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第五話 黄金卿と紅玉卿 ②

 ザガン公爵が統治するコスモニア南西部は変遷に変遷を重ねた激動の歴史をたどった地域だ。

 前テオニア時代には西のカーミスとの国境線で数限りない戦争を繰り広げてきたため午前テオニアの領土だった地域が午後にはカーミスの領土に、そして夜には再びテオニアに、なんてこともざらにあった。

 ザガンの家系はテオニア貴族として何代にもわたりこの地を守護してきた武人の血統である。

 彼もまた次代の守護者となるべく気高き軍人としての教育を施されてきた。


 だが彼の父の代で事態が急変した。邪龍ザハーグの襲来である。

 伝説の龍族を名乗る巨大なドラゴンがテオニアとカーミスに宣戦布告し両国境線地帯を制圧。両国に大きく食い込む地域を丸々もぎ取られる形となってしまった。

 無論どちらの国も取り返そうと躍起になるがザハーグは恐るべき毒の龍であり、攻め込んできた軍隊に対してのみならず周辺の地域までも毒で汚染して死をまき散らし、何年ものあいだ草木一本生えない不毛の大地へと変えてしまう。


 ザハーグは生き残った軍隊を帰し毒の脅威を喧伝させ、今度は両国へ攻め入り毒をばらまくと宣言した。

 これに脅威を感じた両国はザハーグと交渉を行うことにして使者を派遣するも、その要求は法外な金額の財宝、大量の食料品その他の物資、さらにザハーグが遊ぶための生贄を定期的に差し出すことだった。


 そしてその要求に対して詰め腹を切らされる形となったのがザガンの父だった。

 ザハーグを倒せなかった責任をとらされ私財のほとんどを献上品として国に代わって払わされた。

 親類も巻き込んでの由緒正しい貴族にあるまじき極貧生活は幼いザガンに大きな屈辱を与えた。

 父は悔し涙を流すザガンに一本のブドウの木を指さした。それはザガンが以前父に言われて植えたものだった。


「嘆くんじゃあない。金銀財宝など見栄えよく光るだけのものでしかない。そんなものいくらくれてやっても惜しくはないのだ。我が領は決して豊かな土地ではない。暑さと乾燥で毎年の収穫もままならぬ、吹けば飛ぶような有様だ。しかしこのブドウの木は確りと大地に植わり毎年実りをもたらしてくれる。本当の財とはこの木のように私たちが苦境を乗り越えて実らせるものなのだ。今は耐えよ。そして将来の結実を信じて努力せよ。お前自身の心の中に財を成すために」


 ザガンは父の言葉と想いを信じて耐え忍ぶ決意を固めた。

 それから六年後。一人の英雄によって邪龍ザハーグは討伐されることになる。

 喜んだのもつかの間。ザガンの父は度重なる心労がたたり病に罹って薬もろくに買えずに亡くなってしまった。

 それからすぐにザガンの家は貴族の責務を果たせなかったとして取り潰しにあう。

 散々矢面に立たせておいて用が済んだら切り捨てられた挙句周囲からは役立たずの烙印を押される始末。

 失意のまま当てもなくさまよう羽目になったザガンとその身内らは話を聞きつけたルメスによって拾われた。


 ザガンはルメスたちの野望の町でテオニアへの怒りと復讐と、自分の領地を取り戻す熱意を温め続け七年の後にそれは達成されることになる。

 ザハーグが討たれてから領地奪還のためにカーミスとの激しい戦乱が巻き起こり疲弊した故郷は以前とは比べ物にならないほどボロボロになっていた。

 そして荒れ果てたかつての自分の屋敷へと戻るとそこにはブドウの木などどこにもなかった。

 だがそれは失望よりもゼロからの新しいスタートに踏み出す情熱をザガンの心に沸き立たせたのだ。

 領地再興と発展のためにブドウを育ててワイン産業で盛り立てていく。その願いを胸に。




 彼はまず領地の東側はプラテス川からの灌漑用水路を強化して西側はカナートを増やして水源を確保。

 日当たりのいい斜面を選んで念願であった垣根式のブドウ畑を作った。

 この日のために彼とその部下たちは各地の国々を巡って良質なブドウの木を選定していたのだ。

 ザガン自身もカルヴェロという古くから続くワインの産地でブドウ農家と酒職人の修業を行っていた。


 ブドウの木は種からだと良い実がなりにくいため挿し木によって増やす。

 領内は昼暑く夜寒い乾燥した地域ではあるが昼夜の温度差が大きいことはブドウの実を甘くするのに不可欠であるし、乾燥も水はけの良さを好むブドウにとっては決して悪くはない環境であった。


 果実が収穫できるまで三年。ワインができるまで半年。

 苦節約十七年。十二歳よりの忍耐の日々は二十九歳になって初めて報われた。

 それから現在に至る六年の間も気候や病虫害など様々なものと戦いつづけている。


 農業においてはブドウのほかにナツメヤシも大量に増やした。

 その実であるデーツは主食としてだけでなくアラックという蒸留酒としても利用できる重要な食材だ。

 イチジクやザクロ、オリーブといった他に植えた果樹も農業の第二の柱として欠かせぬ存在となった。


 さらに果樹でない作物に対しても乾燥から守るためワラや海岸の砂を敷いて保湿を行った。

 これはブドウの木を探し各地を巡っていた時に偶然荒れ地に砂のかかっていた場所だけ草が生えているのを発見して思いついた方法だった。

 領内には砂漠地帯もあるのだが海岸の砂を使うのは砂漠の砂だと水を吸収しないからだ。

 穀物は大公領ほどではないがニンジンやレタス、ホウレン草やカブなど様々な野菜が収穫できる。

 ともあれこの方法によってブドウだけでなく他の作物も生育が良くなり領内は厳しい環境でありながら農作物の一大産地へと躍進を遂げていくのであった。




 そして商業においては最大のライバルが大公爵ルメスと彼の領のビールである。

 自分の誇りにかけて、奴にだけは負けられない。自分のワインこそが国で世界で一番なのだと証明する。

 その想いと情熱が今も彼を突き動かしている。




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