第十話 工夫は足りないところから生まれる ②了
次にスーグが見せてくれたのは短剣であった。
と言ってもナイフのような小さいものではなく、刃渡り五十センメトロンほどのかなり厚みのある刀身をした、まさしく短い剣と呼べる代物であった。
「これはエリアスのグラディウスという剣を参考に青銅で作ったものです。鋼の剣に負けないように刀身は幅広で分厚く。青銅は鋼より重いため刃渡りを短くして振り回しやすくしています。密集した接近戦ではこの大きさが斧槍よりも有利に働きますよ」
青銅製品は鍛造ではなく鋳造で作る。
工廠の一角で職人が砂や粘土の鋳型に融けた青銅を流し込む様子や、冷えて固まったものを取り出して刃を鋭く研いでいる光景が目に映る。
特に切っ先を重点的に研ぐ。グラディウスは重厚な見た目に反して斬ることよりも突くことを主眼に置いた武器なのだ。
兵士たちは相手に肉薄した際にこの青銅短剣で喉などの急所を突く調練を行う。
斧槍と役割を分けたサブウェポンとしては最適な一振りだ。
金属部品の工廠とは別の工廠に移動する。こちらでは先ほどより多くの作業員が所狭しと長机の前に並んで座りちくちくと細かい作業に没頭している。
「ここでは革製の薄片鎧を作っています。蜜蝋で煮込んだ硬い革を重ねて厚くした小札をつなぎ合わせています。紐を通す用の穴は煮込む前に開けておく必要がありますね。部位ごとに担当者を分けて流れ作業をすることで生産能力を高めています。それほど難しい作業ではないので覚えてしまえば素人でもできます。特に最後の仕上げなんかは針仕事ができる女性に担当してもらってます」
こんな古代に限定的とはいえもう工場制手工業が生まれていた。
職人が専門的に行わなければならない作業とそうでない作業、それらを分業して生産できるゆえに薄片鎧が正式な防具として採用されたのである。
「この薄片鎧は上腕部分全体から大腿まで広い範囲を防御できる作りになってます。脇の方は縫い合わせていません。貫頭衣のように被って、脇についている帯を締めて装着します。このように作ることで体格の違うどんな種族でも少し調整すれば容易に着脱が可能になります。後は腰の革帯を締めて肩ではなく腰で鎧を支えられるようにして身体への負担を軽減します」
膝上までの丈の半袖のワンピースを想像すると解りやすい。
様々な種族に対応できる鎧を考えた結果このようなフリーサイズの鎧が考案された。
足を動かしやすいように股部分に二か所、縫い合わせの切れ目が入っている。
わきの下は開いているが上腕の前面はカバーされているため防御効果は十分だ。
胴体とその内臓部分に陰部といった急所、わきや太ももの大きい血管も守れる効率的な鎧である。
そして着脱が容易なことも大きな利点だ。
板金鎧などは一人で着ることも脱ぐこともできない。重いため馬から降りれば歩くことも一苦労だ。この時代にはまだ無いが。
簡単に着れるということは準備を手早く済ませて臨機応変に即座に対応できるということである。
簡単に脱げるということは少しでも早く逃げないといけない状況などに重い鎧をさっと脱ぎ捨てられるということでもあるのだ。
コスモニアは鉄が少なく、青銅もコストがかかるが、前テオニア時代やそれ以前から畜産が盛んであった土地柄が幸いして革製品に関しては蓄積された技術のノウハウがあった。
青銅製の薄片鎧は主に騎兵や後方の馬に乗る指揮官が身につける。
それでもやはり軽さや技術力に裏打ちされた革製の薄片鎧は多くの将兵に好まれた。
生産性、効率、防御効果、資源。薄片鎧はこれらを最大限考慮して採用された技術者たちの努力の結晶であった。
そして技術者や職人らを最も悩ませた武具が兜なのであった。
なぜなら種族ごとに頭の形が違うからである。
馬、サイ、ライオン、羊、豚、猫、犬、狐、象、熊、山羊、ワニ、鹿、猿、人間、兎、みんな違う。
革のブーツやグローブなどはサイズの違いこそあれ作り方は同じなためそれほど問題にはならないが、兜だけはそうはいかなかった。
種族ごとにオーダーメイドで作っていたら膨大な時間がかかり、戦争という一番やっかいな納期に間に合わない。
かといって人体で最も生命活動で重要な部位である頭部の保護は、兵士たちの安全と士気を保つためにも必要不可欠な要素である。
職人も世界中からルメスにスカウトされてきた技術者らも散々頭を捻り続け考え抜いた。
「その結果出来たのがこの横長の青銅の板を額に一枚、頭頂部に二枚、合計三枚取り付けて補強した革製の兜です。革製の帯を顎で締めて顔に巻き付けるように装着します。革の中には衝撃の緩和のためワタを詰め込んで、額に頭に頬を防御するための厚みを持たせています。後頭部に側頭部、それに顔部分は頬を除いて守ることはできませんが、少し調整するだけで角や耳を邪魔することなくあらゆる種族の頭を保護できます」
言うなればボクシングのヘッドギアの側頭部の部分を省き頭頂部に装甲を追加して、青銅の板を縫い付けたイメージだ。
正直言って堅牢な防御効果を求めるのは難しい。兜ならば攻撃を受け流すことができる半球のような曲線を描くのが望ましい。
青銅の板もカーブを描いた曲線ではあるが受け流し効果はさほど期待できない。
それでも、全種族共通で使用できる作り方が大体同じな兜であるという部分が、生産するにあたってはこれ以上ない利点だったのだ。
戦争に備えて可能な限り効率よく大量に作る必要があり、生産ラインを変えなくて済むメリットはデメリットを大きく上回った。
テオニア時代には他種族は戦場では奴隷兵として兜を与えられることも無かった。
種族の区別なく身につけられる兜は異なる人種の寄せ集めの武装集団をコスモニア軍としてまとめ上げる象徴でもあったわけだ。
最後に工廠の建物が建ち並ぶ場所より外れた位置にあるスーグの研究室へ向かった。
部屋の中には壁の棚に目一杯巻物が収まっていて、それらは机の上に書きかけのものがあるとおり何らかの製品の設計図であると思われた。
彼は窓際のテーブルに置いてある青々とした丸い筒を手に持って見せる。
「それって水筒ですか?」
モリーは食堂に水くみに来る職員の中に同じものを持っている人がいたのを見ていた。
「これは竹という植物です。私の生まれたところからコスモニアに移植してきました。太く育ったものを水筒として少し売り出してみたのでそっちのほうが知られていますね。非常に丈夫で加工しやすく様々な用途に活用できるすごい素材なんですよ。それとそこの……」
床に置いてある壺を指さした。
「この壺の中には漆という樹脂が入っています。触るとかゆくなるので大変です。塗料として使うと綺麗な光沢が出るし、塗ったものが丈夫で長持ちするんです。まあ強い日差しや乾燥に弱いのでコスモニアの土地とはあんまり相性良くないんですけど。採取できる木は移植するのに苦労しました」
テーブルの上にある竹の葉っぱを拾い集めている。
「私は今この竹と漆を使ってとても長くて軽い、しかも丈夫な槍を作りたいと考えています。来たるべき将来にあの斧槍も長さで不利になってゆくかもしれない。それを見越しての改良を今からやっていくつもりです。目標は六メトロン! ルメス様! どうか見ていてください! (ムシャムシャ)」
竹の葉食べてる……。




