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第九話 灰の9 ②

 豊穣神殿前の南側大通りは中央に馬車用の道とその外側の駐車スペース、そしてそのさらに外側に露店や商店が左右に立ち並んだ大勢の人々が行き交う広い歩道にと正確に区切られている道路だ。


 神殿に近い位置には駐車している交易品を積んだ馬車から直接商売を行う馬車市が開かれている。

 見栄えもよく商品の数も豊富、国内外から買い付けられた様々な種類の商品が馬車の前に並べられる。

 中には荷台を改造して階段状に展開できる陳列棚を広げている馬車もあり、左右にある花飾りも相まって特に通行人の目を引いていた。


 馬車を持てる行商人というのは比較的裕福な者に限られ、馬車市に出店するための場所代を払えるだけ稼げる商才が無くてはならない。

 コスモニアの商業組合に顔を出している者も多く、横のつながりと信用がものを言う場所である。

 そういった商人らは市場の流れを読んで、ある程度需要の見込める定石の商品を多く仕入れるため、食品や雑貨などを求めるならば馬車市の方を巡るのがいい。


 お土産を買うなら商店だろう。神殿ゆかりの民芸品や縁起物をたくさん売っている。

 豊穣神は馬を作ったという逸話があるため、馬の細工物が大小色とりどりに並ぶ。売っている店主も馬族だった。

 またコルヌコピアという細工も並んでいる。つの型に編んだ籠に野菜や果物の模型が入ったものだ。

 亜種として本物の角に装飾を施したものもある。角は動物のものを使った安価な商品だけでなく、角ある種族の抜けたものを使って加工された高級品など種類に富む。


 少し変わった物品を求めるなら馬車市より南の露店を探すといい。

 馬車を持たない商人が他にはない個性を出した商品で勝負すべくどこから仕入れたかもわからない珍品を売っていたりする。

 象の形をした香炉や刺繍の凝った派手な布地。聞きなれない果実のジャムや奇妙な色の動物の皮。

 ワニ顔の店主が変わった意匠の動物の彫像やパピルスなんかも売っていた。


 スフィーハの屋台もある。羊の挽き肉や玉ねぎ、にんにくや柘榴などを生地にのせたピザ風の食べ物だ。

 食べ歩きしやすいように薄い生地をクレープのように巻いてソースをつけたタイプもあった。


 モリーとジーナはそんな街をあちこち巡ってウインドウショッピングを楽しんでいた。




 だが、そこへ二人の様子をつけ狙う怪しい小さな影あり。

 それは人混みに紛れてすすすと近づくと、店先で中をうかがうジーナの不意を突いて彼女のバッグをかすめ取り「いただき!」と言い残して逃げ去ってしまった。


「あっ? えっ? 嘘! 泥棒!?」


 ジーナは慌てふためき肩に下げていたバッグを掴もうと手で空を切る。


「追います!」


 モリーは言うが早いか放たれた矢のように駆け出した。


 盗人は手慣れたものらしく人混みの中をスイスイと、人の海を潜る深海魚の如くその体格の小ささを生かしてこちらをまこうとしてきた。

 対してモリーは、驚くべきことに目にもとまらぬといった俊敏さで人波の切れ間を縫うようにジグザグに走って相手を追い詰めてゆく。

 それはさながら天より降り注ぐ雷光の軌跡の如しだ。

 普段の仕事では発揮する機会のない全種族でも指折りの俊足を誇る兎族の面目躍如といったところである。

 そして兎族の誇るもう一つの身体能力の強み。それはすなわちジャンプ力である。

 バッグを持つ盗人を視界にとらえたモリーは跳躍! 歩いている人間五、六人隔てた距離を優に飛び越え身体をひねって着地し相手の進路に立ちふさがった。

 月にいなくとも兎は飛べる。翼の無い鳥のように。


「止まりなさい!!」


 手を大きく広げて逃走を妨害する。

 盗人は驚いたが「おれだって!」と跳躍しモリーを飛び越えた。

 すかさずモリーは振り向きざまに「やあっ!」と自分のバッグを掴み投擲する。

 回転しながら飛翔するバッグは盗人の足に絡みつき、もつれた足で着地してもんどり打って倒れ路地裏へと跳ねるように転がり込んでいった。


 追いかけると盗人は慌てて逃げ出そうとしてもがき、モリーは逃がさないように距離を詰めようとするが、奥から何者かの気配がしたので警戒して近づくのをやめた。

 すると建物の影から体格の大きい強面の男がぬっと現れる。見るからにかたぎではなさそうだ。

 男は二人をじろりと見ると盗人のほうへと音も無く歩み寄りその頭を拳骨で殴った。


「痛ってえ!!」


「馬鹿野郎!! この人は大公様の部下じゃねえか! よりにもよってなんて相手に手え出してやがる! さっさと返すもん返しやがれ!」


「ええ!? そんな! ひでえよ兄貴、だって……」


「だってじゃねえ!! 黙って返さねえかっ!!」


 男は盗人からバッグを二つとも取り上げて砂埃を払いモリーに差し出してきた。


「すまねえお嬢さん。こいつ盗人時代の癖が抜けなくてよ。もうこんなことしねえように俺がよく言い聞かせておくから勘弁しちゃくんねえか」


 信用していいのか。バッグを受け取りながら警戒を崩さない。

 いつもからは考えられないほど砂漠の月のように冷たい瞳と声を相手に向けた。


「……私なんかを知っているなんて、随分と事情に詳しいんですね」


「おう。昔は事情通じゃねえとまともに生きていけなかったからな。大公様のおかげで昔よりましな生き方ができるようになったってのに、恩を仇で返すところだったぜ」


 モリーの視線に肩をすくめて自分の首に手を置いて首を動かしコキリと音を鳴らした。

 その時丁度ジーナが息を切らして胸を揺らしながら駆け込んできた。


「はあっ、はあぁ……。もー足速すぎだよぉ……」


「ジーナさん鞄取り返しましたよ。彼らどうします? もうしないって言ってますけど」


「あー……返ってきたならもういいよ。気分直しに何か飲みに行こう。喉渇いちゃった」


「そうですね。行きましょう。……お酒は遠慮しますからね」


 こないだのエーシュとの飲みで浴びるほど飲まされたことが記憶に新しく思わず胃酸がこみ上げてくる心持ちであった。

 盗人とその兄貴分に対しては思うところも無いではないが、大公様に恩義を感じているという部分を信じてみることにした。

 とにかくその場を後にして気を取り直し、もう一度大通りの方へと戻っていったのだった。


「……あの娘の目。昔、どこかで見たな」




 お土産を買い神殿の祭儀も見物して観光を堪能した二人は帰路についた。

 馬車に揺られて少々の眠気を感じながら独身寮の前へと辿り着く。

 寮の前では管理人のバイスが掃き掃除をしていた。


「おや。二人とも今お帰りですか?」


「バイスさんただいまです」


「いやーいろいろあって疲れちゃったわぁ。お土産は部屋で身体伸ばしてから持っていくでいいですかね」


 ジーナは腕をプラプラさせてしんどそうにしている。


「ははは、期待しておきます。疲れを残さないように早めに休むといいですよ」


「はい。じゃあ失礼しますね」


 部屋に入って一息ついてから荷物を広げていると、お腹がくぅと鳴り響く。

 食べ歩きはしたもののまだまだ食べ盛りの身体は簡単に消化しきってしまったらしい。

 バイスへのお土産を持って街のお店にご飯を食べに行くことにした。

 寮の前でバイスがジーナからお土産を受け取っているのを見て、ジーナにも夕食を一緒にどうかと誘ってみたが、疲れているから適当に食べて済ませるつもりだと断られた。

 自分のお土産を渡してから、街へ向かって歩き出し、大公館の前を横切ろうとしたとき。


「あれ? アリトさん」


「ああ、モリーさん。これからご夕食ですか?」


 大公館へと向かうアリトと出会った。


「はい。私今日は豊穣祈願祭に行ってきたんですよ。明日お土産持っていきますね。アリトさんはこれからまだお仕事なんですか?」


「ええ。ちょっと部下から報告を受け取らないといけなくて」


「お手伝いできることありますか?」


「いえいえ大丈夫ですよ。お気になさらず休日をゆっくりしていってください」


 アリトはそう言ってそれじゃあと会釈して大公館に入っていった。

 まあそれならとモリーは暗くなり過ぎないうちにご飯を食べに向かうのであった。




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