第八話 八大兵団 ①
夏の季節は戦争に備えての準備期間である。
秋播きの麦などは冬を越し春に芽生え夏の終わりに収穫するため、戦争に必要な糧秣の確保と兵力の動員が可能になるのは収穫後から次の作付けまでの期間である初秋から中秋に限られるのだ。
秋は戦争の季節。故に夏の今こそ軍隊では調練の追い込みをかけるのに忙しい時期だ。
王都ゼウルドより東部に広がるなだらかな丘陵地帯。荒れ地と砂地と草原が混在するその地域は国軍の練兵場となっている。
コスモニアの国旗。長方形の旗を放射状に8つ別々に色分けされた八色旗が風にはためく。
8つの色を区切る境界線は東西南北とその間の八方向。転じて全世界を意味する。
そして異なる色たちは全ての異なる種族を意味する。
全世界あらゆる種族を受け入れる国コスモニア。それを象徴するものが八色旗なのだ。
国軍である八大兵団はその旗色にちなんで役割を分けたその分野のプロフェッショナル集団である。
自分たちの兵団の調練は勿論のこと、各貴族の私軍に出向して教練を行ったりすることも多い。
旗印は国花であるコスモスの花だ。それぞれ異なる色のコスモスが描かれて兵団を識別している。
コスモスの八つの花弁がコスモニアを守る八つの剣であり盾となる。それこそが八大兵団。
その団長たちは例外なく男爵以上の爵位が下賜されるこの国の切り札たちなのである。
「こちらです。確認お願いします」
黄色のスカーフをつけたハト顔の人物が書類をルメスに差し出してくる。
彼は黄の工兵団の団長ハール。元々兄弟で大工を生業としていたところをルメスにスカウトされた。
陣地の構築、塹壕の建設、橋や道路の建設、地図の作成などはお手の物だ。
輜重輸送に関しても紫の機動兵団と協力して最善の効率で兵站を行ってくれる頼れる戦場のサポート役だ。
ちなみに彼の兄でカラス顔のマールは建設大臣の地位に就いており、彼もまたルメスと王都新市街の都市計画など多くの仕事を共にしてきた。
マールはカラス顔で弟のハールはハト顔。種族によっては兄弟で違うのはよくあることだ。
別に浮気してできたとかそんなことはない。
「うん。確認した。補給は問題なく送れるよ」
「助かります。まあ山羊の大将は次の戦で野戦を挑むようですから。うちの出番は少なくなるでしょうが」
「戦の前後の方が忙しいもんね君らは。要塞はもう出来たんだっけ」
「ルナインの方は完成しました。カラハルはもう少しかかりそうです」
「いつもながら手早いね。まったく頭が下がるよ。――じゃあこれで。他のとこも顔出さないと。また会議の時に会おう」
「ええ。それでは」
踵を返してルメスとモリーは黄色のコスモスの旗が翻る兵舎を出て他の場所へ向かう。
次の目的地までがそう離れていないというのもあるが、転送しての移動だけでなく練兵場の空気を感じ取ることも必要だということで歩きで向かう。
ふとモリーの長耳が遠くの方から聞こえてくる多数の馬の蹄の音を受け取った。
丘の向こうを見てみれば黒いスカーフとサーコートを身に纏った騎兵隊が何十騎も東の方へと駆けて行くのが見えた。
彼らは黒の槍騎兵団。先頭の騎兵が掲げる旗には黒いコスモスが描かれている。
通常のものより分厚い鉄板を使った薄片鎧と、馬の機動力に槍を加えた突破力で敵軍を打ち崩す戦場の死神たちだ。
彼らの通り過ぎて行った丘の向こうよりもっと手前の方には投石機を整備している者たちがいる。
紫のスカーフを巻いた彼らは紫の機動兵団。投石機や馬車の扱いに特化した兵団だ。
投石機を工兵にではなく専門に訓練したスペシャリストによって運用する部隊と、馬匹による物資や兵員の輸送を担う軍隊の動脈とも言える輜重部隊の二つによって構成されている。
どちらも移動に馬と整備に技術を要求されるのでそれらを一本化してしまえということで作られた。
実は元々チャリオットの運用を想定していたのだが時代の流れでいずれ陳腐化するとの見通しから没になった経緯がある。
「大公様。兵団の皆さんはどうして首巻を身につけているのですか?」
「ん? 元々は防具の生産力を高めるための改良の結果、首周りがどうしても疎かになっちゃってね。しょうがないから亜麻布を巻くことにしたんだよ。亜麻は清涼感あるし、汗とか吸って濡れると丈夫さが増すからね。それでついでに色分けして兵団の識別用に使おうとしたってわけ」
「へえー。考えられてるんですね」
「うちでも採用してるよ。色は軍旗に合わせてある。戦の時には皆巻くから、その時に見れるよ」
「戦争ですか……。もうすぐなんですね……」
戦の際には当然ルメスは戦場に行き、モリーもまた同行することになるだろう。
生まれて初めて経験する戦争という状況に対して否が応にも不安になってしまうのだった。
緑のコスモスが描かれた旗を掲げる緑の弓兵団の兵舎にやってきた。
弓兵団は長射程を誇り陣形を組んでその威力を発揮する長弓兵と、小型で連射性に優れた短弓を持ち馬に乗ってその機動力で一撃離脱や攪乱を行う軽弓騎兵によって構成される。
どちらも将来性があり大勢用意できれば戦局を大いに左右させる部隊ではあるが、弓の習熟が難しく馬の数にも限りがあるため団員は他の団に比べてあまり多くない。
団長室では狩人然とした緑色の服を着たトンガリ耳に金の長髪の男、団長のレラージが迎えてくれた。
軽く挨拶を交わした後受け取った書類に目を通す。
「ルメス殿。いつになったら我が妹と結婚していただけますか?」
と、唐突に妙なことを言い出した。
「前から言ってるだろ。オレは誰とも結婚しないって」
「しかしこのままでは嫁にやれずに行き遅れてしまいます。兄としては不憫でなりません」
「長命種なんだから余裕あるだろう。オレにこだわらずに好きな相手と結婚させてやれよ」
「妹が一番愛しているのはルメス殿です!」
「じゃあ二番目と結婚しろ」
書類をポンとレラージの胸に押し付ける。こんなやり取りをしながらもしっかり読んでいたらしい。
「補給は手配しとく。またな」
「ああっ! お待ちを!」
それを無視して転送してその場から消えてしまった。
「……なんでまた結婚なんて話になったんです?」
別の兵舎の前に着いてから若干冷たい声でモリーはそう聞いた。
「建国のための戦力集めしていた時にあいつの一族がテオニアに襲われてたのを助け出してね。頼まれて奴隷にされてた連中も皆連れ戻したらえらく感謝されて。味方についてくれたはいいけど事あるごとにああ言ってくるんだよなあいつ」
「それって他にもそういう人いそうなんですけど」
「ああ……まあ、ね……」
頭をかいてため息をつくルメスは次の兵団を訪れるべく歩き出した。




