第九話 灰の9 ④了
それは秋桜の存在しない九枚目の花びら。
理想の秩序を作り出すための一滴の毒薬。
何故人間族至上主義国家という価値観を持ったテオニアを歴史の土台にして多種族統合国家コスモニアは成立できたのか。
長い時間をかけて馴染ませたものではなくこれほどまでに短期間でそれを成すことができた理由。
それこそが民衆をけしかける有害な扇動者らを尽滅する暗殺という手段を行使したからである。
ほぼ無血に近いかたちで成功したクーデターも、その陰で築いた夥しい屍の山を積み上げることで到達したものであったのだ。
暗殺兵団の行動理念は不特定多数の国民の命が脅かされるとき、もしくは国家の存続に多大な障害をもたらされることが予想できるときに、国内でそれらの原因となる行動を行おうとした個人や団体を自国民も含めて秘密裏に抹殺することである。
暗殺という手段はときにその行為を周知させることによって周囲に対しての威圧効果を期待できる場合もあるものだ。
だが国民を守るためだとしても自国民を暗殺する集団が認知されては社会への不安を招いてしまう。
だからこそ、その存在の一切をごく一部の必要な人員を除いては誰にも知られるわけにはいかない。
暗殺兵団は国の組織である故に最重要の国家機密なのであった。
そしてそれを司る者こそが、大公爵ルメスの最も近くにいる人物。
灰の暗殺兵団団長にして四人の幹部の一人。大公の秘密を担う者。
大公爵の秘書。暗殺者アリトだ。
とある契約のもとルメスとアリトによって十六年前他の兵団に先駆けて創設された。
アリトはかつてテオニアの王や貴族に雇われる暗殺組織に属していた。
ルメスと出会った後に彼との協力を得て暗殺組織を掌握し、志を同じくする者だけを暗殺兵団へと編入して他は市井の人となるか、それらができない者は始末された。
彼らの目的は一つ。暗殺など必要がなくなるような国を作るあげること。
そのために自分たちの世代で国の障害をすべて排除して、後の世代に自分たちのような存在を受け継がせないことだ。
ルメスかアリトが引退するときにこの兵団は解体される。
それまでに旧時代から続く差別や因習を生み出すものを消し去り、事が成ったならば自分たちもまた消える。
その時が訪れることを目指して、彼らは鍛え上げられた殺しの技を揮うのである。
それに同調したのがバイスであった。
かつてテオニアで人間族でない種族が家畜同然に扱われ生殺与奪の権利を握られていた過去を嫌というほど知っているバイスは、ルメスから兵団の存在を教えられ兵団の仕事を持ちかけられたときに二つ返事でそれを受けた。
暗殺兵団はそのほとんどが諜報兵団のものとは別に独自に国内に張りめぐらされた情報網と諜報員たちによって構成されていて、暗殺の実行部隊は十人もおらず、諜報員らは自分たちが暗殺兵団に所属していることすらも知らない。
唯一存在を認知している実行部隊ではない構成員がバイスで、情報は全て彼のもとに一旦集められて整理されてから団長であるアリトへと届けられる。
ルメスがパインとバイスを部下に迎えた理由はパインには才能を、バイスには信用を買ってのことであった。だからバイスにこの務めを託したのだ。
もう二度と妻や子供を、大切な人を理不尽に奪う国にしないように。
家族を守るため家族にも明かすことのできない任務を、寮の管理人の仕事をカモフラージュにして裏で日々行っているのである。
夜明け前の執務室で魔石ランプの光をはさんで二人の男が向かい合い一方は机の上の書類にペンを走らせ、もう一方は壁に背を預けて目を瞑っている。
ルメスとアリトだ。二人の間に会話は無い。
そこへ部屋の天井近くの通気用の穴から何かが飛来してくる。
アリトは目を瞑ったままそれをキャッチした。飛んできたのは矢文ならぬ釘文であった。
文にさっと目を通すと壁から離れ一歩進み出る。
「処理が済みました。密輸された武器とその運び屋は王都の国立病院裏手の倉庫前に放置。予定通り諜報兵団に接触しないかたちで引き渡しが完了致しました。その他も全て加工済みです」
「良くやった」
闇の狭間に灰の瞳が浮かび上がる。
暗殺兵団に実行の許可を出すのはルメスの役割だ。最終的な判断と責任はルメスが負うことになる。
「十年近く不穏分子のあぶり出しのために泳がせておいたが今回で大体片が付いた。残党には引き続き警戒が必要だが武器が無ければ大きな行動は起こしにくいだろう。ご苦労だった」
人間神の神殿が王都から離れた、大公領に近い位置に建てられたのは監視のためだ。
神殿建設場所を決めるくじには当然細工がされていた。
前時代で好き放題していた連中が何事かやらかさないはずがないと用心していたのが功を奏したのであった。
吹き溜まった埃を一気に掃き出すことができたというわけだ。
報告が終わり執務室を出て行こうとするアリトの背にルメスは言葉を投げかける。
「もう少しだ。今回のこと、わざわざこっちの信徒共に接触してくるなんてアドリオス側も追い詰められてきている証拠だ。オレたちでけりをつけるぞ、アリト」
勝利した後(勝てればだが)支配することを考えると権力を分散させるのは好ましくない。
なりふり構ってられなくなったことの表れであると言える。
「そういう契約です。閣下」
彼は主君に対して忠誠でもって仕えているわけではない。
二人を繫いでいるものはただアリト自身の目的のための契約によるものであった。
翌朝、目を覚ましたモリーは昨日の遊び疲れを振り払うように独身寮の前で朝の日差しを浴びながら伸びをしていた。
するとジーナが寮の方へと歩いてくるのが見えた。なんだかふらふらしている。
「あ、ジーナさんおはようございます。お散歩ですか? 昨日の今日でお疲れみたいですけど」
「んー、おはよー。やー昨日疲れてんのになかなか眠れなくてさー。気晴らしに歩いてきたとこー。これからもっかい寝るよー」
ふああ、とあくびをして肩を回しながら自分の部屋へと入ってゆく。
「起きたら金物屋行かないとなぁ」
ボソッと小さく独り言を言って戸をパタンと閉めた。
金物屋? 何を買いに行くんだろう? そう思ったところで自分も石鹸をはじめ生活雑貨を買いに行かなければならないことに気づいた。
ジーナのもらした言葉をすぐに忘れて、明日からの仕事に備え連休の二日目をモリーは始めるのであった。




