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第八話 八大兵団 ④了

 ルメスが言いながら歩き出してモリーもその背を追う。

 近づいていくと向こうもこちらを見つけたらしく、エーシュはこちらへ向かって、飛んだ。

 飛んだのだ。文字通り空へ浮かぶようにふわりと、風に飛ばされた服が宙を舞うように。

 そして静かにタンポポの綿毛が地面に落ちるようにして二人の前に降り立った。


「ルメス様ご無沙汰しております。ご足労いただきありがとうございます」


 うやうやしく淑女のように礼をする。一枚の絵のように様になっている。

 先ほど団員らに魔法をぶちかまし怒鳴りつけていた人物とは思えない丁寧な話し方であった。


「いいよそんなにかしこまらなくて。今日は仕事で寄ったから顔出しに来ただけだからね。そんなに気張られると申し訳ないよ」


「いいえ。私も少しは成長したっていうところを見ていただきたいですから。団長として恥ずかしいことはできません」


「うん。本当に立派になった。でも無理はいけないよ何かあったら言ってくれればいいからね」


「おかげさまで好きなようにやらせてもらってます。心配しなくて大丈夫ですよ」


 野に咲く白百合の如くエーシュは笑った。おそらくはこちらの表情こそが彼女の本質に近いのだろう。

 内面を吐露する笑顔からルメスに対して大きな信頼を寄せている様子がうかがえた。


「アマイも随分と気にかけていた。たまには顔を出してやってくれ」


「そうですね……しばらくは無理ですがまた折を見て。父にもそうお伝えください」


「わかった。それで彼女のことなんだが……」


 ルメスがモリーの方を見て、エーシュもそちらに注目する。


「そうか! 君がモリーだね。アシュタールから話は聞いているよ」


 以前アシュタールが話していた通り、彼女の数少ない友人の一人がエーシュであった。


「アシュタールさんから……。はい。私もお話は伺っています。改めまして、大公様の秘書のモリーです。どうかよろしくお願いします」


「こちらこそ! 是非仲良くしてくれ! ……んん? ……ふぅーん……」


 モリーの全身を上から下までしげしげと見つめている。


「あの、なにか?」


「ん。そうだな。これは勘なんだけど……君ってさ、戦士の素質があるんじゃないか?」


「戦士?」


「そう。うちの魔法部隊はね、身体を効率的に鍛えなきゃ魔法も強くならないからさ。そういう連中しごいているうちに相手見れば身体能力がどんなものか大体解るようになってきたんだ。君は足も速そうだし体幹もしっかりしてる。腕力はそこそこ。感覚も鋭そうだね。思考は感情よりも理論を優先する方だ」


「そんなことまで解っちゃうんですか」


「まあね。でも本当に相手を知りたいのなら別の方法が必要になるんだ。……それで早速だけど、君はいける口かい?」


「え? いけるって……」


「勿論酒のことだよ! 親睦を深めるなら酒に限る! 都合よく良いガチョウが入ってるんだ。一杯やろうぜ!」


 盃を傾ける仕草をしてウインクをした。


「え、えっと……私お酒はあんまり飲んだことないんですけど……」


「ならちょうどいい機会だ。酒の味わい方を教えてやるよ。女同士朝まで飲み明かそうじゃないか!」


 そうやって肩を組んで連れられて行きそうになるモリー。


「あー明日迎えに行くから。今晩付き合ってやってくれ」


「ええ~!? 大公様~!?」


 おろおろしながらも引きずられるように歩き始める。エーシュは鼻歌交じりだ。


 だが、そこへなにやら妙な声が聞こえてきた。

 何者かが横から話しかけてきたのである。


「焼き菓子いかがすかー飲み物ありますよー」


 八大兵団の練兵場になぜだか鍔広の麦で編んだ帽子をかぶり木箱を抱えた物売りがやってきた。


「お嬢さんがた酒のつまみにお菓子はいかがです? 塩辛い料理のお口直しにぴったりですよ」


 と言って抱えている木箱の中を見せてくる。

 そこには薄い生地を何層も重ねて折りたたんだ中にクルミやヘーゼルナッツを入れて蜂蜜のシロップをかけた、後のバクラヴァというお菓子の原型となるものがあった。


「わあっ。美味しそうですねえ~」


「でしょう? お嬢さんたち美人だからおまけしちゃうよ」


「買います買います。甘いもの好きです。エーシュさんはどうしますか?」


 とエーシュを見ると、なにやら考え事をしているような少し険しい顔で物売りの方をじーっと見ていた。


「……大団長?」


 物売りの男はピクッと身を震わせて反応した。


「ふっふっふ。ばれちゃいましたか」


 男が麦の帽子を頭から取ると、そこには髭の長い山羊の顔があった。


「えっ? えっ? 大団長って……」


「やっぱりか。また変装して遊んでましたね」


「いやあ趣味なもので。……改めまして、お嬢さん。白の近衛兵団団長にして八大兵団大団長のナキアと申します。以後お見知りおきを」


 帽子を胸に当て山羊顔の男、ナキアはにっこり微笑んだ。

 白の近衛兵団。別名を医療兵団。王の護衛を務めるかたわら、傷病兵の治療も行う。

 団員は他の団から選ばれた実力者のみが入団でき、必要ならば隊長クラスの者に限り他の団の部隊を直接指揮する権限を持つ。

 その団長は国軍八大兵団全てのトップに立つ大団長を兼任する、軍務大臣と共に軍事における最高責任者である。


 驚いたモリーは慌ててお辞儀して「は、はい! こちらこそ!」とかろうじて返すので精一杯だった。

 そこへとルメスが足早にやってくる。


「大団長」


「やあルメス殿。久方ぶりですな。この間の裁判こっそり見に行きましたよ。いやあ災難でしたな」


「来てたのか。わざわざ足を運ぶなんて悪趣味だな」


「ベリル派ですからね。悪趣味は呼吸と同じですよ」


「まあいい。なにか用があるんだろ?」


 ナキアは帽子をかぶりなおしてその鍔を掴み視線を隠す。


「……諜報兵団から情報が入っています。そちらの方へ送っておきました。戦に備えて少々片付けておきたい案件があります。お早めに」


「……承知した」


 空の諜報兵団。その実態は軍でも機密とされている。構成員もその数も不明だ。

 国内外のあらゆる情報をかき集め、時には情報操作や撹乱、あるいは破壊工作なども行う。

 戦争の際には敵の部隊に紛れ込んで工作したり調略したりすることもあるという。


 そんな諜報兵団が一体どんな情報をルメスにもたらしたというのか。

 夏も半ばを過ぎて戦争のある秋まではそれほど時間がない。そんな時期のことだった。




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