第十一話 バルヴェラードの戦い ②
夜も更けてきて日付ももうすぐ変わろうかというころ、アドリオス軍の夜営地に突如として轟音が鳴り響いた。
閃光と爆発、そして熱波と漂う何かが焼ける臭い。それらを中心として広がりゆく炎の波紋。
天幕の寝床から身を起こして何が起きたのかと混乱し狼狽するばかりのアドリオス兵。事態の判断がつかず初動が遅れてしまう。
夜襲で火矢が使われることは想像できていてもそれが爆音を伴うことは範疇の外であった。
彼らは爆弾のような火薬兵器を知らない。この時代にはまだ無いのだ。
そうしてまごまごしている間にもう一度爆発が起こり、ようやく自分たちが危険な状態にあると察した兵たちが巣を壊された蜂の如くわらわらとテントからまろび出てきた。
まだコスモニアまで距離があると思って酒が入っていた指揮官がふらつきながらも消火と索敵の指示を飛ばす。
再度の攻撃に備えて陣を整え警戒するアドリオス軍。しかしそれからいくら経っても何も起こることはなく、襲撃者を発見することもできなかった。
それもそのはず。この夜襲撃してきたのはコスモニア青の魔導兵団魔法部隊の隊長クラス。その数、わずか十名。
魔法による暗闇に融け込む迷彩を展開して近づき、炎と衝撃を組み合わせた爆炎の魔法でテントの密集している場所へと一斉射。
敵が混乱している隙にもう一斉射して即座に離脱。鍛えた足で駆け抜け遠くに停めてある馬に乗りこんでこの場を脱出していた。
隊長クラスの魔法使いは家を一軒丸ごと消し飛ばせるほどの威力の魔法を放つことができるため、たった十人とはいえこの日の被害は六百人近くに及ぶことになった。
これまでコスモニアは防衛に徹していたため夜襲を仕掛けられたのはこれが初である。
正直言って道中は何も起こらないだろうと高をくくっていた。
だがこの襲撃でその認識を改め、徹夜で哨戒することになった。
とはいっても睡眠時間が確保できなければ疲労がたまってしまうのは自明の理。
仕方なく明け方まで起きてから朝日とともに眠りにつくことになった。
進軍を再開したのは午後になってからである。睡眠不足による身体のリズムの乱れからくる疲労でその速度は牛歩の如しであった。
二日目の夜。夜襲に備えて夜を徹しての哨戒が続けられていたが、明け方が近づくとさすがに気が緩んできた。
そしてそれを見計らってのタイミングでコスモニアが再び夜襲を仕掛けてきた。
今度は緑の弓兵団だ。数十騎の軽弓騎兵による火矢の一斉射撃が行われ、一度撃ったら即離脱して逃げて行った。
だが今回はちゃんと斥候も出して索敵をしていたため敵を察知するのが間に合い、あまり夜営地の深部まで入り込まれることなく被害は陣のふちをかすめただけにとどめることができた。
疲労がたまっていたので深追いすることは避けて、夜が明けてからまた午後まで眠ることになった。
三日目の夜も連日の襲撃から今夜も哨戒を最大限にして歩哨をたくさん立てて寝ずの番をする。
いつまでもやられっぱなしで収まるものか攻めてきた軍を逆に潰してやるとばかりに気合を入れる。
しかし、何故だか朝まで待ってもいつまで経っても夜襲をかけられることはなかった。
何とも肩透かしな結果である。気を張った分だけ気疲れして損をしただけに終わった。
四日目の夜。夜襲夜襲何もなしときたものだから一応哨戒をしっかりするものの、どの程度まで緊張感を持っていいのかいまいち心構えの具合に困る感じであった。
コスモニアに近づいてきたのだから今夜こそ攻めてくるに違いない、という意見が出た。
だが将兵たちには二日目の夜襲が効果薄であったのだから三日目からはもう夜襲をしないんじゃないか、という希望的観測を信じたい気持ちがあった。
人は楽な意見に流され、現実がそれに沿ってくれるように願う生き物であり、大概の場合その甘え故に判断を誤り大きな失敗をする。
四日目はその分水嶺であった。この時アドリオスは斥候を増やして少し強引な偵察を行うこともできた。
あるいは夜襲は無いものときっぱり決めて兵を寝かせて疲労回復に努めることもできただろう。
しかしアドリオスが選んだのは、待ち。受動的な対応者となること。
これまでと同様に工夫無く備えて相手を待ち構えることに終始してしまった。
たしかに夜に強引に遠距離まで偵察を行えば道に迷うかもしれないし、敵にうっかり接近しすぎて視界のきかない中での遭遇戦になるかもしれない。
その相手が斥候に出た他の味方の部隊で、そうとは知らずに同士討ち、なんてことになったら目も当てられない。
しっかり眠ったなら眠ったで襲撃に応戦するのが遅れて被害が拡大するだろう。
それらを踏まえれば待つ判断は正しい。
だが、正しければ成功するわけじゃあないのだ。
結論から言えばこの夜、襲撃は無かった。
一晩明かして疲れ切った兵士たちはまた肩透かしだったかとコスモニアの代わりに襲い来る睡魔に抗えずとぼとぼとテントに入って眠りにつく。
夜起きて朝眠る生活サイクルを身体がようやく覚えて少しばかり慣れてきたころ合いだった。
交代で歩哨に立った兵士が伸びをして目をしばしばさせている。
すると何か、背後からさす朝日の光の向かう先から、砂塵嵐のようなものが見えた。
だが不思議なことに五日目のこの日はあまり強い風は吹いていなかったのである。
歩哨が目を凝らしてよく見ると、砂塵嵐の根元に南北に伸びた長い壁のようなものがあるのに気づいた。
あんなところに岩壁などあっただろうか。蜃気楼か何かではないのか。
奇妙な光景に疑問符を浮かべる歩哨。だがだんだんとそれが何なのか理解が追いついてきた。
あの壁は動いている! あれは、あれはコスモニア軍だ!!
敵に気づいた歩哨が角笛をけたたましく鳴らして敵襲を知らせる。
うとうとしていた兵士たちは、はっと起きて眠りかけた脳を引き絞りテントから飛び出してきた。
本当だ。コスモニア軍だ。いったいどうして。なぜこんな距離まで気づけなかったのか。
偵察はなにをしていたんだ。
そう、偵察はどうなってしまったのか。
端的に言うと全滅していた。空の諜報兵団、戦闘攪乱部隊の手によって。
彼らはアドリオスを含めた他国の軍に入隊して潜伏し、有事の際には情報の奪取や調略、戦闘の攪乱を行う部隊である。
諜報兵団の働きによってアドリオスの各偵察部隊の居所はすべて把握済みだ。待ち伏せをして個別に殲滅することができた。
もうアドリオスは自分の目を潰されたも同じ。情報戦の段階で既にイニシアチブを握られていたのだ。
戦場にもしもは無いというが、もし斥候を増やして偵察を強化していたなら、もし兵たちを十分に休ませていたならば、展開はまた違っていたことだろう。
だが結果としてアドリオス軍は迫るコスモニア軍を目の前にして、眠気と疲労がピークにきている状態のまま慌ただしく戦端を開く羽目になってしまった。
定石や理屈だけでは勝利は得られない。このつけが一体どのような形で支払われることになるのか。
進軍五日目の朝、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




