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第四話 教え子たち ①

 ルメスは教育者でもある。現在コスモニアで人間族ではない貴族はほとんど彼の教え子だ。


 コスモニア北部に広がる山岳地帯の一角、山と森に隠された谷あいには前テオニア国打倒のために秘密裏に作られた拠点、野望の町と呼ばれる場所がある。

 テオニアの国中から素質ある者を勧誘、あるいは生命の危機にあるならば誘拐してかき集め、野望の町へと連れてきて教育を施したのだ。

 文字や算数、歴史や医術、礼法や軍学、音楽や体育、さらに魔術や後の時代の科学の元になるような知識もそれぞれの分野の教師を用意して教えていた。

 学校で使われている物の原本である世界初の教科書もこの時のノウハウをもとに書かれたものだ。


 そんな教え子たちの中で抜きん出て優秀だった二人の人物がいる。

 ルメスに最も近しく、ルメスが最も目にかけた、ルメスが自分の子供にしたかった二人が。




 コスモニア南東。ティグラト川下流とその支流を中心に繊維産業で栄えた地域である。

 ディルビア海をはさんで東方にあるバラナ国から伝来した木綿栽培や絹の生産法と、元々あった亜麻や羊毛の生産とが相まって一大産地となっている。


 木綿は衣類に幅広く使われるだけでなく貴族王族の使うベッドのワタやシーツ、更には紙や油の原料に使うなどの用途がある。


 絹は養蚕が割と最近始まったばかりでまだ十分な量の生産が出来てはいないが、技術者を極東から引っ張ってきているため品質に関しては原産の極東に比べてもけっして後れをとってはいない。


 亜麻は古来より大陸中部における最も重要な繊維であるため需要が大きい。

 衣類としては勿論、亜麻仁油は北西の皮革やキアス伯爵領の木製品などに使われるニスとして重宝されている。

 特に紙の原料としては木綿よりこちらの方が多く使われているのだ。


 羊毛は東国アドリオスとの国境沿いにある山岳地帯や領内北部の半砂漠地帯などで暮らす遊牧民から買い上げる形で生産している。

 羊毛から取れる羊毛脂(ラノリン)は潤滑油や軟膏、化粧品に有用だ。

 羊毛を洗う際に使う石鹸は大公領から購入したものを主に使用している。

 外套に冬服や防寒具に毛布やベッドカバーに絨毯(じゅうたん)となにかと必要な繊維である。




 南東部の特色は女性の労働者が多いことだろう。

 コスモニア建国以降労働人口を増やすために女性の社会進出を認める法律が制定されたのだ。

 とはいえ女性が働きに出ることに男女とも抵抗を持つ者の割合は多く、あまり積極的にはなれないようだ。

 多くの場合はやむを得ない事情があってそうする人がほとんどである。


 ただその受け皿となる職業の選択肢があまりにも少ない。

 テオニア以前なら酒場の給仕などはまだましで大部分は娼婦に流れるしかなかった。

 その点南東地方ならば母や祖母から受け継がれてきた縫製技術を遺憾なく発揮できるので生活に困った女性は職を求めて南東に集まるのだ。

 それでも借金など差し迫ってお金が必要な場合には娼婦になるしかない女性も少なくはない。

 そんな娼婦たちの労働環境を整備して少しでも不当に扱われるのを和らげようと様々な取り組みを行っているのが南東の公爵なのだ。




 それは目の覚めるような、あるいは新たな甘い夢に誘い込むような、蠱惑的ながらも瑞々しい、まさしく女神と形容するしかない美の輝きを放つ妙齢の女性であった。

 その美貌は艶麗であるのみならずどこか少女のようなあどけなさを残す柔らかなものである。

 南東の産物を象徴するかのような濡れるようにしとやかな亜麻色の髪。

 それがかかる先にある胸元の豊穣なる双つの果実は上質な絹のローブに優しく包まれている。

 意外に装身具などの飾り気は少ない。左右に着けている金の腕輪くらいだ。

 もっとも彼女自身の輝きの前では過剰な装飾など余計なものでしかないだろう。

 そして彼女の頭部には人間族ではないことを主張するように天を衝く牝牛の如き角があった。


先生(せんせ)お久しぶりです。よく来てくださいました」


 鈴を転がすようなたっぷりの親しみを込めた声で丁寧なお辞儀をし、顔を上げて柘榴(ざくろ)の花が咲き誇るような笑顔を向けた。

 コスモニア四方を統べる四公爵の一人にして貴族の中でも二人しかいない女性の当主。

 「無花果(イチジク)の君」「娼婦たちの母」、アシュタール公爵だ。


「ああ、しばらくぶりだね。あれから大事はないか? アシュタール」


 普段の口調とはどこか違う、優しく相手を気にかけるようにルメスは語りかけた。


「はい、変わりありません。お会いできる日を心待ちにしておりました。どうぞゆっくりしていってくださいね」


「ありがとう。それと紹介しよう、彼女はオレの秘書になったモリーだよ。ほら、前に話した……」


「モ、モリーです! よろしくお願いいたします!」


 着任してから何度か貴族との取引にも行って慣れてきていたモリーではあるが、あまりにも女性としての魅力に満ち満ちているアシュタールを前にすると少々気後れしてしまった。


「まあ! 貴女がモリーさんなのね! 私ずっと貴女に会いたかったの!」


 嬉しそうにパタパタと歩み寄ってきて両手でモリーの手をとって握った。


「私も貴女と同じで混血なの。貴女と仲良くなりたかった。私とお友達になってくれないかしら」


「ええっ!? え、ええ。私でよければ……」


「本当? 嬉しい、ありがとう!」


 無邪気な笑顔をみせるアシュタールは最初に感じた印象よりもだいぶ幼く見えて、モリーには大人の女性というよりは自分と同じかむしろ年下のようにも感じられた。


「これから仲良くしましょうね!」


 彼女は香雪蘭が咲いたような笑顔でそう言った。




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