第六話 黒の6 ①
ベリルには気をつけろ。ルメスはいつになく真剣にそう言った。
「四方を守護する四公爵は王の親族から選ばれた。北西のフェノール公と南西のザガン公は父方の、アシュタールは母方の血縁だ。――だがベリルは違う。あいつはテオニア時代に自警団や賭博、高利貸し、密輸、売春、盗賊の元締めだった」
いわゆるアイヤールやマフィア、カモッラ、ヤクザのようなものだ。
「バラバラに活動していた連中を数年でまとめ上げて勢力を築き上げたんだ。奴を引き込まなければコスモニアは建国できなかった。だが奴が味方につく条件として提示したのが公爵の位だったんだ。王に最も近しい権力を握るために。正直に言うが、奴は王位を狙っている」
顔をしかめて心底忌々しそうに言葉を吐き捨てる。
「オレが大公爵なんて面倒な肩書き背負いこむ羽目になったのも奴を牽制するためだ。本当はこんな爵位作る気なかったし裏方でいるつもりだったのにあいつのせいで……。で、今回は鉱石の取引についてベリルのとこへ商談に行くわけだけど……」
机に肘をついて両手で頭を抱えこんだ。
「行きたくねえ……」
「ああ、来てしまった……」
ここは北東領の中心街ロスルート。通称塩柱の街だ。
北東の主な産業である鉱業には岩塩の採掘も含まれているため取引が盛んにおこなわれていることから塩という柱で支えられている街という意味合いがある。
だが本当の経済の柱は鉄鉱石などの金属だ。これらは国が専売制を敷いているため特別な許可のない一般の商人では扱えない。貴族間でしか売買されない商品なのだ。
普通貴族は御用商人を通して売買の取引をするのが基本になるのだが、ルメスの場合は転送によって直接取引を行った方が早いためいつも自分で出向いている。
まあ、今回はそれがルメスにとって仇になったのだが。
「そんなに嫌なんですか? ベリル公爵とお会いするの」
「だってあいつ苦手なんだもん。変なことばっか言うし。仕事じゃなけりゃ会いたくないよ」
ルメスとモリーは少し歩こう、と目的の場所から少し離れた位置に転送してきた。
理由はベリルに会いに行くための覚悟を決める時間が欲しかったからだったりする。
「着いたかぁ……これが待ち合わせの賭博場だよ」
ロスルートのド真ん中にある大型建造物中央賭博場アピン。でかでかとした極彩色の看板が目に痛い。
この建物の裏手には広い敷地の競馬場があり、競馬やポロが頻繁に行われている。
「なんで賭博場なんかに?」
「見せたいものがあるって。ここあいつの直営店だから」
見た目は少年と少女の二人はここに来るにはかなり場違いではあるが意を決して大人たちの空間へと歩み出した。
そして門番に止められた。まあそうなるだろう。
大公であることを話しても取り合ってもらえないので転送して入った。
北東では賭場や酒場、売春宿などの歓楽街が多いのも特徴だが意外に十五歳未満の子供たちに対しての保護はしっかりしている。
歓楽街とそれに関わらない領民の生活区域は切り離されていて子供は入ることはできない。
しかし十五歳以上の成人になったらお客様だ。そこから先は自己責任になる。
つまり入らせてもらえないのはルメスが十五歳に見えるかも怪しい外見なのが原因だ。
見覚えのある黒服の従業員に声をかけてベリルに取り次いでもらった。
店内ではナルド(バックギャモン)やシャトランジ、賭け矢、極東から導入された六博なんかもやっている。
ふと見れば男が黒服に両脇を掴まれ店の奥へと連行されている。
「なあ頼むよ待ってくれよ! 金なら、えっと……ダチが出してくれるって! ダチがだめでも親がきっと……待ってくれよ! いやだ! 鉱山はいやだあっ!!」
奥の扉がバタンと閉まった。借金を抱えた者は返済するまで鉱山で強制労働となる。
落盤に地滑り、ガスや炭塵爆発と死亡事故がてんこ盛りだ。生きて出られるかは運次第である。
博打の運試しで負ければ今度は数か月あるいは数年にかけての命の運試しの始まりというわけだ。
賭博と酒色で金を巻き上げ借金したら鉱山で働かせさらに荒稼ぎする。本当に笑う者は公爵ばかりなり。
これが北東ベリル領の流儀なのだ。
その光景と対照的になにやら楽し気な聞き覚えのある笑い声が響いてきた。
見れば奥のソファーで女の子に囲まれているたくましい身体の老人が酒をぐびぐび飲んでいる。
「ぷはあ! いいぜえもう一杯! おいお姉ちゃんたちぃ欲しいものなーんでも言っていいんだぜえ。いくらでも掘り出してきちゃうもんねー」
「ほんとー? あたしサファイアがいいなー」
「私エメラルド!」
「ダイヤモンドに決まってんじゃーん」
「だーはっはっは! どんとこーい!」
案の定ヘルメスであった。
「……こんなとこでなにやってんの? お前」
「おうお二人さん! 今日もお仕事かい? 俺様ここの常連でよ。ベリルとも顔見知りなわけよ。ここで博打やって酒飲んで女の子とイチャイチャして日々の疲れを吹き飛ばしてるってわけだ」
「お前が一体何に疲れるんだよ……。というかいつベリルと知り合ったんだ?」
「いやな、以前ボロ負けしてスッちまってよ。借金こさえて鉱山に送り込まれたんだが監督官に交渉してたっぷり鉱物稼げたらすぐ開放してもらえるように話をつけた。そんで当たりをつけて掘ってみたら宝石がざっくざく採れて一日で開放されてな。話を聞きつけたベリルにお呼ばれしてお互い気が合ったからこうして賓客扱いしてもらえるようになったってわけよ。うはははは!」
笑い声をあげるヘルメスにこの人どんな状況になってもしぶとく生き残るんじゃないかとモリーは内心思うのであった。
「ヘルメス様。そろそろ……」
「おう」
黒服が促しヘルメスは酒の残りをぐっと飲み干して立ち上がった。
「実は今日もスッて借金してな。これから鉱山行って文字通り一山当ててこなきゃいけねえんだ」
黒服が礼をしながら恭しくツルハシを差し出してきたのを受け取って肩に担いだ。
「そいじゃ。行ってくるぜ」
指を二本ピッと立てて笑顔を作りウインクして白い歯をキランと輝かせ、従業員らが並んで礼をする道を進み出入り口から差し込む光の輝きの彼方へと消えてゆくのであった。
「なんでちょっと神々しいんだあいつ」
「あの人昨日執務室にいましたよね。どうやってここまで来たんでしょう?」
「多分走ってきたんだよ。あいつ足速いから」
「コスモニアの半分くらい距離ありますけど? 馬でも無理なんじゃ……」
「あいつはいろんな意味で例外だと思った方がいい」
そう話しているとき黒服が「お待たせしました」と二人を案内しにやってきた。
ついていった建物二階の部屋の一つ。黒服がノックすると「入り給え」と返ってきた。
扉が開かれその部屋の中には一人の男が立っていた。
所々金糸で彩られた豪奢な真紅の装束に身を包み、それよりもなお紅い波打つ長い髪。
その隙間から捻じれ天を衝く黒い角。端正な顔立ちを崩したあふれんばかりの笑顔の奥には蛇眼のように縦に割れた金の瞳がこちらをのぞいていた。
「よく来てくれたね。心から待っていたよ二人とも。我が愛しの君たちよ」
コスモニア暗黒の支配者。悪徳公ベリル。
悪徳と淫靡と、家族をなにより愛する男だ。




