第一話 大公のお仕事 ②
モリーは内心かなり動揺しながらも応答した。
「よろしくお願いしますっ! ……その、大公様で、いらしたんですか?」
半信半疑で恐る恐る質問してみる。
「そうだよ。言ってなかったもの」
ルメスは少し目にクマのあるしれっとした顔でそう答えた。
「長命種なんだ。見た目通りの歳じゃないんだよ」
「そうだったんですね……。驚きました」
どう見ても十代半ばにしか見えない若い容姿をしているがコスモニア建国まで三十年、今は建国十年目であるから、それだけでも四十年ほど活動していることになる。
人間族を基準にして長命、短命の種族は割といる。それ自体は珍しいことでもない。
だが見ためで判断されることはたまにある。言わなかったのはルメスなりの処世術のつもりなのだろう。
「さて、こちらの彼を紹介しよう。君の先輩となる第一秘書のアリトだ」
ルメスは向かって左の机に座る初老の男性を手のひらで指し示す。
「オレに仕えて十五年になる。頼りになる男だ。職務の都合上、単独で仕事をしてもらうことも多いから常にここにいるわけじゃないけど、仕事について教えてもらうといい」
アリトはルメスに会釈した後、モリーに向き直った。
「アリトです。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。アリトさん」
モリーは笑顔で挨拶を返す。先ほどの動揺も、もう収まったようだ。
兎族は頭の切り替えが早い。
日光に砂嵐、雨が降れば洪水。毒蛇、毒虫もいる砂漠では判断の遅れが死につながるからだ。
「他の職員に関しては追い追いね。まずは仕事に慣れるとこから……」
「ごほん! うぇぉっほん!」
わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
部屋の右奥に座っている体格のいい老人が懐から取り出した櫛を長くウェーブがかった髪に通している。
そしてスッと立ち上がるとスススッとモリーのそばまで寄ってきて彼女の手を取った。
「初めまして麗しいお嬢さん。ルメス君の大親友、いぶし銀のナイスミドル、ヘルメスでっす」
ヘルメスと名乗った老人は白く整った歯がキラリと光るキメ顔の笑顔を見せた。
「ふえぇっ!? あの、その……」
父を除く男性との接触は小さいころの子供同士のじゃれ合い以来なモリーはどう対応していいかわからない。
するとヘルメスの頭上に突然何かが現れ落ちてきて、
コーーーン
と、頭とぶつかって音が鳴った。木桶であった。
「痛っでえっ!?」
ヘルメスは頭を押さえてうずくまった。
「なーにがナイスミドルだ。ジジイのくせに」
「なにしやがる! 金ダライじゃあるめえし、俺じゃなかったら大怪我だぞ!」
立ち上がり涙目で文句を言う。木桶はルメスが落としたようだ。
「ああそうだな、――だからやったんだ」
「こんにゃろう……!」
ルメスは悪戯をするときの猫のように瞳を暗く煌めかせ、三日月のような口で笑った。
「あの、大公様、この方は……」
「ああ、この部屋にたまにいる変なジジイだよ。基本的に無視していいし、もし何か変なことをされそうになったらオレを呼ぶか大声を上げるんだよ」
親が子供に言い聞かせるような警告をされた。
「おまっ、人を変質者みたいに言うんじゃねぇよ!」
「親御さんから預かってんだぞ。お前みたいなケダモノを近寄らせるわけねーだろ。大人しく隅っこで体育座りでもしてろ」
「やだ! 癒しが欲しい! きゃわいい若いおにゃのことお話ししたーい!」
「わがまま言うんじゃありません」
ルメスとヘルメスはだいぶ遠慮のない関係であるようだ。
「閣下、そろそろ……」
アリトが声をかける。
「ああ……そうだな、行くか。――モリー」
ルメスは立ち上がっていつの間にか腕に抱えているコートを広げて着こみ始める。
木桶といいコートといい一体どこから取り出したのであろうか。
「早速だが君には早く仕事に慣れてもらえるように、普段オレがどんな仕事をしているのかを見せたいと思う。外回りの予定を入れておいたから、今日一日オレについてきてほしい」
漆黒のコートを着て純白のスカーフを巻く。左胸には有翼の銀蛇の刺繍が光る。
「はい。わかりました」
「そっちの机の上にある板持ってね。紙はさんであるやつ」
「はい」
向かって右の机の上にその板があった。ここがモリーの机なのだろう。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「いってら」
モリーも「行ってきます」と言おうとした。
だがその瞬間、モリーの視界に映る映像が、まったく別の空間のものに切り替わった。
そこは外の風景であった。
「行っ、て……え? ……えっ!?」
しかしまったくもって不明な場所であった。
驚き混乱したモリーは周囲を見渡す。仮にここが大公館の前であるならば職員用の独身寮や貸家、大公傘下の商会の各窓口となる施設が立ち並んでいるはずである。
だが周りには草原が広がっており、少し遠くに田舎の街並みが見て取れた。
そして後方には大公館と似ても似つかない外観の、大きな屋敷がその威容を誇っていた。
「こ、れは……ここは……?」
「今日の営業先だよ」
数歩分離れた位置にルメスが立っていた。
こうしてみると二人の身長は同じくらいだがモリーのほうが耳の分ルメスより高い。
「一体、何が起こったのでしょうか?」
「オレと君をここに転送したんだよ。さっきヘルメスの頭上に桶を転送してきたみたいに」
平然と転送した、なんて言い放ってきた。
「まあ、魔法……みたいなものだと思っておけばいいよ」
魔法。モリーは話には聞いていたがこうして目の当たりにするのは初めてであった。
コスモニアという国は世界で初めての魔導国家である。
魔導とは自然界の営みから生まれる余剰エネルギー『魔力』を利用するもの。
魔法と魔術。二つを合わせて魔導という。
魔法とは個人が魔力を使用して任意に様々な現象を引き起こす技能のこと。
魔術とは組まれた魔法陣に魔力を流すことよってそれぞれに応じた現象を引き起こす技術のこと。
魔法使いは主に高価な魔石の魔力充填や軍の魔導兵団でその力を振るっているため、一般人には馴染みがない存在である。
だが魔術師に関しては王都新市街や大公領の地下にある上下水道を半自動で浄水するシステム、大規模浄水魔術があるため、一般人にも身近な存在になりつつある。
このように魔法、魔術が発展し始めている背景には魔導学園および魔導研究所の存在が大きい。
コスモニアは歴史上世界各地のほとんどの地域で外法の技とされ忌み嫌われてきた魔導技術を一つに結集し、初の魔導総合教育研究機関の設立を成し遂げたのだ。
そしてそれらを主導している人物こそが大公ルメスだったりするのであった。
「とにかく仕事にうつろうか。これからバルバ伯と取引の打ち合わせがあるから、君はその紙に覚書を書いてほしい」
「わかりました。でもいいんですか? 貴重な紙に」
紙の製造はコスモニア建国後から本格的に始まった。
生産数も少ないため重要な書類にしか使うことはできない。ましてやメモ書きに使うようなものではない。
ちなみに学校で文字を習う際には、枠のある木の板に入れた目の細かい砂の上に書いて覚えるのだ。
「必要なことだからね。――それと、守ってほしいことがある」
ルメスは少し真剣な表情になった。
「オレと行動するときは必ず三歩以上離れてついてきてくれ。打ち合わせ中オレが座っているときも三歩以上離れて立っていてほしい。どうか、よろしく頼む」
今もルメスはモリーから少し距離を置いた位置に立っている。
ルメスにとっては重要な事柄らしかった。
「はい……わかりました」
モリーはその言葉に奇妙な違和感を持った。それが何なのかは分からなかったが。
二人の距離の間にある何かが、とても寂しいものであるように感じてならなかった。




