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第六話 黒の6 ③了

 ベリルは顔を伏せて肩を小刻みに震わせた。

 もしかすると笑っているのかもしれない。声を上げずに。


「惚れ直したよ」


 静かにゆっくりと顔を上げると、その表情からは笑顔が消えていた。

 真剣味を帯びたその金の視線は真っ直ぐルメスの灰の瞳へと向けられている。


「ルメス。僕と結婚してくれ」


「……。……? ! はあっ!?」


「……。……? ! ええっ!?」


 ルメスもモリーも理解するまでたっぷり五秒はかかった。


「君が欲しい」


「嫌だよ!! いきなり何言ってるんだよ!」


「僕には君が必要なんだ。今日改めてそう感じた」


「そもそもオレは男だぞ!」


「僕には十四人の妻がいるが内三人は男だよ」


「……! ……!!」


 反論しようにも困惑の極みに至り正常な思考が追いついていない。

 たまらずモリーの方を見て目で助けを訴えてきた。モリーはこんな追い詰められた大公を初めて見た。


「お、お待ちくださいベリル様。大公様も混乱しておいでですし、その、お、おち、落ち着いて……」


 モリーも混乱していた。故郷の砂漠に男色は無かったのである。


「そうだ、モリー。君も一緒に結婚しよう。僕たち三人で家族になろうじゃないか」


「ふえええっ!?」


「ね? そうしよう? 僕がきっと二人を幸せにする。何なら僕とだけじゃなくてルメスとももっと仲良ししてもいいよ。そういうの僕は寛容だからね」


「えっ、えっ? 私が、大公様と、えっ? そんな、そんな、ああ……!」


 頭の中がぐちゃぐちゃになる。茹だり捻じれて当惑の坩堝に落とされる。

 なんということか。ベリルはモリーの想いを調べて理解してこのような提案を出し心を揺さぶっているのだ。

 ベリルの言葉にも想いにも嘘はなかったがそのやり口は非常に狡猾であった。


「だ、誰がお前の妻なんかになるもんか! オレは嫌だぞ!」


 ようやく思考がまとまってきたルメスは頭を振ってもう一度拒絶を口にする。


「しょうがないなあ……」


 ルーレット台に腰掛けて、なよっと身体をくねらせる。


「僕が妻でも……よいよ?」


 ピシッ――と、ルメスが石化した。

 もちろん比喩だ。


「こう見えて男やもめも長かったからね。家事は一通りできるんだ。男が嫌だって言うんなら肉体を変化させて女性のものに変えることもできるから。まあ男の象徴は残ってしまうんだが」


 完全に硬直したルメスは引きつった表情のまま動くことができない。


「それにその……僕はそっちの方は、その、純潔、だから……」


 ポッと顔を赤らめるベリルに対してルメスの顔がそれ以上に真っ赤に染まっていった。


「お、おま、おまえ、この……!!」


 ルメスが何か言おうとした、その時。

 バァンっと扉を開きガチャガチャと金属音を立てて一人の赤い薄片鎧姿の青年が部屋に入ってきた。


「そこまでです! 父上、おいたが過ぎます」


「おお、ブラドー。お帰り。怪我はしなかったかい?」


 ブラドーと呼ばれた人物はベリルと同じ赤い髪に金の瞳をした、ベリルの見た目を若々しくしたような美青年であった。

 ただ比べて違うのは黒い捻じれた角が無いことと瞳が縦に割れてはいないことだった。

 おそらくはハーフであるゆえ顔つきや特徴が人間族などのそれに近くなっているのだろう。

 モリーも自分の顔つきは人間族に近いからそういうものなのだろうと思った。


「お話の前に報告から。偵察の結果ですが、アドリオスは今年も戦を仕掛けてくるつもりのようです。物資の輸送量が備蓄用のそれより明らかに多かったもので」


 コスモニア建国時のクーデターとその後の戦争によってテオニアの王族や貴族らは国の中心から移動し西方のカーミス国境に展開している軍勢に合流する者と親類縁者の多い東方のアドリオスへ逃亡する者とに分かれた。

 建国戦争の際にカーミス国境のテオニア軍をコスモニアとカーミスの軍が密約によって挟み撃ちを行うことで打倒し勝利した後にそちらに合流したテオニアの王族貴族は全員処刑されたが、アドリオスに逃れた者たちは現地の親類たちと結託してテオニアを取り戻そうと毎年のように戦争を仕掛けてきているのだ。


 そのため南東のアシュタール公爵領と北東のベリル公爵領はアドリオスとの戦争の際に最前線を任される形になる。

 戦争で厚手の麻防具やひもなど様々な用途で使われる丈夫な繊維を南東で、武器や防具に使う金属を北東で生産しているのも戦争に備えて戦地まで輸送しやすい立地であるからという側面もあったりする。


 ベリルが王となる野心を持ちながらも金属の保有量も情報も兵力も多くを持つことをを許されているのはアドリオスの存在あってのことに他ならない。

 そして人間族でないベリルにとってもアドリオスは不倶戴天の滅ぼすべき敵であった。


「そうか。ご苦労だったね。こちらの準備もしっかり頼むよ」


「承知しました。それで父上、そのように強引に迫られてはルメス殿に失礼ではありませんか!」


「ええ? でもルメスくらいの恋愛難物は押して押しまくるくらいじゃないと効果ないよ」


「だとしても節度をわきまえるべきです。相手を混乱させては負担をかけているだけになります」


 ブラドーの毅然とした態度にベリルが少々たじたじになる。


「おお……! 親に似ずなんてまともな息子だ。これで助かった」


 ルメスが安堵の声を漏らすと。


「それに! ルメス殿を妻に迎えるのはこの私です!」


 ピシッ! バキッ! ルメスは再び石化しひび割れた。

 もちろん比喩だ。


「なんと。ブラドーも狙っていたなんて……! ――それじゃあパパと競争だな!」


「はい! 負けませんよ」


 親子のやり取りを見ていたルメスは顔を両手で覆う。


「もう堪忍してぇ……。助けてセロ……」


 泣きが入った。




 ふらふらとよろめきながら外の通りを歩くルメスとモリー。

 これから傘下の商会の北東支部の方へ顔出しに行かなければならない。メンタルリセットのために歩きで向かうのだ。

 その様子を賭博場の窓から眺めるベリルの姿があった。


「結局今回も口説き落とせなかったな。ま、いいか。久々にルメスと遊んで楽しかったし。……それに、あの子にも会えたしね」


 その金の視線がモリーの背に定められる。

 モリーはなにか気配を感じて振り向くと、ベリルは壁に隠れた。

 気のせいかなと再び歩き出した彼女に向けて届くはずもない言葉を送った。


「また会おうモリー。いや()()()。僕の魂の妹よ」



 

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