第四話 教え子たち ③
今回アシュタールの元を訪れたのは商談も兼ねてのことだったのだがルメスは珍しくビジネスの話を切り出さずに自分の教え子の様子を気にして彼女の話す近況に耳を傾けている。
自分や領内の者らはつつがなく過ごせていること。使用人に教えてもらって作ったポロが美味しかったこと。
家臣たちとバラナから輸入したお茶を飲んだこと。一緒にデーツや干しブドウを使った焼き菓子と星屑のジャムを堪能して美味しかったこと。
食べ物の話ばかりじゃないかと言うと、このあいだ購入した楽器を使って楽団を作ってみようかと考えているということを話した。
楽しそうに言う彼女をルメスは終始穏やかな表情で見つめていた。
しかし、アシュタールはその顔をだんだんと曇らせていき、うつむいて沈痛な面持ちを浮かべてきた。
「私、先生に謝らなければいけません。この前の裁判のこと……」
ひどく言いにくそうに言葉を詰まらせている。
「この国の娼婦たちを管理する立場にいながら、あんなことになるのを防ぐことができませんでした……。先生に迷惑をかけて、私、何の力にもなれませんでした……。本当なら一番に言わないといけなかったのに、先生に会えたのが嬉しくて……言い出せなくて……。ごめんなさい先生……」
消え入りそうな声を絞り出すように謝辞を述べる。
コスモニア国内の許可を受けて営業している娼館は全てアシュタール公爵が経営に関わっている。
店の設備や衛生環境、娼婦たちの給金や補償、辞めた後の職の口利きも請け負っている。
南東に職を求めてくる女性たちの中でも多くのお金を必要としている者を斡旋している立場上、その最後まで責任を持とうとしているのだ。
社会的立場が低い娼婦は長く仕事を続けることが難しい。子供ができても育てることはまずできず、病気になっても治療も受けられず、年をとれば見向きもされなくなり食べていくことはできない。
アシュタールはそんな彼女たちの境遇を理解し、改善すべく努力をしている。
だから訴え出た娼婦も自分が保護できたのではないかと後悔しているのだ。
「謝るようなことじゃない。オレは君に感謝している。いつもオレが手を出せない分野を頑張って支えてくれているんだ。十分すぎるくらいありがたいことだと思っているよ。気に病まないでくれ」
彼女の思いを知っているからこそルメスは慰めよりも感謝で返した。
傍らにいるモリーもアシュタールの手に手を添えて彼女の気持ちに触れようとしていた。
「先生……モリーさん……」
二人を見て申し訳なさそうな顔をする。こうしてみると落ち込んだ子供をあやしているような感覚になる。
「気分が暗くなってしまったな。話を変えようか。アシュタール、何か君が楽しくなれる話題はあるか?」
「ん、うん! 新しい服を作ってみたの! 先生にも見てほしくて……ちょっと着てくるね!」
アシュタールはパタパタと自室の方へと歩いて行った。
部屋に入るや自分の服をさっと脱いでベッドに放り投げ、腕輪だけを残しその輝かんばかりにきめ細やかな肢体を露わにした。
そしてそのまま衣装部屋に向かって歩き出す。自身の裁縫の成果をルメスに見せてほめてもらいたいという気がはやっているようで鼻歌でも歌わんばかりだ。
どうやら二人が気を使ってくれたおかげですっかり気持ちを持ち直しているようだった。
ウォークインクローゼットになっている衣装部屋の扉を開ける。すると中には……。
「あっ……」
不審な男が服をあさっていた。
「あっアシュタール様っ! いえ私は怪しい者ではなくっ! その! 貴女様にお会いしたい一心でして……これは盗もうとかそういうのではなく! 香りがあまりにもかぐわしく……」
しどろもどろで答える男は以前アシュタールを見かけて以来彼女に懸想していたようで、今回その想いが暴走し不法侵入をかましたのだ。
ご丁寧にルメスを招くため、彼にくつろいでもらおうと自室周辺の警備を手薄にしたタイミングを見計らっての犯行であった。
「や……やああぁーーーーっ!!!!」
その時閃光が走った。
ドッゴオオオオォォンンン!!!
屋敷が揺れるほどの轟音が鳴り響きぬいぐるみが倒れ家具が軋んだ。
「大公様っ!?」
「待っていろ」
ルメスは即座にアシュタールの元へ自身を転送した。
目の前にはへたり込む全裸のアシュタールがいて、衣装部屋の壁はぽっかりと天井まで大きく穴が開き、その向こうには外の庭園の風景が広がっていた。
「大丈夫か? アシュタール」
「先生ぇ……」
アシュタールは立ち上がり、わーんと泣きながら駆け出してベッドまで行くとその上に飛び込み枕に突っ伏した。
「好きでもないやつに裸見られたぁ~~!!」
子供のように泣きしゃくっていた。
ルメスはその様子を見てため息を吐き、歩いてベッドまで近づくとその上にアシュタールに背を向けて腰かけた。
「服を着ないのか? オレにだって見えてるぞ」
「先生はいいの!」
なにがいいんだか、とルメスは膝を支えに頬杖をついた。
「先生ぇ……あのね……」
「なんだ?」
「服、握っててもいい?」
「……ああ」
アシュタールはルメスのコートの裾を掴んだ。
ルメスは一瞬ビクッと身体を硬直させたがすぐに肩の力を抜いた。
これは彼女がルメスに引き取られた五歳のころからの習慣だった。
ルメスはアシュタールに指一本触れたことはない。
手をつなぐ代わりに彼の服の裾を掴んではあちこちついて回った、その名残だ。
青の魔導兵団団長のエーシュは世界最強の魔法使いであるが。アシュタールは世界最高の魔術師である。
彼女が身に着けている黄金の腕輪は魔力の増幅器であり、彼女が発明し自分のための調整がされた魔法陣が刻まれている。
先ほど不審者を吹き飛ばしたのは彼女の魔法を魔術で増強したものだ。
野望の町に世界中から集められた魔法使いや魔術師たちに師事し、その天才的な才能を開花させた。
以来新たな魔術を開発しては国の魔導研究所にその技術を提供している。
コスモニア東方は敵国であるアドリオスとの国境が近く、戦争の際には最前線になる。
その時彼女は自らの率いる軍の先頭に立ち、その強大な魔術の力で軍を鼓舞する戦女神のような象徴の存在となるのだ。
魔術師としての役割、公爵としての役割、それらは彼女がルメスのためにと望んだものだ。
そんな彼女に報いる手段を持てていないことがルメスの負い目であった。
だからルメスはアシュタールを特別気にかけているのだ。娘のように。
アシュタールがぽつりぽつりと事情を話した。
「そうか……それで吹き飛ばした奴はどうしたんだ?」
「川の方に飛ばしたから死んでないとは思うけど……」
「わかった。もうこんな真似できないように星の反対側に飛ばしておく」
「それはちょっとやりすぎかも……」
「じゃあ90度向こう側にまけておく」
親子ではないが親ばかではあるようだ。




