第五話 黄金卿と紅玉卿 ④了
ザガンの元を訪れたルメスとモリーは屋敷の裏庭へと通された。
そこには庭園のかわりに一面のブドウ畑が広がっていた。
季節は初夏にさしかかり何人かの作業着を着た者たちが新梢の枝先を切る摘心作業や葉を調べての病気のチェックを行っている。
ルメスはそのうちの一人に向かって歩いていくと「や」と声をかけた。
「来たか。ルメス」
白のクーフィーヤからのぞかせる精悍な横顔と切れ長の目をした男。紅玉卿ザガン公爵。
他の者たちと変わらない作業着姿で二人を迎えた。
ザガンは目の前のまだごく小さな房しかないブドウの木の幹にそっと手を触れる。
「この木たちを見ろ。こいつらは今年で十歳になる。私の野望と共に成長してきた私の友だ。もうだいぶ枝も力強くなった。だがな、本当に良いブドウが採れるまでにはあと十年かかる。私もこいつらもまだまだこれからだ。ルメス、楽しみにしておけ」
ルメスに向き直って野心と自尊心とライバル心を込めた力強い視線を好敵手に送った。
ブドウの木を自慢したくてわざわざ裏庭で待ち構えていたのだ。
「ああ。そうするよ」
「うむ。では新作のワインの感想を向こうで聞かせてもらおうか」
こうして毎年ワインが出来上がるとルメスに贈っては感想を聞きたがる。
ルメスは律儀に毎年飲んでコメントを考えてきているのである。
あまり酒は飲む方ではないので余った残りのワインはヘルメスが自作の小樽に移して楽しむのがいつもの流れなのだ。
屋敷へ向かおうとふと視線を上げて見やると、そこで初めてザガンはモリーの存在に気づいた。
「む? そこの娘は兎族、か? もしやマーシア砂漠の出身か?」
「ああそうだよ。オレの秘書をしている」
「モリーです。よろしくお願いいたします公爵様」
このころになると貴族への挨拶も慣れてきた。かしこまって礼をする動作に澱みは無い。
「ふむ。あの地は末端とはいえ我が領内だ。人材を私の腕よりかすめ取ろうとは相も変わらず油断ならぬやつよ。モリーと言ったな娘。ルメスに愛想を尽かした時には私の元へと来るがいい。秘書でもブドウの世話でも好きな仕事をくれてやろう」
いきなりのヘッドハンティングだ。
財産を失う苦しみを経験したザガンは人的資源が奪われてしまうことが余程気に食わないらしい。
「お心遣いありがとうございます。ですが決してそうはなりません。私は最後まで大公様にお仕えする所存です」
「ほう! なかなか義理堅いではないか。忠義に厚い部下は何よりの財だ。気に入った! ワインを馳走してやろう」
口角を上げるザガンに対してルメスは短く息をはいた。
「一応仕事中なんだから酒は遠慮させてくれないか」
「ならば早生のブドウを絞ってやる。さあ来るがいい」
言うが早いか使用人に注文を言いつけてからさっさと屋敷へと歩いて行ってしまった。
応接室で出迎えてくれたのは人間族では平均よりやや高い身長であるザガンよりもさらに頭一つ分高い大柄な女性であった。
ぎこちなく微笑んで体を縮こませるようにしてお辞儀をしてきた。
「娘。貴様にも紹介してやる。我が妻のダリアだ」
「よ、よろしくおねがいしま、す」
「よろしくお願いします奥様」
ダリアは少しどもり気味に挨拶をする。
「少々他人と話すのに慣れてなくてな。許せ。さあ二人とも掛けるがいい」
促されたのでモリーも四人掛けのソファに腰掛ける。ルメスから二人分席を離して。
ザガンがクーフィーヤを外して後ろにまとめられた黒の長髪を解いて足を組み楽な体勢になった。
「ふむ……折角だ。ワインの話をするにも果汁が用意できねば興が乗らん。来るまで別の話でもするか。……時にルメス、貴様その娘を嫁にもらうのか?」
「ふえっ!? よ、嫁……」
不意の話題に動揺を隠せない。こっちはまだ慣れていない。
「いや、オレは誰とも結婚しないから……」
「そうか? 忠誠心のある部下で女ならば娶るのも一つの手かと思ったのだがな」
「そんな節操なしみたいに思わないでくれよ。ベリルじゃあるまいし」
「まあ奴ほどまでいくと少々どうかと思うが。……そうだ娘。私と妻のなれそめについて聞かせてやろう。興味はあるか?」
「は、はい! 是非に……」
動揺が抜けきっていないが肯定しなきゃ失礼だ。それに社交辞令もあるけど恋話に興味あるのは本心だった。
「あなた、その、恥ずかしい……」
「よいではないか。後味の悪い話でもあるまい。ダリアは人間族なのだが見ての通りの大女でな。子供のころから周りには邪険にされ親には大飯食らいと謗られ不遇な目に遭い続けてきたのだ」
ザガンがダリアの短めの髪を撫でてやる。
「通りがかりにその有様を見た私はそれが気に食わず、ダリアに手を差し伸べてこう言ってやった。お前のその恵まれた体があればたくさんのブドウが踏めるじゃないか、私と結婚しろ、とな。」
「わあぁ~とっても素敵だと思いますっ!」
モリーの素直な反応にザガンも上機嫌だ。
「クハハハ! そうだろうそうだろう。おお、そうだ! 新作のワインの銘柄にダリアと名付けるのはどうだ。広告に今の話を添えれば繁盛間違いあるまい。どうだダリア?」
「……っ」
顔を赤くしてうつむいてしまっている。
「フッ私は商売のためなら身内すら利用する冷酷な男なのだ」
「ただの惚気じゃないか」
まだ飲んでもいないのに自分に酔うザガンと対照的にルメスはあきれ顔になる。
そのとき丁度使用人がブドウジュースを運んできた。
「来たな。さあ味わって飲むがいい」
「いただきます。……あれ? なんだか杯がとても冷たいですね。それに何か入っているような」
見れば木のグラスの中にブドウジュースとは別に何らかの固形物がいくつか入っていた。
「それはブドウの果汁で作った氷だ。リオンから買った冷凍魔術を使ってな。暑い日に子供らに飲ませるのに丁度良い。ただの氷では融けたとき味が薄くなってしまうからな。さ、ぬるくなると損だぞ」
「はい、では。……はぁぁ~~ぁ美味しいですねえ~。すっごく甘くてとっても冷たくて、私こんなおいしい飲み物初めて飲みました」
「クハハハハ! よいぞ! 分かっておるではないか! これは生食もできる品種でな。こうして絞っても美味いのだ。保存さえ利けばこのまま卸せるのだがな。今のところ絞りたてを味わえるのはブドウ農家や私の特権というわけだ。……さて普段は専らワインだが、たまには私も氷入り果汁を飲んでみるか」
ザガンはワインのポスターの絵のように気取ってグラスをクイッと傾けた。
ガリッ――。
「……。……!?」
口の中に流れてきた氷を何気なく噛んだとき、ザガンの表情が驚愕の色を浮かべた。
「これは!? これはまさか!! いや薄いか……? いや! ジャムのように煮詰めれば!! そうか!!」
グラスを見つめてまくし立てていたザガンが顔を跳ね上げてルメスを見る。
「ルメス! リオンは冷凍魔術を研究しているな? 氷を、その、柔らかく作ることはできるのか?」
「……そうだな。リオンならできるかもしれない」
「そうか! そうだ、名は……氷の、果汁……菓子、そうだ、氷菓だ!! 果汁を凍らせた貴族向けの菓子! これは穀物中心の貴様の領では真似できまい!! クッ! クフッ! クハハハハハァ!! 見ていろルメス! 私はまだまだ先へ行くぞ!!」
立ち上がり両手をぐっと握り締めたザガンの高笑いは屋敷中に響き渡ったのであった。
彼の挑戦は、人生は、これからも続くのだ。




