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第九話 灰の9 ①

 葬送。コスモニアでは原則として火葬が適用される。

 前国家テオニアやそれ以前に興亡してきた国々において多くの場合国教とされてきた人間神信仰。

 人間神を象徴するものは文明の始まりを意味する火。火葬は人間神の浄化の炎によって魂が清められることを願うものだ。

 慣習として続けられてきた火葬は近年新しくもたらされた衛生という概念により、他の葬送法よりも衛生的であること、なおかつ遺骨を埋葬する際の土地効率の良さから法律で正式に定められた葬送法になった。


 内務省に葬儀管理課という部署がある。国民の戸籍管理の一環として設立された、死亡届書の受理と火葬場や墓地の管理を行うものだ。

 現在アドリオスとの戦時下にあり、戦争で死亡した自国民の合同葬儀が毎年のように行われているためその対応役が必要であったのも設立理由の一つだ。

 大公領は他領他国からの移民流民が移住してくることが多く、そのうち家族がいる者の割合は少ないため戦争ともなると徴兵されて戦死した多くの無縁の死者がでる。

 そのためあらかじめ早い段階から火葬場や無縁墓地の手配をしておく必要があるのだ。


 課の責任者であるビフロという小柄な禿頭の老人との話し合いを行った。


「それじゃあ手はずは例年の通りに。合同葬儀のウチからの負担額もそのように」


「わかりました」


「それから、予備のほうもまたよろしく頼む。ついこないだから間が開いてなくて申し訳ないが」


「いいえ、仕事ですから。どうかお気になさらず」


 お互い心得たものであるらしく短いやり取りでその場での話はまとまった。


 葬儀管理課の窓の外に見える丘の上には火葬場がある。今日も誰かの葬儀が行われていたようだ。

 石造りの火葬炉の煙突から立ち昇る灰色の煙が空を覆う雲の灰色と混ざり合う。

 それは安らかに眠る死者を、先を逝き灰となった者たちが天へとすくい上げるために手を差し伸べに来ている歓送の宴であるかのようであった。


 話し合いが済んだ後、帰るときの廊下でモリーはふとその光景に目を止める。彼女の胸中に思い出されるのは両親の姿だ。

 自分を温かく送り出してくれた父と母は元気でやっているのか。

 遠く離れた地にて一人仕事を続ける自分は両親の身に何かあった時に、あるいはその死に目に会うことができるのだろうか。

 誰かの最後を看取る。その想像を巡らしたとき不安とも恐怖ともわからない、得も言われぬ荒涼の風が彼女の心を吹き抜けていった。


 そしてこうも思う。短命種である兎族は平均して三十五から四十前後で病に罹りその命を散らせる。

 十五歳の自分はすでに若者ではなく人生の半ばに差し掛かろうとしている青年なのだ。

 これから先、四十まで今の仕事を勤め上げたのなら、その時自分の命が終わるのならば。

 長命種であるルメスは自分の最後を看取ってくれるのだろうか。そんなことを考えた。


 そんな思いを知ってか知らずか、ルメスが何気ないかのように話しかけてきた。


「そういえば明日から連休だっけ? どっか行く予定あるの?」


「え? はい。受付のジーナさんと一緒に神殿街のほうへ。豊穣祈願祭を巡ってみようかなって」


「そっか。気を楽にして羽を伸ばしてくると良いよ。人混みには気を付けるようにね」


「はい」


 ルメスの気遣いを嬉しく思う。それだけで気持ちが安らぐのを感じていた。

 自分よりも年下に見える、ずっと年上の大人の男性。仕えると決めた自分の主。

 今の自分の為すべきことはただひたすらに臣下として主を傍でお支えすること。それだけだ。

 だが、そう思えなくなる日が来たとしたら自分はどうするのだろうか。

 胸の隅で冷たい棘がそう囁くのは、聞かなかったことにした。




 翌日。王都へと向かう乗りあい馬車の停留所にてモリーと大公館の受付のお姉さんであるジーナは待ち合わせて馬車へと乗り込む。

 モリーが秘書として着任した日に案内をしてもらって以来、数少ない同じ女性職員として友誼を結びプライベートでもたまに一緒に出掛ける仲になった。

 今日も以前一緒に買いに行った革製のバッグを肩から下げて、女同士気兼ねない物見遊山と洒落込もうというわけだ。


「知ってる? 祈願祭やってる神殿に(まつ)られている豊穣神様って女の神様なの。それでその女神様、子供はいたけど結婚はしてなかったんだって。私それ聞いてやっぱり結婚くらいはしたいなーって思ったの。神様だって結婚してない方もいるーなんて言われたって慰めになんかなりゃしないものね。はぁ……私らみたいな世に出て仕事しているお転婆拾ってくれる素敵な殿方ってどこかにいないものかしら。結婚した後も仕事続けるのかって言われると迷っちゃうなあ」


 馬車に揺られながらの雑談とも愚痴ともわからない会話に相槌を打ちながら、そのプロポーションや自分に気配りしてくれる世話焼きの良さといった魅力をもっと押し出せば彼女は世の男性らから引く手あまたであろうにと、モリーはそう思うのだった。


 都の王城の目の前にある丁字の大通りから西へと向かう道を辿っていけば、大公館の目の前にある道へと直線で繋がっている。

 そして王城と大公館を繫ぐ道の直線上には国で認められた様々な信仰ごとの神殿が立ち並ぶ神殿街がある。

 各神殿の目の前にはそれぞれ大通りがまっすぐ南へ伸びており、空から見れば道が(くし)のように映ることだろう。


 豊穣神の神殿は神殿街中央やや西側の比較的大公領寄りに建っている。

 神々の降り立った地とされるエリアスのパネスにある万神殿の建築様式を踏襲したドーリア式建築物だ。

 人工的な丘の上に建立された巨大なエンタシスの円柱に支えられた荘厳な神殿の威容は遠くからでも見る者を圧倒する。

 神殿前の大通りには信徒や観光客向けの商売人が居を構えている。

 王城前から大公館前までの道路にこのような神殿とそれぞれの信仰に沿って発展した街が立ち並んでいる、コスモニアの信仰の自由を象徴する都市がこの神殿街というわけだ。


 豊穣神の神殿前通りの手前くらいの位置にある停留所に降り立つ二人。

 これから街を巡って出店を回ってみようかと思っていた、その矢先のこと。

 目の前に、杖を持った黒いローブ姿の集団が現れモリーたちとは逆の方向へとぞろぞろと歩いてきたのだ。

 わきによけてそれを見ていると向こうもこちらをじろじろと見やってきて、中には忌々しげにしかめ面で睨みつけてくるやつやフンッと鼻を鳴らすやつもいた。

 集団が過ぎ去ってからジーナはモリーの腕を引いて「行こう」と促してきた。


 連中は人間神の信徒たちだ。持っている杖は燭台であり祭祀や儀礼の際には蝋燭を取り付けて火を灯す用途がある。

 袖口の広い黒いローブは人間神の肉を(ついば)んだとされる鴉を象徴し、その姿を模すことで人間神の力の恩恵が腑分けされ自らに注がれることを願っての意匠である。

 彼らの向かう人間神の神殿は豊穣神の神殿の西側二つ隣りにある。

 かつては国教として隆盛を誇っていたものが王都よりだいぶ離れた位置に拠点を構える形となった。

 神殿街建設の際にどこにどの神殿を建てるのかはくじ引きで決めたことではあるが、今の位置がそのまま人間神信仰の立場を象徴していると言っていいだろう。


 建国より十年が経ち他種族や他の信仰に対して寛容な人間族も増えてきている昨今に未だ排他的な思想を持った旧時代の価値観に固執する者は人間神の信徒の中でも少数派になりつつある。

 しかしそれでもなお一部ではコスモニアの在り方に不満を持つ者らの温床のようになっており、今のところ表立ってトラブルを引き起こしてはいないものの目に見えぬ軋轢は日増しに高まってきている。

 陰鬱な服装の集団は豊穣祈願祭の華やかさと比べると陰と陽、影と光だ。

 神殿街の影の部分を先に見てしまったモリーらには少々幸先の悪いスタートとなってしまった。




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