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第五話 黄金卿と紅玉卿 ③

 ワインを売り込む上で重要なのは宣伝である。

 コスモニア北西部にも伝統的なワインの生産地がいくつもあり、ブランド力を高めるためにはそうした地域との差別化を図っていかなければならなかった。


 自領のワインを国中にアピールしたいならば情報発信地である王都での知名度を獲得せねばならない。

 そのためには王都を中心に評判が広がっている大公領の黄金麦のビールと競り合う必要があったのだ。

 そこで自慢の赤ワインを紅玉ワインというブランド名で売り込んでいくことにした。

 向こうが金ならこちらはルビーだというわけだ。イメージ戦略と宣戦布告を兼ねての命名である。




 まずザガンが目を付けたのは王都のディウルという掲示板の新聞広告のポスターだ。

 ルメスが新聞のスポンサーをやってビールの広告も出しているためそれに対抗することにした。

 だが同じような内容の広告ではアピールが足りない。セールスポイントを相手と被らないように独自色を出していかなければならないのだ。


 ルメスはビールの一日の疲れを吹き飛ばす爽快感を売り文句に、注がれるビールの描写を背景にしてコイツがたまらないぜっていう表情で木のジョッキでビールをぐびぐび飲むワイルドな男性の絵を描いたポスターを貼っていた。


 対してザガンはワインのプレミアム感を演出するため一日の終わりの特別な時間にという売り文句で、ワインレッドな背景に身なりの良い男性が椅子に足を組んで座っている全身図が描かれ、木のグラスをクイッと傾けてうっとりと身体に染み渡る味わいを楽しんでいるシックな雰囲気を表現したポスターを貼った。


 さらには幾人かの画家たちを雇い優秀な者には公爵のお墨付きの名誉を授与することを条件に競わせることでクオリティーを高めたワインの宣伝ポスターを紙に描かせ、それを王都のいくつかの酒場に飾らせた。

 高価で珍しい紙に描いた絵は注目度抜群で宣伝効果も大いに見込めたが、盗まれることだけが心配だったためガードマンを雇い絵の近くで客に扮して守らせた。




 次に注目したのは王都で流行っている新しい調理法である揚げ物料理である。

 これは宮廷料理人コバックスが広めたもので、彼が屋台を引いていた時代に商売で面識のあったルメスも調理法を広めるのに一枚かんでいる。

 王都ゼウルドを流れるティグラト川のサーモン(鯉)を使った揚げ物はビールと相性抜群! と掲示板や酒場で宣伝させているのだ。


 これに負けじと北西部の酪農が主な産業の貴族たちと商談を交わし、ワイン公爵ザガンが選ぶ紅玉ワインと最高に合うチーズはこれだ! といった具合にチーズをコラボレーション商品として宣伝した。

 さらに揚げ物の流行りに乗っかって家庭でもできるチーズ揚げのレシピも広告に添えておいた。

 これにより家庭で揚げ物をする際にもチーズ揚げを食べればワインが飲みたい気分になってチーズと一緒にワインも売れるという寸法だ。




 そしてザガンはルメスのビールがコスモニアだけでなくエリアスにも多く輸出されていることに頭を悩ませる。

 エリアスではブドウ栽培とワイン醸造が盛んであり、酒の品格がワインよりもビールは軽く見られがちだ。

 大麦も小麦に比べて貧困層や病人が食うものとしてあまり好まれない。

 そういう理由もあってあまり積極的にビールは作られてはいないのだが、ルメスはだからこそここにビジネスチャンスを見いだした。


 ビールの低俗なイメージを覆すためにエリアス全域で広告を出しそのこだわりと特別さを熱烈にアピールする。

 大公のビール、黄金のビール。その宣伝が建国の功臣であるルメス自身の知名度と、イメージ戦略としての黄金という言葉の響きが相まって特に金を高級なものとして貴ぶエリアス北方地域にヒットした。

 

 ルメスは手ごたえを感じた北方地域へとむけて南方地域をまたぎビールを輸出。

 エリアス北方を中心にその評判が広まってくると徐々に流通の範囲を南方へと引き下げていき、現在では南方でも少しずつビールの評価が見直されて飲まれるようになってきている。




 ザガンの悩みとは、ルメスが自分のビールを低評価を受けて見下される地域にプライドを傷つけられるのを承知で売り込んでいったことだ。

 ザガンは自尊心が高い。それは苦難を乗り越え長い年月積み上げられてきた確かな努力に裏打ちされたものだ。


 ルメスのように外国にも販路を広げたいのならば売り込める国は一つ、カーミスだ。

 ワイン産業が盛んなエリアスではワインの需要がほとんど見込めないためだ。

 自領と隣接している西方の国。しかしかの国とは父の代まで幾度となく戦い、領土奪還戦争も記憶に新しい。

 現在は友好国ではあるが旧テオニアの印象を強く持つ人々に果たして自分のワインが受け入れられるのだろうか。

 酷評され、(あざけ)られ、積み上げた誇りを傷つけられて恥をかくだけではないのか。

 ザガンはそれを恐れていた。長きにわたる屈辱の日々を想起することに耐えられなかったのだ。


 しかもカーミスと渡りをつけたいのならばルメスに取り持ってもらわなくてはならない。

 ルメスはカーミス王室とつながりがある。

 コスモニア建国戦争でも密約を交わしてテオニア軍を挟み撃ちにできたのは彼の功績だ。

 自分の商売敵に頭を下げるという行為がどうにも受け入れがたく、悩ましかった。


 だが……それでも、それでもなおザガンはカーミスへの輸出を決めた。

 その理由は父祖が守護したこの土地を守り富ませたいという思い、そして己の矜持だった。

 自分の努力と執念の結晶であるワインならばどんな逆境もはねのけるという自負が彼を突き動かした。

 なによりライバルとして様々な戦略を駆使して張り合ってきたルメスが先に一歩踏み出しているというのに後れを取りたくは無かったのだ。

 苦節二十年目にして彼はまた飛翔のための新たな道を歩みだす決意をしたのである。




 ルメスの仲介でカーミス王に謁見できたのだが意外にもかなり好意的に対応してくれた。

 ザガンよりも年下の王は幼いころより周囲の者からザガンの父と先祖たちの勇猛さや捕虜に苛虐な扱いをしない寛大さをよく聞かされてきたのだという。

 ザハーグによる恐喝の時代、テオニアによる領土奪還戦争の際の虐殺などの残忍な行為が横行した時代、カーミスの人々はザガンと同じようにつらく苦しい時を過ごしていた。

 ザガンの父祖らと戦っていた時代を懐かしく惜しむ者も少なくない。だからこそカーミスはザガンを受け入れてくれたのだ。


 父と先祖らの誇りにしていた気高い想いがザガンの心の不安を振り払った。

 きっと無下にされることなく自分のワインはカーミスに受け入れられるという希望が持てたのだ。

 もう迷うまいと都を中心に紅玉ワインの宣伝を大々的に行い、王侯貴族にも知名度を上げるべくワインと一緒にカーミスでは金より貴重な銀製の盃を贈って興味を引いた。


 その結果これまでカーミスの酒はビールが主でありワインはごく一部だけで細々と作られていて一般人が口にする機会が無かったのだが、宣伝効果により王族から奴隷までこぞって興味を持って飲みたがる一大ブームが巻き起こったのだ。

 大量にワインを出荷して大いに売りさばき、ザガンはかつて自分の家が失った財を再び手に入れることができたのだった。

 彼の努力の結実はこの瞬間に果たされた。




 そしてコスモニア建国十年。ザガン三十五歳。彼は今も努力し続けている。

 新作のワインを引っ提げてルメスの訪れを手ぐすね引いて待っているのだ。




 余談だがエリアスにワインを輸出しない理由がもう一つあって、彼曰く「丹精込めて作ったワインを水で薄めて飲むような礼儀知らず共に自分の酒を飲ませたくない」だそうだ。

 どうやらそこだけはプライドが許さなかったらしい。




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