第四話 教え子たち ④ 魔法と魔術
王都ゼウルドにある魔導研究所はルメスが約三十年にわたって世界中から勧誘した魔法使い及び魔術師たちの英知が結集した世界初にして唯一の統合魔導研究機関である。
テオニア打倒の拠点、野望の町に作ったのを都に移したもので、それまで在野で独自に研究するしかなかった魔導従事者たちが互いの知識を持ち寄り議論や考究ができる切磋琢磨の空間だ。
ここでの研究成果や産物は国へと還元されて都市のインフラや軍事、貴族向けの商売などに利用される。
自然界の営みから生まれる余剰エネルギーである魔力。
魔法使いとは個人が魔力を使い様々な現象が起こせる技能者のことなので、その研究は魔法を社会でどのように活用できるかという部分が主となる。
成果の一つである個人の持つ魔力の量ををいかに高め、制御するかといったトレーニング及びコントロール法は魔導学園と青の魔導兵団にて行われている。
生命活動を活性化させるための運動や食事、発火や凍結といった魔力の自然現象への変質訓練や精神鍛錬の仕方が取りまとめられた内容となる。
これをやり続けることで最初は蝋燭の火程度しか起こせなかった者が家屋を丸ごと焼き払えるほどの大火を起こせるようにもなるのだ。軍事における重要な戦力の育成に不可欠の研究と言える。
それで魔法使いの研究者が基本取り組んでいる事柄というと薬品の製造と魔石の精製となる。
魔法使いの作る魔法薬は恐ろしく劇的な効果をもたらすまさに霊薬と呼べる代物なのだ。
千切れかけた手足など二、三日で完全に修復し機能を取り戻すし、高熱を出す風邪にしても午前服用して午後には快調してしまうほどだ。
大公領でも作っている消毒薬や軟膏などの医薬品は安価で量産しやすく製造難度が厳しくないものではあるが、魔法薬には圧倒的に及ばない。
だが効果が大きい分その製造には多大な手間とコストがかかるため非常に高価なものになってしまう。
この星に存在する動植物あるいは鉱石の中には多量で高純度の魔力を保有するものがいくつか存在する。
これらはその大部分が魔法薬や魔石を作るのに活用できるのだ。
だが普通の手段では製造の過程で魔力は霧散してロスが生じ、効果が大幅に減少してしまう。
動植物そのものに宿る魔力を留めて操作するには魔法使いの魔力コントロール技能が必要になる。
熟達の職人のような勘と技を持つ熟練の魔法使い個人の技量に頼ることになるのだ。
素材となる動植物の飼育、栽培法も含めて課題が多いため量産にこぎつけていないのが現状だ。
魔石については古くは魔法使いの外付け魔力タンクのような役割として使用されていた。
今では魔術師の作った魔法陣を刻んだ魔石ランプやかまど、浄水の装置などのエネルギー源として使われている。
魔石自体が精製に手間のかかる高価なものであることと、トレーニング法のおかげで魔法使い自身の魔力量が向上したということもあって魔力タンクとしてはほとんど使用されなくなった。
魔石は主に高密度の魔力を宿す石英などの鉱物を使い、加工の段階で魔法使いが魔力をずっとコントロールしながら高純度に精製していく。
魔石そのものが周囲の魔力を吸収して保管する性質を獲得するまで魔力を送り込み続ける。
魔法使いに言わせれば魔力を吸い上げるための細かい穴を開けていくような作業なのだそうだ。
その仕上がりは白色または透明だった石英が桃色がかった鮮やかな薄紫色へと変化するのだ。
魔法使いの研究と成果はコストがかかり過ぎて一般人がその恩恵にあずかれない。
コスト削減を目指すために研究の間口を広げようにも千人に一人程度の魔法の素質のある者から更に選りすぐった優秀な成績を残した者しか研究者にはなれない。
何より素質関係なしに魔力を扱うことのできる魔術のほうが門戸が広く活用の幅も広い。
そのため魔導研究所では魔法分野よりも魔術の方を重点的に研究している。
そういうところも魔法使いたちのコンプレックスの原因となってしまっているのだが。
さて魔術とは魔法陣を組んで魔力を流すことによってそれに応じた現象を引き起こす技術のことだ。
魔力は特定のパターンの経路をたどることでその性質を徐々に変化させていくエネルギーなのだ。
すなわち流れる魔力の道筋を文様のように複雑にすることで生じる現象を目標のものへと変化させていく手段を探ることが研究の主となる。
要は魔法使いが体内で行っていることを魔法陣で再現する技術ということだ。
こちらの方は素質関係なしに学ぼうと思えば誰でも習得できるため歴史の影でその研究と知識が連綿と蓄積され続けてきた。
これは親が魔法使いである場合子供が魔法の力を受け継げる確率は大体二割弱と言われているため血統として魔法の知識や経験を継承していくことが難しい魔法使いには無い強みというわけだ。
ただし野望の町に集う以前の魔術師たちはそれぞれの家の、いわゆる流派とか系統別にオリジナルの魔術体系があったため、それらを一本化すべく精査し統合し再び分類し、複雑な魔法陣たちをより分けるさらに複雑な作業をずっと続けるはめになってしまった。
ここで魔術における最大の成果と呼ばれる大規模浄水魔術のシステムについて紹介しよう。
王都新市街と大公領の地下に張り巡らされた上下水道を半永久的に自動で浄水してくれるスゴイやつだ。
ざっくり言うと魔石を使った流水と浄水の二つの魔術の合わせ技で、魔力は水が流れるときにも発生するという性質を利用するものだ。
流水の魔術で川から水を引いてきて水道に流し、水が流れるときに生じる魔力で水道の所々に刻まれている浄水の魔術が発動、水の流れが滞ったとしても流水時に生じた魔力を吸収していた魔石の中の魔力を使って流水の魔術が発動、再び浄水の魔術が発動……といった具合だ。
今まで魔法使いの領分だった魔石の利用と多くの魔術師が紡いできた水に関する魔法陣を最適化した魔導のハイブリッドとして完成されたシステム。
これを作るためには魔法と魔術両方の深い専門知識が必要となった。
野望の町に集った魔導従事者たち全ての弟子であり、彼らの知識と経験と技術と汗と涙と情熱と苦悩を継承した一人の天才にして秀才の力が必要だった。
魔導の寵児。新時代の夜明けのパイオニア。大公ルメスの秘蔵っ子。
世界最高の魔導研究者にして魔導学園の学園長、リオン伯爵。
彼こそが大規模浄水魔術を作り、そしてこれから魔導に多くの革新をもたらす人物であった。




