。
中心にいたのはエーシュであった。先の戦の話を女子たちにせがまれているようである。
娘たちの視線は少々陶酔的というか……エーシュに対していわゆる熱を持った憧れを抱く取り巻きたちのようだ。
エーシュはというと慣れないドレスの堅苦しさに矢継ぎ早の質問攻めを浴び続けて、疲れ気味に苦笑いを浮かべている。
ふと彼女を見つめる視線に気づいたのか、エーシュはモリーを見つめて少し口角を上げて笑って見せた。
モリーもお返しに少し笑みを浮かべ、会釈してルメスの方へ向き直ることにした。
アシュタールにしてもエーシュにしても、ルメスの仕事の邪魔をしたくないのだろう。だから話しかけてはこない。
その想いをくみ取ってモリーはきっとまたの機会に三人、もしくは四人でお話できるときもあるだろうと、今日のところはルメスの付き添いの仕事をこなすためにパーティー初参加の不安な気持ちを切り替えることにしたのであった。




