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第六話 黒の6 ②

 赤衣の悪徳公ベリルは悠然と歩を進めて両翼を広げるように腕を大きく開いた。


「逢いたかったよ~! 僕のルメス!!」


 ルメスは即座に自分を転送し、ベリルの飛びかかって抱きつこうとした腕は空を掴んだ。

 だがその金の双眸(そうぼう)は全身から伝わる空間の感覚をもとに振り向いた先の獲物を正確に捉えていた。


「いきなり何するんだ!」


「離れていた時間の分だけ(つの)らせた僕の冷たい切なさを君との陽だまりのような愛の抱擁の温もりで融かそうと」


「気持ち悪いこと言うな! 愛なんかないぞ!」


「そんな! 僕たちの過ごした十六年前の蜜月の日々をもう忘れたというのかい?」


 ベリルが歩み寄り距離を詰めようとするたびにルメスは転送して距離を離す。


「捏造するな!! あの時はお前との交渉に嫌というほど手を焼かされたんだからな! 今日だって来たくなんかなかったのに!」


「君の拒絶もまた愛おしいものだが……。心触れあうまでにはまだ準備が要るかな? まあいいさ。僕たちの時間は長い。希望は将来にこそあるべきだからね」


 ぞぞぞっと顔を青くして怖気の走った自分の身体を抱きしめるルメスをよそに、ベリルはモリーのほうを見やってにっこりと微笑んだ。


「やあ初めましてだね。僕はベリル。君のことは……モリーと呼べばいいのかな?」


「お初にお目にかかります公爵様。そのようにお呼びください。――私のことをご存じなのですか?」


「勿論。よく知っているよ。君の家族のこともね。君ならかしこまったりしなくていいからね。僕のことは親しみを込めてベリルと呼んでおくれ。仲良くしようじゃないか」


 盗賊やごろつきなどといった連中とつながりのあるベリルは独自の情報網でもって国内外の様々な情報を掴んでいる。

 モリーの素性一つ調べるなど造作もないだろう。


「ありがとうございますベリル様。……その、お二人はどのような関係なのですか?」


「友達以上恋人未満かな」


「他人以下だ! ばか!!」


 からかいからかわれ。ベリルは楽しんでいるようだがルメスは嫌がっている。そういう関係らしい。

 思えば以前ルメスが怒りを露わにしていた時もベリル関連のことだった。


「お前忘れてないだろうな? 以前王都から製鉄所までの道の整備をオレに丸投げしたのを。そっちは砂利代で儲けてこっちは大損だ。どう落とし前つけるつもりなんだ」


 モリーが就任した初日の出来事だった。思えばあれからまだ三か月ほどしか経っていない。


「ああ、あの僕たちの共同作業のことか。僕のことを忘れないでほしいという男心がつい君に甘えたくなってしまったようだ」


「ふざけるな!!」


「君は大公の責務を果たせたし僕は商売で儲けた。いい取引だったと思うんだけどな」


「~~!!」


 唇を噛みしめて少女のように腕を下に伸ばしギュッと自分の手を握りしめる。

 どう言ってものらりくらりと(かわ)されるのがわかっているから悔しくてしょうがないのだ。


「まあ君がどうしてもっておねだりするなら僕が工事費持ってもいいよ。ただし、あそこにある今度賭場で出す新しい遊戯を一緒に遊んでくれたらだけどね」


 手で指し示したテーブルの上には赤と黒で色分けされた1から36までの数字と緑の0、それに数字だけの部分と赤と黒の色だけの部分が描かれており、テーブルの端にはそれらと対応するらしい色分けされた数字の書かれた円盤のようなものが設置されている。


「ヘルメスと共に作り上げた賭博場の新たな目玉。ルーレットというそうだ。是非とも一番に君に遊んでほしかったんだよルメス」


 テーブルのそばに立ち、ベリルは口を開けずに唇の端を思いきり釣り上げて微笑んだ。




「ヘルメスのやつ余計な知恵貸しやがって……」


「やり方は知っているかい? 彼は君なら解ると言っていたが」


「ああ。円盤に球を転がして止まった目の数字か色を当てる。賭ける場所によって配当の倍率が変わる。そんなとこか」


「話が早い。早速始めようじゃないか」


 パチンと指を鳴らすと先ほど部屋の前まで案内してきた黒服が入室して円盤の前までやってきた。

 どうやら彼がディーラー役を務めるらしい。


「オレは博打はやらないぞ」


「まあそう言わずに。見なよこの赤と黒を。まるで僕たちを象徴しているかのようじゃないか。僕たちの想いがせめぎ合い絡み合って運命を導く。素敵だと思わないかい?」


「そんなこと言われると余計にやりたくなくなるっての」


「つれないなあ。でもあんまり素っ気ないと僕も寂しさのあまり()ねてしまって、鉄を売りたくなくなっちゃうか、も、ね。鉄無しで戦争や農業が上手くいくのかなあ」


 今回の商談の最も重要な部分は鉄の取引に関することだ。

 鉱業で栄える北東の鉄が無ければ領地経営は立ち行かなくなるだろう。人類の文明は金属と共にあった。

 そしてその供給量は悪徳公の胸三寸。金属を支配するベリルはコスモニアの国家運営の基盤を握っているも同然なのだ。


「はぁ……。何が何でもやるまで気が済まないみたいだな」


「そうだとも」


 ルメスは諦めたように目線をテーブルに落としてじっと一点を見つめた。


「黒の6」


「ほう!」


 ストレートアップ。一つの数字だけを選ぶ最も配当の高い賭け方だ。


「そこの倍率は三十六倍だ。でもいいのかい? 滅多に当たる場所じゃないよ?」


「お前いい加減いっぺん痛い目見せてやる必要があるからな。金貨千枚。文句は言わせないぞ」


 獲得できる金額は金貨三万六千枚(およそ三十億円以上)だ。勝てればの話で、勝ち目は限りなく薄いが。


「いいだろう受けよう。賭け札は省略だ。さあ世界初のルーレットを回してくれ給え」


 ベリルはディーラーに目配せをする。ルーレットが回りだし球が投入される。

 果たして悪徳を愛するこの男が真っ向勝負を挑むのだろうか。

 ルーレットには当然の如くイカサマが仕込まれていた。


 今回使用するカラクリはルーレットの出目にあるコンパートメントの部分を浅くするというものだった。

 回転中に赤か黒を選択してそのどちらかの溝部分を機械で下から押し上げることによって、それと逆の色の出目に球が入りやすくするというものだ。

 球が入った時点で押し上げられた溝はゆっくりと元に戻り、回転が止まった時にはもう解らない。


 そしてこの仕掛けの妙なところは、ディーラーは一切イカサマ装置を操作していないというところだ。

 実はこの部屋別室がある。イカサマ装置の起動は床下ごしに機械でつながっている別室からのぞき穴で見て操作できるようになっているのだ。

 仮に動体視力の良い客が違和感を指摘してディーラーとルーレット周辺を調べたとしても、ルーレット台を壊さない限り証拠は出てこない。シンプルながら実に巧妙に仕組まれているのだ。


 黒の溝を押し上げて出目が赤に入るように別室にいるもう一人の黒服が操作する。

 球が減速し三度弾かれながら、案の定赤の出目に収ま……。


 カッ――――。


 回転の終わり際、押し上げられた溝が戻った後で急に球が跳ね上がり、黒の6へとすっぽり収まった。

 ベリルはじっと最初から最後まで円盤を見続けてから、顔を上げて自分は何もしていないと目で訴えるディーラーと、のぞき穴ごしにこちらを見ている別室の黒服へと視線を向けた後にルメスへと向き直った。


「転送はしていない……。なにか、別の手段を使ったんだね?」


 ベリルは人間族を遥かにしのぐ感覚の全てでもってそう結論付けた。


「言ったはずだ。オレは博打をやらない」


 ルメスが涼し気にそう言ってのけるのを見てベリルは大きく目を開き、それから目を細めて満足そうに悪意と好意をない交ぜにしたこの日一番の満面の笑みを浮かべたのだった。




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