第十一話 バルヴェラードの戦い ④了
嵐が止み砂塵の晴れた場所にはいくつものごつごつとしたとても大きな岩が並んでいた。
こんな見通しの良い起伏の少ない平野に岩が。ウルルのように風雨に浸食されて出来上がった類の岩場だろうか。
しかしそれにしては岩のサイズや見た目がどれもほぼ同じように見えるし並んでいる間隔も均等だ。
その珍奇な光景の違和感はそれらの岩のそばにいる紫色のスカーフの兵士たちが文字通り、取り払った。
それは布であった。土埃を被って汚れた布が覆っていた物の大きさと形状に合わせて変形し、まるで岩であるかのように見えたのだ。
紫のスカーフの兵士、紫の機動兵団。布の下にあるのは彼らの使う兵器、それすなわち。
投石機だ。いきなり十二機もの投石機が戦場に姿を現した。
だがアドリオス軍の意識は南のコスモニア軍に集中していて誰もそのことに気づいていない。
それはそうだ。コスモニアは全軍で南へ移動したはずで、西の砂塵嵐の向こうに他の軍がいるなど考えもしなかったのである。
砂塵嵐が軍を覆い隠すなんて、こんな都合のいいものが起こるなんて誰が思えるだろうか。
そのとおり。こんな都合のいいことが偶然起こるはずはない。
砂塵嵐の起こっていた地点には石板のパズルで組まれた魔法陣がいくつも並んでいた。
これこそ青の魔導兵団魔術部隊と魔導研究所所長リオンの技術の結晶。暴風、集積、循環の魔術を組み合わせた砂塵嵐の魔術だ。
暴風の魔術で風を起こして上空に吹き上げ、集積で周囲の砂や土を集めて風に混ぜ、循環で空中に輪を描くように風を循環させて砂塵の壁を作る魔術。
敵の目を欺き重要なものをカモフラージュするのにはうってつけの手である。
今回の作戦は大団長ナキアがこの魔術を中心に据えて立案したものだ。
夜襲を仕掛けて混乱させたのも、身体のリズムを狂わせて朝眠くなるタイミングで戦闘開始したのも、南から突撃兵団で奇襲したのも、全軍で南に移動したように見せかけたのも、すべてはこの機動兵団の投石機部隊に気づく余裕を持たせないためだった。
そのために常に先手を打って戦争の主導権を手放さなかった。
主導権を奪われるということはこのように敵の作戦を読むことが難しくなり、敵にやりたい放題されてしまうということなのである。
そしてまんまと投石機部隊は進軍し、南を向くアドリオス軍の右側面へとあっさり接近することに成功したのだ。
見れば機動兵団の目の前には横向きのアドリオス軍が順番待ちでもしているかのように密集して一直線に並んでいるではないか。
そこへ投石機部隊は遠慮なく躊躇なく二十五キログラマの岩石を十二発一斉に一直線に放った。
アドリオスは何が起こったのか理解するのに苦労しただろう。
コスモニアと向かい合っていたら背後で轟音と悲鳴が上がり、振り返れば赤い水風船が弾けた跡がびちゃびちゃに広がっているのだから。
投石機の射程距離は最大四百メトロン近くまであるうえに機動兵団は調練により放物線を描いて射出するだけではなくほぼ真横にも飛ばせるだけの練度を誇っていた。
そのため水平に飛ぶ岩石の砲弾が兵士の頭をボウリングのピンの如く弾いて砕き、胴体を引っ掛け空中に巻き上げて薙ぎ倒してゆくので、その有様は横向きの竜巻が通ったかあるいは芝刈り機が雑草を刈るかのようであった。
岩石が上から降り注ぐときは点での攻撃だが横から薙ぎ払うのは線での攻撃になり、並んで放てば面での攻撃になる。
東西に伸ばされた戦列の棒が西から順に赤色に塗り替えられていった。
更には混乱と恐怖がポンプで押し込まれたかのように広がっていくアドリオスにとどめと言わんばかりにけたたましく乱雑にも聞こえる銅鑼の音が遠くから徐々に大きくなるようにして鳴り響いてくる。
それは虹であった。内側から青の魔導兵団の歩兵魔法部隊、緑の弓兵団の軽弓騎兵、そして黒の槍騎兵団の重装騎兵によるアドリオスに死を告げる暗い三色の虹が橋をかけるような放物線の軌跡を描いてアドリオス軍背後に迫っていた。
彼らは機動兵団のそのまた後ろに待機していたのである。
投石機で敵を崩しその隙に北側から攻め込んで、南のコスモニア軍と鍋の蓋を閉じるように挟撃することでアドリオス軍をぐしゃりと潰す。この作戦の最終段階だ。
魔法部隊は鍛えられた脚力で駆けながら炎の魔法を火山弾の如く降らせ、軽弓騎兵は馬上から矢をスコールの如く射かけて、重装騎兵は寄せては返す津波の如く突撃してはアドリオス軍の命脈を削り取っていった。
後ろからそのように攻められ横からは岩石、前は前で槍の穂先を切り落とされ盾を引っ剥がされ、斧槍で突かれたり短剣で突かれたりして、数で勝っていたはずがどんどん劣勢になっていった。
ここまでくると流石に大勢は決したことを理解できたアドリオスは撤退を決断するに至った。
そうなると脱出ルートは一つしかない。自国へ向かう東方向だけだ。
角笛で退却の合図を吹き鳴らし、全軍速やかに撤退する必要に迫られた。
それはつまり逃げるのに邪魔になるものは手放さないと間に合わないわけで、槍や盾は捨てていかなくてはならなかった。
囲師必闕、という言葉がある。
囲まれて追い詰められた敵は必死になって反撃し活路を見いだそうとするため、その時味方も多大な被害を受けてしまう。
ではわかりやすい逃げ道があったらどうだろう。敵は反撃することなく逃げることだけに集中して隙をさらし防御することすらできない。
まして反撃のための槍も防御するための盾も捨てたこの状況となっては。
そう、ここからが戦場で最も血が流れる苛烈な追撃の時間というわけだ。
赤の突撃兵団は敵の左翼、つまりは逃げる先頭の騎兵へと向かって弩弓を射かけた。
これは極東とエリアスの技術者たちによる共同開発で、大幅な小型化に成功したものだ。
威力や射程は通常のものに劣るが、軽くて弦を片手で引けるため取り回しが良い。
奇襲や自分たちが逃げるときに相手に一発だけ浴びせてやるのが基本になるが、この状況なら撃てば撃つだけお得のボーナスタイムだ。
次々に矢をつがえて引き金を引く。威力が低いので当たっても死に損なう者が多数だが、足止めや落馬に急所に当たっての致命傷を期待できるだけの効果はあるだろう。
落ちている槍も拾った端から投擲した。こういう時のために突撃兵団では投げ槍の調練も行っているのだ。
北側の方も負けてない。先頭集団に近い黒の槍騎兵団が何度も突撃を行い、緑の弓兵団も駆けながら流鏑馬のように馬上撃ちをかましていた。
先頭の騎兵を攻撃すれば負傷や死亡した兵士と馬が足を止めたり倒れたりして、人間でできた土嚢のように積み重なってゆく。
それを後続の兵士が超えて行こうとすれば必然的に障害物に足止めされて速度が落ち、そこを左右から狙われて土嚢の高さがいや増していくといった有様であった。
こうしてアドリオス軍は戦闘中に一万二千、撤退中に三万八千、合計五万人が戦死。
戦傷者行方不明者も続出し、結局アドリオスにたどり着けたのは一万に満たない人数だけであった。
バルヴェラードの戦いはコスモニアの勝利で終わった。
最初の夜襲から最後の追撃戦に至るまで常に先手を取り主導権を握り続けアドリオスの反撃を許さなかった。
この戦いでアドリオスは大いに弱体化し、国家の維持すら危うい状態に陥ることだろう。
だがこのまま攻め滅ぼすわけにはいかない。スタリアやバラナといった諸外国への矢面に立たせるため、傀儡政権を打ち立てるべく謀略を巡らせなくてはならない。
これからは水面下での静かな戦いとなる。おそらくは数年のうちに決着がつくはずだ。
コスモニア大公ルメスは戦の顛末を自軍の旗の下で見届けていた。
斜線旗。白地に黒の斜線が入っているだけのシンプルな旗印。
決して降伏を意味する白旗にはならないという不退転の決意を表す意匠。
白と黒、清も濁も飲みこみ国と主君に尽くす覚悟が込められている。
新たな戦いを見据えて、ルメスは戦後の処理のために動き出すのであった。




