表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/151

第八話 八大兵団 ② 最強の戦士

 十九年前エリアスより西の都市国家群にて。とある一人の若き傭兵がいた。

 赤髪の男、その名をゼル。田舎の村を出て食い扶持を稼ぐために仕方なく傭兵になった口だ。

 幸い才能というべきか彼には非常に恵まれた高い身体能力があり、矢を抜け刃をくぐり剣を振るう、そんないかなる戦場であっても一度たりともその身に傷を受けることはなかった。


 傭兵として生きる手ごたえを感じ防具も買い揃えて生活がやや安定してきたころ、彼は一人の女性に再会した。

 その人物はゼルが村で子供のころよく一緒に遊んだ幼馴染。彼の初恋のひとであった。

 彼女は親の言いつけによって別の人物と結婚し村を出て行ったはずだが、偶然町で見かけたのをゼルは思い切って声をかけてみることにしたのだ。

 いくぶんかやつれたように見える彼女はゼルを見て驚き、それから昔と変わらぬ笑顔を見せて二人は再会を喜び合った。


 お互いの近況を話し合おうとしたところ、彼女が自分の家で話さないかと誘ってきた。

 夫婦の家に押し掛けるような真似は迷惑になるだろうと遠慮しようとしたが、彼女は夫はもういないのだと言う。

 それで彼女の家にお邪魔して話を聞くに、彼女の夫は博打で作った借金を残して蒸発してしまったのだそうだ。

 負債はかなりの額であるらしく、必死に働いても利息を返すのすらままならない有様らしい。

 実家に迷惑をかけるわけにもいかず、このままだと娼婦にでもなるしかないという。

 視線を落とし捨てられた飼い犬のような表情をみせる彼女を放ってはおけず、ゼルはその手を取ってつい「俺が借金を請け負う」と言ってしまった。

 

 借金取りに自分が代わって負債を返済するように伝え手続きをして、彼女を故郷の村とは別の村にかくまった。

 それからは金を稼ぐためにひたすら戦い、そこがどんなに不利な状況でも報酬の高さで陣営を選んで味方につき数多くの激戦地を渡り歩いた。

 戦果を挙げるにつれ次第に名が売れるようになり、苛烈な戦い方と特徴的な赤髪から赤い(オグル)と呼ばれるようになった。


 しかしながら借金は一向に減らなかった。

 元々完済を求めるための金利ではなく相手をカタにはめることを目的としたものであり、借金取りにとっては鵜飼いの鵜のように括り付けた縄の先が娼婦予定の女から稼ぎの良い傭兵に代わっただけであって、金の卵を産むガチョウを手放すなどあろうはずもなかった。

 ゼルはうんざりしてやっていられなくなり、借金取りから逃げ出すことを決意した。


 借金取りたちは都市国家群に広く幅を利かせる高利貸しの一味であり、人間の網の如くどこへ逃げようとも追ってくる手下たちが数多くいたが、いざ借金の催促から逃亡してみると彼らの誰もゼルを捕まえることができなかった。

 町で追いかければパルクールのようにして逃げ、森で追いかければ猿のようにして逃げ、平原で追いかければ馬よりも速く走って逃げた。

 川岸に追い詰めてみれば鎧を着て剣を腰に下げ荷物のバッグを背負ったままでも船で渡るにもそれなりに時間がかかるような川幅を泳ぎきって逃げてみせた。

 傭兵の仕事をしている時を狙って戦地に押し掛けても借金取りから逃げて、逃げきった後のその足で戦場に戻り戦果を挙げて報酬を得てから風のように再び逃げ去るため、どこにいようとも彼を捕まえることなどできなかったのだ。


 ついに借金取りが音を上げて諦めようかとしていた、その時だ。一人の男が現れた。

 それは全身黒ずくめの装束に身を包んだ灰の瞳を持つどう見ても少年といった風貌の人物だった。

 彼はどこから聞きつけたのかゼルの借金の証文を買い取りたいと言ってきたのだ。

 いくらかでも金になるならと何度も値切られた上でその男に権利が譲渡されることとなった。


 証文を手にしたその男はゼルの前に現れて返済を迫った。

 ゼルはいつものように逃げ出したが、何度走っても相手を振り切ったかと足を止めて振り向いた時にはすぐ後ろに男が立っているのだ。

 町でも森でも平原でも川を越えても戦場でも、夜周りに誰もいないと思って寝付いても気がつけば枕元に立っていた。

 木々を猿のように渡って太い枝の上に立ち、一息ついたら同じ枝のすぐ横に立っていたのを見たときには魂消て地面に落ちて尻もちをついてしまった。


 ついに観念したゼルは煮るなり焼くなり好きにしろと大の字になって寝転んだ。

 男はかがんでゼルの顔を覗き見て「お前をオレたちの国に連れて行く」と言った。

 その意味を聞き返す暇もなく、二人はその場から消えていなくなってしまった。




 そして現在。赤の突撃兵団の宿舎前。赤髪の男が兵士たちに演説を行っていた。


「いいか、俺たちの団は他の団や軍隊よりも先んじて攻撃を行う斬り込み役だ。俺たちの戦果如何で戦局が決まると言っても過言じゃない。戦い勝ち抜き生き残るために常に自分を奮い立たせる精神の鍛練を積んでおけ。難しいことじゃない。勝ち取りたいものを頭に思い浮かべるんだ。金が欲しい、名誉が欲しい、出世したい、女が欲しい、ああ女の場合は男かな。戦いの後の一杯の酒が欲しいでもいい。生き抜く理由と死ねない理由を見失わなければそれが力になってくれる。常に心を熱く持つんだ」


 ぐるりと兵たちを見回す。皆真剣な表情をして耳を傾けているようだ。

 突撃兵団の団長は戦の際には陣の先頭に立ち、団の誰よりも先んじて斬り込んでゆく。

 その勇猛さと頼れる背中を見ているからこそ団員たちは団長を尊敬し信頼しているのだ。


「だが頭は常に冷静にしておけよ。頭に血が上って周りが見えなくなっていると不意に反撃を食らうことや、状況が分からずに敵中に孤立することもあるからな。心を昂らせて頭を冷静に、だ。俺なんかは慣れっこになっちまったからな。どんなときでも動揺したり驚いたりすることはないぞ」


 そう言った瞬間。団長の背後にあの黒装束の男が現れた。


「ゼェ~ルゥ~ひさしぶり」


「おぎゃああっはあっ!!!」


 団長ゼルは驚愕のあまり垂直方向に三メトロン跳躍。着地と同時に一足飛びで水平方向に五メトロン跳躍して反転した。


「る、る、ルメス殿! 来てたんですか……」


「元気にやっているみたいで嬉しいよ。皆にもオレを紹介してくれるかい?」


 ゼルは過去どこまでも追いかけられた経験からルメスに対して苦手意識を持っていた。

 内心ビクつきながら兵たちに「大公のルメス殿だ」と簡単に紹介した。


「さて、せっかくだしそちらからも誰か紹介してもらおうかな。有望な人材をね。そうだな……そこにいる彼なんてどうかな?」


 ルメスはそう言って手を指し示した先にいる若い兵士を指定した。

 それを見て「うっ!」と言葉を詰まらせて動揺するゼルであったがやがて観念してその兵士に前に出るように促した。

 進み出た兵士は十代後半くらいの赤髪の少年であった。


「君のことを教えてくれるかな?」


「はい。私はバルジュと申します。今年で十八になります。団長に憧れて十五の時に入団しました」


「君のご家族は?」


「母が一人います。父は私が生まれる前に亡くなったそうなのですが、母の友人だというゼル団長がよく家を訪ねてきて父の代わりに私の世話を焼いてくれました」


「ゼルのことをどう思っている?」


「尊敬しています。戦士としても男としても」


「だってさ。良かったねぇゼル」


 いたずら猫のような暗く煌めく視線をゼルへと投げかけた。


「は、ははは……」


 ゼルは冷や汗をたらりと垂らしながらぎこちない笑みを浮かべることしかできなかった。


 まあ実のところこの赤髪の少年バルジュは赤髪の団長ゼルの実の息子である。

 ルメスはこのことを知っていてゼルをからかうために紹介を呼びかけたのだ。

 ゼルは借金を請け負って女性をかくまったときになんやかんやで子供を作っていた。

 幼馴染の女性は再会した時点では正式に離婚などがされていない状態であったため、行為としてはこれは不貞に当たる。

 彼女がそのような行為をはたらいたなどど不名誉な噂が広まってしまうことを防ぐために自分が父親だとは言えないでいるのであった。


 だからルメスがばらしてしまうんじゃないかとゼルは心底冷や冷やして見ているのだ。

 一人で千人の軍勢と渡り合えるほどの強さを誇る彼もこういう時は子犬のように不安げになってしまう。

 ルメスはそのようなことをするつもりは毛頭ないものの、そんなゼルの不器用な思いを好ましく思ってつい意地悪したくなるのだ。

 ヘルメスに対してもそうだがルメスは気に入った相手をいじったりからかったりする傾向があった。


 そんなわけで赤い鬼と呼ばれたゼルは何の因果かコスモニア最強の戦士、赤の突撃兵団団長として今日も息子と一緒に頑張っているのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ