第四話 教え子たち ②
アシュタール公爵屋敷の三つある応接室の中でも一番奥まった場所にある私室周辺のプライベートエリア。
ここにはごくわずかな親しい人物しか立ち入ることは許されない。すなわち彼女が身内と認めた者だけだ。
他の応接間には華美な絵画や彫刻といった装飾が施されているがここではそういったものは排し、彼女の手芸作品や手製のぬいぐるみなどが温かみをもって飾られている。
室内のソファーに対面して座る。ただし、ルメスの向かいではアシュタールがモリーの腕に抱きつき嬉しそうにしなだれかかっていた。
「あの、公爵様……」
モリーは片耳をピクピクさせて対応に困っている。
「アシュタールって呼んで。様も要らないわ」
「じゃあアシュタール……さん。その……こんなふうにされると私、困惑しちゃいます」
「えぅ……だめ……?」
絶世の美女が上目づかいですがるように甘えた声をあげてくる。
「うっ……そ、その……だめじゃ、ないです……」
なんだか照れてきてしまって顔を少し赤くしてそっぽ向いてしまう。
アシュタールは喜んでもっと身を寄せてきた。モリーの腕が豊満な渓谷の奥深くに埋もれる。
「済まないな。アシュタールはあんまり友達いないから距離感が分かっていないんだ」
「先生ったら! 私にだって友達くらいいるのよ!」
子供のように頬をふくらませた。
「へぇ~~。例えば?」
「えっと、エーシュでしょ。それから……それから……その、使用人のみんな……」
「ふぅ~~~~ん」
「うぅ~仕方ないじゃない。言い寄ってくるのは下心あるやつばっかりだし、女の人はそれ見てにらんでくるし……。もう! 先生のいじわる!」
「うははは。悪い。悪かった」
ルメスは微笑んだ。それはいつも仕事で見せる営業スマイルでもたまに見せる悪戯っぽい邪悪な笑みでもない。
言葉と表情が相手を慈しむような穏やかなものに感じられた。
モリーが初めて見るものであり、自分には向けられたことのないもの。
アシュタールに対して他者にはない特別な思いやりを抱いている様子だった。
「……あ、あの、エーシュという方って……」
なんとなく、聞いてみたくなった。聞いてみたくなってみた。
「八大兵団の一角、青の魔導兵団の団長。アマイの娘で、おそらく世界最強の魔法使いだよ」
人類のうち千人に一人の素質ある者が長い訓練を経てようやく実戦で戦える程度になる数少ない軍の魔法使いの中で最も強大な存在。
噂だけでも並みの魔法使いでは話にならないほどの強さを誇るとささやかれている。
「アマイさんの……お話には聞いていました。でも本当によろしいんですか? そんなすごい方がいらっしゃるのに私なんかが友人になんて」
平民のモリーにしてみれば公爵であるアシュタールなどは本来雲の上の存在だ。
エーシュにいたっては八大兵団の団長はもれなく男爵の位が与えられる貴族であり、戦時中ということもあってコネの一切効かない実力でもぎ取った確固たる社会的地位を築いた女性だ。
そんな二人と並べられてはどう贔屓目に見ても太陽と砂粒のように見劣りするものにしかならない。
「いいのよ。エーシュだって気にしたりしないわ。それに十年前に先生から貴女のこと聞いてずっと会いたかったんだもの。こうしてお友達になれて夢が一つ叶っちゃった」
「……それって私が混血だからですか?」
二人の顔つきは人間族のそれに近い。二枚の兎耳のモリーと二本の牝牛の角のアシュタール。
それらの特徴は古来より世界各地で忌み嫌われてきた混ざりものの証。
自分達と違う、歪んだ異物を排除しようとする人々の悪意と善意をぶつけられる対象だ。
世間からの爪弾き者である混血同士だからこそ理解者になれるかもしれないということなのか。
「それもあるわ。でもただ混血だからというだけじゃきっと性格が合わなかったりお互いの苦しい部分を押し付け合ったりするだけの関係にしかなれないでしょう。私は貴女の境遇を聞いて、貴女がご両親にとても愛されていると知ったからこそお友達になれると思ったのよ」
モリーの両親。わずか五歳だったモリーの小さくて大きな一歩の決断を認めてくれた。
人間族の父は心配という深い思いやりを、兎族の母は夢を後押しする励ましをくれた。
モリーは確かに両親に愛されている。故郷ではいつも二人が彼女のことを想ってくれているに違いなかった。
「私はね。お母さんが物心つく前に死んじゃって、お父さんが一人で私を育ててくれたの。でもお父さんがお母さんは私とお父さんを心から愛していたって教えてくれたの。私も両親が私を大切にしてくれていたから今がある。それにお父さんが死んじゃってからは先生がいたから、つらくなんてなかった」
アシュタールはモリーの手に両手をそっと重ねた。
「誰かを思いやる気持ちを理解している者同士なら、きっと分かり合える。私はそう確信したわ」
まっすぐ見つめる瞳。年齢や身分や境遇を超えた、対等な位置の目線。
モリーはアシュタールの手にもう片方の手を重ねた。
「私もそう思いますアシュタールさん。きっと、私たちは良い関係になれます」
二人はたくさんの太陽と水で綺麗に咲いた花のように屈託のない笑顔を向け合った。
「それに私はもうアシュタールさんのこと好きになってきましたよ」
「えっ……ええっ!? お、女同士なのにそんな……。でもおかしいことじゃないのかしら……あの子たちもそうゆうお客さんいるって言ってたし……。うぅ~ダメよ私には先生が~~」
顔を赤くして身もだえるアシュタール。
「好意の区別が不十分だな。やっぱ友達少ないことの弊害か」
ルメスはため息をつきながらもどこかホッとした様子で微笑ましく父のようにそんな彼女を見守っていた。




